ロクデナシビデオ

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拝啓、あなたの後ろから

七番目の鬼灯さん

ジサツゲーム


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(役表)

鬼灯(ほおずき)♀:

久志(くし)♂:

付真(つくま)♂:

各務(かがみ)♀:

千井(ちい)♂:

増柄(ますがら)♀:

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鬼灯:ようこそようこそ、皆々様方。

   今宵も、世にも不思議な物語の舞台へ、ようこそおいで下さいました。

   私の名前は、鬼灯と申します。

   下の名前は……まあ、そこまで重要でもないでしょう。

   礼儀として名乗ったまでで、私の名などさして……ねぇ。

   ……ああ、失礼。

   此方のお話です、お気になさらず。

   さて。

   あなた方が私の元へ来られたという事は、

   きっと様々な、奇々怪々な噂話を耳にしての事でしょう。

   嗚呼、本当に。

   人々の好奇心とは斯くも、果てが無い物ですこと。

   ……ええ、そうですね。

   あまり前置きが長くなっても仕様がありません、始めましょうか。

   此度あなた方にご紹介致しますのは、1本のビデオテープ。

   他でもない私が撮影した、とある集会の一部始終です。

   いえいえ、深い理由なんてありませんよ。

   ほんの少しの、野暮用の賜物です。

   ただ、コレを一言で表すとするならまあ……

   「ロクデナシ」、とでも申しましょうか。

   そんな代物に、偶然にも仕上がってしまいまして。

   ……どういう意味か、だなんて、まあまあ。

   きっとそれは、全てを観れば、分かることですから。

   それでは、今宵の物語の幕を、開けると致しましょう。

   どうぞ、ごゆるりと。

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久志:えー、という訳で。

   皆さん、今回はお忙しい中お集まり頂きましてー、誠に有難うございます。


付真:硬いなぁ、おい。

   今から結婚式でも始まるのか?

   いよっ、御両人!


久志:えー、本日はお日柄も良く……


各務:もうがっつり深夜なんだけど。

   何なら、ちょっと前まで雨まで降ってたし。


久志:えー、我々『冥々倶楽部(めいめいくらぶ)』の更なる繁栄、

   並びに皆様の御多幸をお祈りしてぇー……


増柄:え、一本締め? それとも乾杯?


千井:どっちも僕はやらないぞ、勝手にやってくれ。


久志:だぁあー!!

   五月蝿えなあもう!!

   一言一句に茶々入れてくんなよ!

   途中から俺も訳分かんなくなっちゃったよ!!

   一本締めも乾杯もやらないよ!!


千井:五月蝿いのは君だよ。

   ちょっと出鼻挫かれたくらいで、癇癪起こすなよ。

   見苦しいぞ。


久志:え、明らかに俺悪くないのに、見苦しいとまで言われんの?

   世知辛さで心拉げそうなんだけど。


付真:それは勝手だけど、趣旨ははっきり説明しとけよ。

   この集会、動画として残すんだろ?


久志:うん、俺はそれをやろうとしたのに邪魔されて、結果今なんだけどな?


各務:え、何それ、初耳なんだけど。

   これ、今撮ってるの?


増柄:あー、ホントだ、こんな所にカメラ発見。

   ボクも聞いてないけど、最初からこういう予定だったの?


久志:あれ、言ってなかったっけ?

   折角リアルで集まってやる企画なんだから、映像として残そうって話になったんだよ。

   えーと、誰が言い出したんだったっけ。


鬼灯:私よ。

   ちょっと、試してみたい事もあったから、ね。

   折角の機会なんだし。


久志:そうそう、鬼灯さんの発案。


鬼灯:まあ、動画に残すとは言っても、何処かに公開するつもりは無いから、安心して。

   あくまで、只の記録。

   記念って言い換えた方が、響きも良いかしらね。


千井:試してみたいことって?


鬼灯:それは秘密。

   別に、疚しい事でもないから気にしないで。

   ……ああ、それと一応、心配な人は、今のうちに言っておいて。

   顔が映らないようにするくらいは、善処するから。


増柄:あ、じゃあボクはお言葉に甘えて、顔隠してもらおっかなー。

   万が一流出なんかしちゃったら、身バレとか怖いし。


付真:あー、マスっちは確かにな。

   本職に響いたら、大変だもんな。


増柄:そういうコト。

   流石、分かってるねー。


付真:まあな。


各務:……顔隠しても、声と喋り方で、一発で分かると思うんだけど……


千井:同感。

   あの喋り方が演技じゃないっていうのが、今でも正直信じられないね。


増柄:千井君、何か言った?


千井:何も。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


久志:ゴホン。

   えーっと、では改めて。

   なんか、説明の順番がぐちゃぐちゃになっちゃったけども。

   とりあえず、今回の企画の趣旨としては、

   数年前に偶然、とある怪談掲示板で出会って以来、

   毎夜毎夜、暇さえあればこれでもかと言うくらいに、チャットだの通話だのを用い、

   他にもっと話題もあるだろうに、専ら怪談にしか興味なんてございんせんと言わんばかりに、

   それはもう恐怖談義に花々を咲かせてきた、我々『冥々倶楽部』だけれども、

   たまには、実際に顔を合わせて怪談集会でも開いてみたら、面白いんじゃないかと。

   そんな、俺の小さな願望めいた独り言が、あれよあれよと発展していって、

   何か、拍子抜けするくらいあっさりと実現したのが、この集会であって、

   目的という目的があるかと言われたら、正直、無いに等しいかもしれない。

   しかし、今回は時間も限られる故に、各々が知る中から厳選に厳選を重ねた、

   選りすぐりの恐怖エピソードを、1人1つ披露し合うことによって、より濃厚な……


千井:長い。


各務:一言でまとめて。


増柄:オフ会。


付真:完璧だ。

   じゃあ始めよう。


久志:よーし、どうしてもお前らは俺の扱いをそうしたいんだな。

   覚えとけよ、年甲斐もなく散々グズった挙句に、不細工面掲げて泣き喚いてやる。


付真:お前のプライドはそれで良いのか。


鬼灯:あら、目的ならあるわよ。

   少なくとも私には、ね。


千井:さっき、秘密って言ってなかった?


鬼灯:今は秘密。

   私の順番が来たら、説明するわ。


各務:とりあえず、1人につき1つ。

   順番に、今回持ってきた話を出すって事だけ分かってれば良いでしょ。


増柄:その順番はどうするの?

   じゃんけん?


久志:いや、俺が最初。


千井:なんで?


久志:俺が最初。


千井:いや、それは良いけど、だからその後……


久志:俺最初。


千井:いや、だから……


久志:俺。


千井:………………


久志:俺いしょ。


付真:こいつとうとう強行突破に出始めたぞ。


千井:馬鈴薯みたいに言うなよ。

   じゃがいもか、君は。


鬼灯:じゃあ、久志君から時計回りね。

   久志君、付真君、各務さん、千井君、増柄さん、私。

   そうした方が、分かり易いでしょ。


各務:それもそうね。


増柄:異議なーし。


千井:まあ、何でも良いよ、ダレなければ。


久志:俺。


付真:一人称を返事に使うな。

   分かったから、一番手さっさとどうぞ。

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久志:えーと、じゃあ、満を持して俺からな。

   とあるコインロッカーに纏わる都市伝説、もとい、儀式だ。


付真:出た、久志の鉄板。


各務:コインロッカー?


久志:まあ、付真には何度か話した事あるから、知ってるだろうな。

   鉄板って言える程話してないと思うんだけど、まあいいや。

   今はもう廃線になって、駅舎も廃墟になってるんだが、

   とある駅に併設された、誰でも使えるロッカールームで、痛ましい事件があった。

   その事件に基いてるかは定かではないが、関連性があると思しき内容も多く、

   オカルトマニアの間では、実しやかに噂されてる儀式がある。

   それが、「クニノイタダの儀」だ。


各務:クニノイタダ……

   言いづら。


増柄:儀式って、具体的に何するの?


久志:まあまあ、それは今から説明するって。

   まず、この儀式を行う者は、人形を1体用意する。

   人形と言っても、頭と手足があれば良いから、テディベアとかでも良い。

   で、問題のコインロッカーに、深夜2時13分丁度に行き、

   右から4番目、上から4番目のロッカーに、呪文を3回唱えながらコインを入れる。


各務:鍵は抜かないの?


久志:抜かない。

   というか、抑もそのロッカールーム自体が、

   駅舎含めて立ち入り禁止になってるし、誰も使えないようになってるんだよ。

   にも拘わらず、その儀式に使われるロッカーだけは、鍵が差さってないんだ。

   傍から見れば、誰かが鍵を持ち去ったまま放置されてる、としか見えないが、

   この儀式を目的に、呪文を唱えた時だけ、何故か鍵が差さってないのに、コインが入る。

   まあ、この呪文も一応分かってるんだが、口にするのもヤバイ呪文だから、ここでは割愛するな。


鬼灯:それくらい、危険度の高い儀式って事ね。


久志:そういう事だな。

   そしてこの工程を終えると、48時間以内に、自分の元に鍵が届く。

   届くと言っても、家のポスト、机の引き出し、鞄の中、服やズボンのポケット等々、場所は様々。

   何処からともなく、いつの間にか其処に在る。

   現れる、と表現した方が正しいかも知れないな。

   おまけにその鍵も、只の鍵じゃない。

   渇いた血がべったりと塗りたくられた、酷く血腥い鍵だ。

   これは言わずとも分かると思うが、その鍵で、例のロッカーを開けることが出来るわけだな。

   ……で、此処からが、儀式本番だ。

   鍵が手元に来たら、もう一度コインロッカーに行き、鍵を使ってロッカーを開けるんだが、

   ……その中には、何が入ってると思う?


千井:そこで勿体振られても……

   少なくとも、まともな物ではないだろうなとは、何となく予想出来るけどね。


久志:胎児だよ。

   正確には、胎児から切り取られたであろう、小さく未発達な、人間の躰の一部だ。

   儀式者はそれを取り出し、最初に準備した人形の中に入れ、それと同じ部位を千切る。

   鋏とかで切るんじゃなく、千切る、っていうのも、重要な所らしい。

   そして、千切った人形の部品をロッカーに入れて鍵を締め、コインを回収したら、

   また別の呪文を、今度は4回唱えて、一連の儀式は終了。

   この儀式は途中で辞める事は出来ず、工程の中で、何か1つでも間違った行動をしてしまうと、

   夢遊病のようにロッカーに誘い込まれ、そのまま中へと捩じ込まれてしまうらしい。

   ……と、これが「クニノイタダの儀」っていう都市伝説。


各務:それって、儀式が成功したら、何かあるの?

   何か願いが叶うとか、誰かに呪いをかけれるとか。


久志:いや、何も無い。


各務:……何それ。

   それじゃあ、危険を冒すだけ無駄じゃない。


久志:そうだよ。

   だから質が悪いし、誰もやりたがらないんだよ。

   それに、これの元になったとされる事件自体が、胸糞悪い内容なんだし、

   どう転んでも、都合良くはならなかったんだろ。


鬼灯:大凡の想像は付くけれど、一応聞いておこうかしら。

   その事件って、どんな物だったの?


久志:まあ、ロッカーに入っているのが胎児、っていう所からも分かるように、

   そのロッカールームで強姦され、運悪く、妊ってしまった女性がいたんだな。

   で、いくら自分の子とは言え愛を注ぎ切れる自信も無く、

   断腸の思いで、子どもをロッカーの中へ捨てた。

   産まれた後なのか、中絶したのかまでは定かじゃないが、

   儀式の内容から鑑みれば、恐らくは後者だろうな。

   そして、その女性の無念が増大し、良くないモノへと変わって、

   色々経て、こういう儀式が創られたってわけだ。

   因みに、深夜2時13分っていう時間は、その女性が強姦された時間じゃないかっていう考察もあるんだ。


付真:でも、この駅について色々調べてみても、そういう事件があったって話は一切出てこないし、

   最近じゃ、事件も含めて、全部只の創作なんじゃないか、とも言われてるんだよな。

   まあ、本当だったらもっと大騒ぎされてる筈だし、

   そういう真偽が曖昧な所があるからこその都市伝説なんだろうけど。


増柄:分かんないよ?

   もしかしたら、本当にそういう事件があったけど、

   犯人が警察のお偉いさんの身内とかで、事実を全部揉み消されちゃって、

   そのまんま女の人が泣き寝入りする羽目になっちゃったから、呪いが強力になった、

   なんて尾ヒレも有り得るし。


千井:……しれっと恐ろしい仮説立てるね。


増柄:そう?

   そういうのがあった方が面白いじゃん、こういうのって。


千井:そうかも知れないけどさ。


久志:まあその辺は、各々で独自解釈するなり、脳内補完するなりしてくれ。

   取り敢えず、俺の番はこれで終了って事で。

   次、……えーと、誰だっけ。


付真:俺だよ。

  自分が一番最初にやりたいからって、そういう話何も聞いてなかっただろ。


久志:あ、はい。

   なんかすみません。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


付真:ったく……

   んじゃあ、俺の番な。

   これは儀式とかじゃなくて、もっと単純なやつなんだけど、

   部分的に、久志のやつと似てる部分があるかな。

   都内のとある公園に出没する、怪異系の都市伝説。


各務:口裂け女とか、トイレの花子さんみたいな?


付真:そうそう、ジャンルとしてはそういう感じ。

   部分的に似てるって言ったのは、その出処というか、その怪異の元になった事件なんだけど。

   その公園は、今でこそ治安も安定して、そこまで酷くないにせよ、

   当時は、ホームレスとならず者の巣窟みたいな感じで、缶ビールや煙草のポイ捨ては当たり前、

   ダンボールハウスが其処ら中にあって、とても憩いの場、なんて呼べる場所ではなかった。

   警察や自治体も殆ど対処を諦めていて、その近隣に住んでる人達も、

   公園には一切近寄ろうとしなかったんだ。

   ……ところが、ある日、悲劇は起こった。

   その街に引っ越して来て間もなく、その公園についても一切知らされていなかった、とある家族の長女、

   当時は中学生か、高校生かな。

   20歳に満たない少女が、塾の帰りが遅くなり、独りでその公園に入ってしまった。

​   恐らく、公園の中を突っ切れば、近道出来る帰路だったんだろうな。

   そんな無防備な少女が、のこのこと通っていくのを、見過ごされる訳が無い。

   其処に屯していた不良グループやホームレスに襲われ、

   彼女はその日も、その次の日も帰って来なかった。


鬼灯:警察も自治体も動いてくれないんじゃ、希望なんてほぼ無いわよね。

   その子の御両親の心境がどれだけ絶望的だったか、容易に想像が付くわ。


付真:それもあるんだけど、犯人達は、そういう所はしっかりと狡猾だったんだよ。

   その日は丁度金曜日だったから、帰ってこなくても不審がられないように、

   少女本人に両親に電話をさせたのさ。

   「友達の家に泊まるから帰れない」って具合に。

   そうすれば、1日2日帰って来なかったとしても、すぐに騒ぎになる事は無いから。

   ……で、言うまでもなく、少女は欲と娯楽の捌け口として、利用され尽くされる羽目になるんだけど、

   残念ながら、話はこれだけじゃ終わらなかった。

   少女の若い躰で満足出来なくなった男達は、今度は、その子の母親をターゲットにしたんだ。


増柄:うーわー。

   流石にボクでも、そこまで行くと引くわー。


久志:寧ろ、俺のやつよりえげつなくないか、それ。


付真:そうかもな、俺もそんな気がしてきた。

   そんで、動こうとしない周囲に業を煮やした母親が、偶然公園に辿り着いたのか、

   また少女を利用して呼び出したのかは謎だけど、男達は母親も、その毒牙にかけたわけだ。

   結局、少女も母親も数ヵ月後に無残な姿で発見されるまで、公園にはまともな捜査も入らなかったんだけど、

   後から行われた調査によれば、少女の方には、受胎していた痕跡が見付かったらしい。

   父親も精神的に完全に侵されて自殺してしまい、

   その一家の件は、街に戒めの黒歴史として、刻まれる事になった。

   そして今、深夜に公園の中を通るとその家族の怨霊が現れ、

   男なら下半身を切り刻まれ、女なら上半身を切り裂かれる……という怪異として言い伝えられてる。

   加害者側に女が居た訳でもないのに何故女まで標的になるのかは、

   まあ……推して知るべし、だな。


千井:被害妄想というか、取り敢えず自分と同じ「女」という存在に、

   自分と同じ、若しくはそれ以上の目に遭わせてやるっていう悪霊にまでなっちゃったってわけだね。


各務:正直、話の内容が完全に創作だったとしても、嫌悪感しか湧かない内容ね。


付真:それはそうだろうな。

   この話は、怪異の内容がどうこうよりも、各務の言う通り、

   出処の経緯があまりにも酷いからって理由で、結構取沙汰されてる部類の都市伝説だから。

   勿論、創作かも知れないし、そうじゃないかまでは定かじゃない。

   これがー……なんだったかな。

   「シカガネの母娘」とか、そんな名前だったと思う。


増柄:シカガネって何? 地名?


付真:さあ。

   そこまでは、ちょっと分からなかった。

   実際、その公園じゃないかって言われてる場所にも行ったけど、全然違う地名だったし。


久志:何かしら意味はありそうだよなあ。

   俺もちょっと調べてみるかな、それ。


鬼灯:……それじゃあ、次は各務さんの番ね。

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各務:ああ、そっか私か。

   私のはまあ、そこまで嫌な感じの内容じゃないけど、個人的に好きかなってだけのやつね。

   賃貸に出されてる、とあるマンションなんだけど、立地も悪くないから、家賃もそこそこ高いのね。

   ところが、一室だけ家賃が圧倒的に安いの。

   同じ階の部屋と比べても、3分の1程度ってくらい、あからさまに。


千井:ああ、素人目にも、駄目なやつだって分かるね。


各務:そう。

   で、その部屋がそこまで安くなるに至った経緯なんだけど、

   前の住人はどうも、女子大生の一人暮らしだったらしいのね。

   別に何か事件に巻き込まれたとか、近隣住民とトラブルを起こしたとかいうわけでもなくて、

   何の変哲も無い、本当に普通の女子大生だった。

   少なくとも、入居した段階では。


久志:というと?


各務:その女子大生はずっと普通に暮らしてたらしいんだけど、

   ある時を境に、様子がおかしくなったんだって。

   なんでも、友人と海に遊びに行った時、一緒にいた1人が事故で亡くなったらしいんだけど、

   それが、運悪く片想いしてた男性で、その事故現場もしっかり見ちゃったもんだから、

   ショックで精神がやられちゃったんじゃないか、って言われてる。


増柄:事故って、どんな感じだったの? 水難事故とか?


各務:ううん。

   確か、転落事故だった筈よ。

   崖の展望台の柵が壊れてて、そこからバランスを崩して落ちたんだって。

   しかも落ちた先はそこまで深くなくて、岩肌が露出してた可能性もあるから、

   遺体の状況も、結構凄惨な感じだったんじゃないかしら。

   ……だけど、最近の考察で、新しい仮説が出始めたのよ。

   片想いの相手がぐちゃぐちゃになってしまったのを目の当たりにして、精神を病んでしまったのではなく、

   それはあくまでもきっかけであって、その後に、何かあったんじゃないかってね。


付真:何でまた?

   そうじゃなくても、説としては、割と説得力あると思うけど。


各務:先にこの話の結論を言っちゃうと、この女子大生は結局、ベランダから飛び降りて自殺してるの。

   それで、この部屋は曰く付きって事になって、自称住んだ事のある人によれば、

   女子大生の啜り泣く声が、何処からともなく聞こえてくるだとか、

   住人を、自分と同じように、ベランダから飛び降りるように誘導しようとしてくるだとか、

   それとは別に、男の声が聞こえるだとか、

   その声に従って、女子大生がベランダから飛び降りる幻覚を見てしまって、

   それを確認しようとすると、誰も居ない筈なのに、何者かに後ろから自分も突き落とされる、だとか。

   兎に角、女子大生がその部屋の地縛霊と化していて、住人に害を齎すらしいんだけど。


増柄:……あ! 分かった!


千井:何が?


増柄:その女子大生も、その男の人の声に誘われて飛び降り自殺したんじゃないか、って事じゃない?


鬼灯:……ああ、成程。

   つまり、女子大生が死んだから、その部屋が曰く付きになったんじゃなく、

   最初からその部屋には、何か良からぬモノがあって、連鎖的に犠牲者を増やそうとしてる……って事ね。

   恐らくだけど、その別の男の人の声の主は、例の片想いの相手じゃないかしら。

   そうだとするなら、話としては繋がってくるものね。


各務:そう、その通り。

   まあ、補足で言うような事じゃないかも知れないけど、結局その一緒に海に遊びに行ったっていう友人は、

   理由こそ違えど、全員あまり間を空けずに死んじゃってるらしいから、

   やっぱり女子大生か、或いはその中の誰かが呪われていたんじゃないかって説もあるけどね。

   何にせよ、その部屋は破格の値段で借りられる代わりに、

   何が起こっても自己責任って誓約書が付いてくるし、

   若い女性の一人暮らしの場合は、問答無用で却下されるらしいわ。

   今は空室だけど、その内また、誰かが興味本位で、或いは怖いもの見たさで入居するんじゃないかしら。

   そうなったら、今度こそ犠牲者が増えるかもね。

   ……っていう話。

   都市伝説と言うより、都市伝説になりかけてる、おかしな話ね。


久志:……あれ?

   でもそれ、少なくとも最初の転落事故は、実際にあった事じゃないか?

   なんか、そういう記事を、どっかで見たような気がするけど。


各務:さあね。

   崖からの転落事故なんて、割と何処でもありそうな事だし、ごっちゃになってるんじゃない?

   真偽は分からないし、調べようにも関係者がみんな死んでる以上、仮説の域を出ないの。

   だけど逆に、考察する余地はまだまだあるし、そういう意味で、個人的に好きな話。

   さっきも言った通り、都市伝説って訳じゃないから、前の2人みたいなタイトルは無しね。


付真:明日は我が身って感じだなあ。

   海行った時は気を付けよ。


鬼灯:……ふふっ、おかしな事言うのね、柄にも無く。


付真:そうかなぁ。


鬼灯:それじゃあ次、千井君ね。


千井:はいはい。


久志:……あれ、おかしいな。

   いつの間にか進行役取られてるぞ?

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


千井:じゃあ話すけど、僕のは前の3人みたいな詳しいエピソードとか、

   ボリュームたっぷりな前置きとかも無いから、あんまり期待しないでね。

   只の、シンプルな怖い話だから。


久志:いや、良い。

   寧ろ、そういうの待ってた。


千井:あ、そう?

   それなら良いんだけど。

   えーとね、みんな、洗面所とかお風呂に鏡あるよね?

   あれ、危ないよって話。


各務:危ない?


付真:鏡は割と、そういうのよく聞くよな。

   というか、心霊系と鏡は、結構切れない関係な気がする。

   ブラッディメアリーとかもそうだし。


千井:うん。

   僕達にとって鏡の役割は、自分の姿を写す物なんだけど、

   それと同時に、向こう側からの覗き穴や、扉としての役割も担ってるんだよ。

   まあ、向こう側っていうのは、いわゆる霊界とも言うべき世界なんだけど、

   鏡一枚隔ててるだけで、実は簡単に、こっちの世界に干渉出来る。

   それをしないのは、結局干渉出来るのは、こっちが無意識な時だけで、

   大きな影響を及ぼすまでには至らず、向こう側に大した利益が無いからなんだよね。


久志:……お、おう。

   知ってたけど、相変わらず、真顔で凄い事をぺらぺら喋るな。


鬼灯:ある意味、安定よね。


千井:いや、別にこれはただの前置きで、僕の個人的意見でしかないし、

   話があまりにも短いと申し訳無いかなと思って付け足しただけだから、

   あんまり深く考えてくれなくて良いよ。

   本題はここからだから。


久志:あ、そう……どうぞ。


千井:鏡は、向こう側からの覗き穴として機能してるって言ったけど、

   要は、常に見られてるって事なんだよ。

   もっと言えば、常に隙を伺われてる。

   特にお風呂なんかじゃ、裸だしリラックスしてるから、まさに隙だらけなわけ。

   たまに経験無いかな?

   頭洗ってる時とか、目瞑るでしょ。

   その時、何処からか分からないけど視線というか、何かの気配を感じるって事。

   あれ、気のせいとかじゃなくて、本当に見られてるんだよ。

   前から、後ろから、右から、左から、上から、下から。

   こっちが周りを見れない隙にね。

   だから、急に目を開けたりすると、運が悪ければ、向こうと目が合っちゃうかも知れない。

   というか、僕は合った。2回くらい。

   1回目は、下を向いたら下にいた。

   伽藍堂な目をした、女の人が。

   2回目は……上にいたかな。

   知らないおじさんの、首と足が、天井に張り付いてた。


久志:はい? 

   ……はい。


増柄:おーい久志君、顔色悪いよ?


千井:まあ、僕はそういうのが、元々多少見えちゃうタイプだからそうなっただけで、

   普通の人は、そうそうそんな事は起こらない。

   かと言って、絶対に起こらないという保証も無いから、

   効果は人それぞれだし、100%ではないけど、向こうからどう見られてるのか確認する方法がある。

   と言っても、そんな大した事はしないんだけどね。

   家にある鏡……化粧台でも、姿見でも、洗面台でもお風呂でもいい。

   その前に0時丁度に立って、「見てるよ」と10回言う。

   これが第1段階。

   次に1時間後、別の鏡の前で「見てないよ」と10回言う。

   これが第2段階。

   で、第3段階。

   更に1時間後、第1段階に使った鏡の前に立ち、

   「見てるよ」と言いながら、10回言い終わるまでに、第2段階に使った鏡の前まで移動する。

   この時、鏡が通常通りなら何も問題無い、若しくは抑も、家に何もいない。

   けど、鏡に何も写らなかったり、自分以外に何か写ってたり、

   自分しか写ってないけど、表情がおかしかったりした場合、狙われてるから気を付けた方が良い。

   見られてないと油断したやつが、うっかり姿を見せてるって事だからね。

   実害を被る前に、対処した方が良いよ……って話。

   ……どう?

   そんな大した話じゃないでしょ。


付真:……いや、なかなかに……


各務:うん……なかなかに。


増柄:そうだね、なかなかにー。


久志:………………


千井:どうした?


久志:いや?

   なんでもないよ? つづけよ?


千井:いや、僕の話はもう終わったけど。


久志:あ、そうなの?

   いやぁわるい、ちょっとよくきいてなかったなあ。

   まあいいや、つぎだれだっけ?


付真:あ、駄目だ。

   人の話聞かないモードに移行してる。


各務:久々に見たわね、このモード。


増柄:ホント久志君って、こういうシンプルな話に弱いよねー。


鬼灯:ふふ、そうね。

   私は好きよ、そういう感じの話。

   真偽はどうあれ、日常的に人を疑心暗鬼にさせる。

   なかなか興味深い話だったわ。


千井:それは良かった。


鬼灯:それじゃあ、次は増柄さんの番ね、どうぞ。


増柄:はーい。


久志:いやあ、つぎは、どんなはなしがきけるのかなあ。

   たのしみだなあ、はっはっはっはっはっは……


付真:おい、帰ってこい。


久志:……あれ、俺は一体何を?


各務:おかえり。


久志:ただいま。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


増柄:えーっとねえ。

   ボクのも、都市伝説っていうやつじゃないし、何か怪異があるとかでもなくて、

   人間って怖いなーっていう感じの話なんだけど。


千井:最初の2人のも、結構そんな感じだったけどね。


増柄:それはそうかもだけど、方向性が違うの。

   みんなは、「LIFE@LIVE(ライフライブ)」っていうサイト知ってる?


久志:ああ、なんか、あれだろ?

   自分の私生活をそのまま配信して、離れた友達と時間を共有しよう、みたいな。

   もうサービス終了したんだっけ?


各務:あー、私もなんか、ちょっとだけ見た覚えある。

   あんまり興味も無かったし、知らないうちに閉鎖してたから、記憶薄いけど。


増柄:そうそう、それそれ。

   久志君の言った通り、そのサイトの一番の魅力は、「他人との時間の共有」だったのね。

   利用者は、主に若い子がメインだったけど、サイトの知名度が上がるにつれて、

   承認欲求の高い大人とか、地下アイドルとか、一部の芸能人とか。

   色んな年齢層が、色んな目的で利用し始めて、ちょっとしたトレンドにもなったの。

   配信内容は凄くシンプルで、ウェブカメラで最長24時間、私生活を映し続けるだけ。

   リアルタイムだから、編集とか凝った事は何も出来なかったけど、

   逆にそれが、配信者を身近に感じられて良かったのかもね。

   始めの方こそ、カメラの前でひたすら同じ人が喋ったりしてるだけだったんだけど、

   利用者が多様化するに従って、みんな配信内容にも、工夫を凝らし始めた。

   歌ってみたり、楽器を弾いてみたり、踊ってみたりね。

   利用者数がどんどん増えていく中で、特に人気のある配信者は「ライフライバー」って呼ばれてさ。

   サービス開始当初は、運営の監視も緩かったから、結構過激な事やってた人もいたんだって。


付真:ああ、いたいた。

   たまにネットニュースにもなってたもんな。

   配信で犯罪紛いの事して、視聴者に通報されて逮捕されたって。


増柄:うん、そうそう。

   それで、やっぱりと言えばやっぱりなんだけど、段々と箍が外れてきちゃって、

   年齢層問わず、無法地帯状態になっていっちゃって、カメラの前での自慰行為、性行為は序ノ口で、

   完全に犯罪でしょそれってやつまで、平気で配信する人も、ちらほら現れ始めたのね。

   モザイク処理なんてものも出来ないからさ、やる側も観る側も、やりたい放題なわけ。

   派手な事した方が視聴数は稼げたから、歯止めが効かなくなってっちゃったんだろうね。

   最後の方は、もう通報もおっつかなくなっちゃって、運営側も、逮捕者が続出する問題を見兼ねて、

   サービス終了も目前かなっていう時に、完全に決め手になる事件が起こっちゃったの。


千井:既にお腹いっぱいってくらい、事件起こりまくってる気がするんだけど。


久志:同感。


増柄:良いから良いから。

   ここまでは、前置きって事で。

   その配信者は歌い手の女の子だったんだけど、ライフライバーとしての地位も確立してて、

   声も可愛い、歌も上手い、若いし伸び代も残してるって感じで、

   ネットアイドルとして、順風満帆な道を進んでたのね。

   駄目な意味でどんどん過激な配信者が増えていく中で、彼女はそういう汚い事は一切せずに、

   まあサービスしても、水着になるくらいだったかな?

   兎に角クリーンで、模範的なライフライバーとしても名を馳せてた。

   それに彼女は、ウェブカメラを365日、24時間回しっぱなしで、

   本当に私生活をそのまんま配信してたから、必然的に視聴者もどんどん増えていったわけ。

   勿論住所とかは特定されないように、細心の注意を払いながらね。

   最盛期は、学校に行ってる間とか、カメラの前に本人はいないのに、

   常に視聴者が数千人いるような状態だった。


各務:それは……

   凄いけど、心配になるわね、観てる側が。


増柄:それである時、本当に突然。

   その子が、ストーカー被害に遭ってるっていうのが発覚したのね。

   ……あ、違うか。

   それが起こってから、漸く発覚したのかな。

   本人は隠し通してたから。


鬼灯:それって?

   その子の身に何か?


増柄:うん、殺人事件が、ね。

   と言っても、彼女が直接殺された訳じゃなくて、彼女の家族が、皆殺しにされたんだけど。

   運悪く、その子が家に置いてる定点型のウェブカメラが、その一部始終を全部配信しちゃっててね。

   或いは、わざと全部映るようにやったのかも知れないけどね。

   で、犯人はやっぱり、彼女のストーカーで、視聴者がその場で通報したから、あっさり捕まったんだけど、

   その子のせいではないにせよ、とんでもない映像を配信しちゃったもんだから、

   ライフライバーとしての道は終わったし、人生も一気に狂ったから、暫く一切音沙汰も無くなった。

   そのままその子は、ネットからも消えるのかな、

   なんて声も挙がり始めた頃に、また配信を始めたんだよね。

   と言っても、1時間ちょっとだけだけど。


付真:ああ、今後の活動の声明とか……

   ……ああ、違うな、違ったわ。

   知ってるそれ。


千井:何やったの?


増柄:自殺配信。


久志:……は?

   え、お前なんで知ってんの?


付真:観てたから。


久志:え、え?

   あ、そういう……?


増柄:……うん、ごめんね。

   これ、噂とか作り話とかじゃなくて、全部、実際にあった話なの。

   過程は分からなかったけど、環境が一気に変わって、その子も相当参ってたんだろうね。

   配信が始まった時から、ずっと笑っててさ、でも目が全ッ然笑ってなくて、一言も喋らなくって。

   で、何するのかなって視聴者が考える間も無く、数分後には、窓の向こうに消えてた。

   歌い手だったから、結構性能の良いマイク使ってたんだろうね。

   微かな肉が潰れるみたいな音も、しっかり拾っちゃってさ。

   そのままもう大騒ぎになって、配信も強制停止されて、

   その次の日には、サイトのサービスも終了したってわけ。

   後で調べたら、色んなまとめサイトで、その子の個人情報全部暴露されててね。

   凄かったよ。

   人ってこんなに呆気無く死ぬんだ、って思ったもん、色んな意味で。

   ……あはっ、何か、ごめんね。

   いっそ、霊的な物とか、関わってた方が良かったね、この話。


久志:うーん……うん。

   良いんじゃないか、怖い話といえば、怖い話だし。

   多少方向性は違ったけどな。


千井:コメントには困るけどね。


増柄:うーん。

   詳しく語れば、倍くらいのボリュームがあったんだけどね、本当にキリが無くなっちゃうし、

   全部本当の事でしかないから、オチの付け所が分かんないんだよね。

   もうちょっと練ってくれば良かったや。


各務:事実は小説より奇なりって言うし、仕方無いんじゃない?

   その子が空白の過程で、どんな目に遭ってたのかも、想像は難くないわ。

   そういうのも含めて、人間って怖いって話でしょ?


増柄:んー、まあそういう事にしとこうかな。

   ……ま、良いや。

   んじゃ最後、鬼灯さんだよね。


鬼灯:そうね。

   ……ふふっ、何だか、あっという間に順番来ちゃったわね。


付真:そう言えば、鬼灯さんは何か目的があるって最初に言ってたよな?

   あれって、結局何なの?


鬼灯:あら、私そんな事言ったかしら。


千井:言った言った。

   「私の順番が来たら説明する」って言ってた。


各務:……言ってたわね、確かに。


増柄:ボクも聞いたー。


久志:そうだっけ?

   ……あー、そこのカメラか!

   そうだそうだ、言ってたわ。

   何か、試してみたい事があるとか何とか。


鬼灯:……ふふっ……そうね。

   そこまでしっかり覚えられてるなら、言い逃れ出来ないわね。

   それじゃあ、何処から話そうかしら……

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


鬼灯:……あら、テープが止まってしまいましたね。

   ああいえいえ、故障等では御座いません。

   元よりこの先は、皆様に御覧頂く必要は無い物ですから。

   何故か……ふふっ、そうですね。

   折角ですし、説明致しましょう。

   私は冒頭、このテープ……どういった代物かと、申し上げましたか?

   ……あら、忘れてしまわれた。

   そうでしょうね。

   このビデオは、「ロクデナシ」……そう申し上げました。

   それはそうでしょうとも。

   こんなモノ……さぞ退屈でしたでしょう?

   延々と、蜿々と。

   何も映らぬ画を観続けさせられる等の苦行、私なら、とてもとても。

   ……どうされました?

   頑是の無い童の様な面貌をされて……

   ふふっ……ふふふ。

   嗚呼……そう、そうですね、刻は有限なれば。

   御仕舞と致しましょうか。

   此処に私が蒐めたモノは、伍つ。

   ……故に、陸でなし、碌でなし。

   嗚呼、ロクデナシ。

   陸にも成らぬモノならば、碌にも足らぬモノならば、併せてロクに致しましょう。

   壱を知るなら、弐が有りましょう。

   弐を知るならば、参が有り。

   参を知るなら、肆、伍と並び。

   願いましては、陸で無し。

   然れば最早、詮無き事。

   皆様もまた、魂(こん)は此方へ、魄(はく)は其方へ。

   繙かれた幕は、閉じるのみ。

   次なる皆様は、又の機会に、相見えましょうか。

   ……え?

   結局、私の正体……ですか? それはそれは……

   やっぱり、野暮ったいお人ですね。

   ふふふっ……

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