西昶国の国旗「宵陽旗」。
国名 西昶国
公用語 西昶国語
首都 普代
最大都市 香京都市圏
面積 (未定)
人口 (未定)
通貨 (未定)
西昶国(せいちょうこく)、または西昶は、ハリタシュマン大陸北西部に跨がるように存在し、大紫洋の島嶼を含む地域を領土とする連邦制民主主義国家。原語名はクレヒナ国。首都は御陵府普代市。 東にピシキップ、南東に黒総、南に越渕と接している。
現状、西昶国は越渕国の独立を認めておらず、当該国を西昶国南部州と呼称している。また北部州の一部地域(茅川地域)は未帰属領域となっており、隣国ピシキップとの間で共同統治が行われている。
正式名称は西昶国で、通称は西昶。黒総語読みはゼイセム。
クレヒナ語ではユンサヒナ (Jvsahyina) とも呼ばれるが、この名称が自称として用いられることは滅多にない。
西昶という名称は黒総語に由来しており、昔の山粛王国(現在の黒総)ではテザハ帝国を「昶」と呼んでいたことから、それに準えて西の昶という意味の西昶という名前が生まれた。地域名として定着するのは後述の西昶連盟の設立以後のことであり、それまでは山粛王国に赤陽と呼ばれ、それが暫定的に西昶地方一帯の呼び名となっていた。
西昶国は紫瀛星世界創作企劃の原点かつ起点である。またそれに伴い、紫瀛星世界創作企劃において幾らか特別な扱いをされている。
その特別な扱いのひとつに、西昶国における地名などの固有名詞や西昶国で起こった事象の名前を通時的に日本語訳する、という原則がある。これは紫瀛星世界には「日本語」が存在しないにも関わらず、地名や人名などありとあらゆるものの名前が日本語で作られているという矛盾があり、辻褄を合わせるための措置である。
なお西昶国の原語名に寄せた表現として紅鄙国という別称も用意されている。
西は大紫洋、北は北洋と接し、国土の東端部には冀羽山脈が高く聳えピシキップとの国境をなしている。
大陸部は本土地方という呼び方もされ、領土の大半がここに属している。 島嶼部にあたる地域は赤陽諸島とも称され、西昶の雅称の由来となっている。島嶼のほとんどは諸島州に属しており、起伏の多い隆起地形がよくみられる。また、島嶼部は主要な地震の震源地になりやすい土地柄であり、過去の大地震では島嶼のみならず大陸部にも揺れや津波による被害が多く出ている。
山粛の支配下から抜け出した赤陽諸邦は改めて連携を強めることとなり、現在の藤代県藤代市で現在の西昶、越渕、ピシキップ、ヰドの西部にあたる領域に跨る協同連邦体「西昶」が結成される。連邦とはいうものの実体としては独立国家とも国家連合とも異なり、経済や軍事といった分野の基礎的なシステムを共有する程度のものでしかなく、あくまで政治的には邦や庁が主体であった。
やがてこの協同連邦は西昶連盟(以下:連盟)と名前を変え、政治的にも関係の強化や事業の連携が行われていくようになり、そのうちいくつかの連盟州から構成される連邦国家の様相を呈するようになる。なお、その当時に存在したうちの5州は、現在の西昶および越渕の領域と大部分が一致しており、幾ばくか当時の名残を留めている。
連盟時代には諸外国からの干渉を受けることが多かった一方で、武力行使などには真っ向から立ち向かい、山粛支配の時代のように外部勢力の影響を受けることも少なかった。
西昶国の建国時、すでにピシキップとヰドは連盟から脱退しており、国名は連盟の名前をそのまま流用して西昶国と定めた。
現代に入ると北部州から石竜州が、老山州から水竜州が分かれ、大規模な境界線変更が行われた。
西昶はまず8つの州に区分されており、その下に7つの府と50の県が設置されている。さらに内部には地方自治体として第一段階目に市と郡(必ず町と村を内包する)、第二段階目に市街と区と邑が設けられており、それらの運用について国の関与は限られ大抵の場合は府県の管轄に委ねられる。
州と府県ではそれぞれ役割や位置付けが異なり、単純な階層構造ではなくなっている。州はそのため、地方行政区画としての最上位は府および県となる。
ちなみに未編入地域も併せた場合、9州および8府55県となる。
★……州首府
北部州(1府6県)
入城府★
首陀蓮県
豊根県
筈来県
雛野県
羊谷県
小走県
石竜州(7県)
山根県★
八重岡県
松下県
祥原県
古川県
埜代県
墨濃県
諸島州(1府3県)
芸敷府★
多喜県
嘉良津県
玉波県
首都州(2府5県)
御陵府★
香京府
藤代県
根来県
高石県
圡井県
宇吉県
中山州(1府9県)
天城府★
青原県
雫見県
里美県
福田県
長井県
米山県
夕谷県
高邦県
最秋県
玄陸州(1府7県)
玄陸府★
春川県
近松県
宮島県
星織県
白取県
室谷県
津必県
水竜州(6県)
琴原県★
花山県
名持県
石田県
衣森県
流久県
老山州(1府7県)
大鳥府★
篠原県
象江県
長倉県
水谷県
佐李県
辻原県
荒城県
北部州(1県)
茅川県
南部州(1府4県)
僉江府
虚戸県
山沢県
吉田県
明星県
西昶国の州
西昶国の府県
西昶国の行政区画(文字入)
西昶国の国民の大半はクレ・グル語族に属する言語を母語とする西昶人であり、内訳としては公用語でもあるクレヒナ語(西昶国語)を話すクレヒナ族が最も多くの割合を占める。
まず、クレヒナ族を筆頭とする多部族によって定義される西昶人のアイデンティティの発生は、歴史的にみても非常に古い部類に入る。歴史の項でも述べている通り、現在の西昶、越渕、ピシキップ、ヰドといった西昶文化圏の国々は外部からの侵攻の危機に晒される機会が多かった。そのため大陸の端に住む西昶人は特に民族自決志向が強まり、現在に至るまでその強い民族意識を保持している。
一般的に西昶人は義理人情に厚く、助け合いの精神を強く持っているとされる。また家族関係を大事にし、祖先の存在や伝統文化を重んじ、旧来の封建的な社会構造を固持する傾向がある。国家の一員であることよりも組織の一員であることに重きを置く考え方が広まっており、特に首都からの距離が遠い地方や高山地帯では地域自治の意識が高い。
一方で地域同士の対立も起きやすく、武装した市民同士で抗争が起きることもまれにあるほど。