拝啓、あなたの後ろから
(登場人物)
・榊 比呂也(さかき ひろや):♂
本作の主人公。特徴が無いのが特徴。
・楓(かえで):♀
本作のヒロイン(?)。
背後霊兼悪霊。
・涼谷 美慧(すずたに みさと):♀
友人A。一番まともで一番イケメン。
・西園寺 琢斗(さいおんじ たくと):♂
友人B。脳筋。茉莉とは幼なじみ。
・鑑 茉莉(かがみ まり):♀
友人C。スタイルが良い。琢斗とは幼なじみ。
・医者♂
・看護師♀
・N不問
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(役表)
比呂也(比):
楓:
美慧(美):
琢斗(琢)&医者(医):
茉莉(茉):
看護師(看):
N不問:
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楓「――こんにちは」
比「へ?」
美「ん、どしたの?」
比「…いや…なんか今、声が聞こえたような…」
茉「えー!
やめてよー、この後一人で帰るのにー!!」
琢「そりゃみんな一緒だろ。
心配すんな、お前を狙うような物好きなんていねーよ」
茉「ちょっとそれどういう意味よ」
琢「そのままの意味ですが何か?」
美「いーよ、もう終電にも急がないと間に合わないし、泊まっていきなよ。
布団も場所も余ってるし」
比「……いや、悪い。
俺は今日は帰るよ、なんか頭痛えし」
琢「おいおい大丈夫かよ、送ってやろうか?」
比「俺以外飲んでるだろ、何言ってんだよ。
帰るくらいなら平気だし、大丈夫だって」
美「まあ仕方無いけど、気を付けてね。
この辺治安が悪いわけじゃないけど、時間も遅いし、街灯もあんまり無いから」
茉「また飲もーねー!
あとゲームとか、なんか、色々!」
比「お前は飲みすぎだけどな……
まあいいや、また今度予定空いたら、連絡回すよ」
美「ん、了解」
琢「おう」
茉「おやすみー!」
比「(M)
今日は、小学校からの腐れ縁でつるんでるやつらとの飲み会だった。
普段は仕事で土日もほとんど休みを取れなかったり、
進んだ道もバラバラだったりで、滅多に集まる機会が無い。
今回は久し振りに会ったのもあって、深夜近くまでどっぷりと飲んでしまった。
といっても、俺は車で来ていたのもあって、飲んでいないはずなのだが、
異常なほど体がだるくなり始めていて、家に着くと、視界も危ういほどだった」
N:比呂也の家。
深夜とあり、周囲の物音は一切無い。
比呂也はテレビを着けると、沈むように椅子に座り込んだ。
比「……あー……くっそ、頭いてぇ……
なんで、こんな急に……
そういえば、さっきの妙な声聞いてからだよな……」
楓「――ごめんなさい」
比「!!
まただ…なんだろ、やっぱ俺疲れてるのかな」
楓「――私の声が、聴こえてしまっているんですね……」
比「何言ってんだ……?
言ってる意味はわかんねーけど、はっきり聞こえてるよ。
……もしかしてお前、アレか?
悪霊とか、そういうやつの類か?
このダルさもお前のせいなのかよ?」
楓「――いえ、あの…」
比「(M)
言いようのない不快感。
存在しないはずなのに、まるでそこにいるかの如く、弱々しく、けれどはっきりと聴き取れる声で、
話しかけてくるし、返事もする。
……それも、完璧な背後から。
そんな得体の知れない声に、勝手な激情をぶつけていた」
楓「――ごめんなさい…でも…」
比「……ハァ……
悪かったよ、調子狂うな……
お前、本当に悪霊なのかよ?
言い方変かもしれねーけど、妙によそよそしいな」
楓「――私は……自分から積極的に相手に害を為す、所謂悪霊とは違います。
一番適切な表現をするならば……
『背後霊』 ……でしょうか」
比「背後霊?
ってことは、守護霊か何かなのか?」
楓「――守護霊とは……むしろ真逆になるかと」
比「……は?
真逆って……やっぱり、お前が憑くと良くないのかよ?」
楓「――…………」
比「なんだよ……それ。
そんなら、結局悪霊と一緒じゃねえかよ!」
楓「――私だって、望んで不幸に陥れるわけじゃない!!
……なるべくして……なって、しまうんです……
どんなに嫌でも、どんなに、抗っても……!」
比「(M)
初めて荒げられた声。
なんだか妙に、頭の中にまで響く声だった。
霊の言うことなんて、信じるほうが狂ってるんだろうが、何もかもが今更だった。
自称背後霊……名前は、楓、というのだそうだが。
そいつが言うには、自分に憑かれたら、その日からそれはもう色々な不幸が、その身にふりかかるとのこと。
そして、楓の声も、俺以外には聞こえないらしい。
そんなことだろうとは思ったが、実際のところ、本人にも分からないことは多いらしく、
はっきり言って、打つ手も含めて、ほとんど何も分からないに等しかった。
ただ、体調も良くない状態で興奮したせいで、気が付けば、朝になるまで眠ってしまっていた」
楓「(M)
――私は、なぜこの身として、存在してしまっているのだろうか。
人の運命は選べない。
全ては神様の気まぐれだと言うのなら、私は神様を、絶対に許さない。
呪う相手が、この人……
榊さんではなく、神様だったのなら、どれほど気も晴れたことか。
……でも、正直に言えば、嬉しかったところもある。
これまで、偶然にも憑いてしまった人達には、私の声なんて、聞こえる人はいなかった。
私の言葉が聞こえる人は、ちゃんといたという事実。
ただそれは、人一倍、不幸の影響も大きく受けてしまう証だということは……
とても私の口からは、言えるはずもなかった」
楓『拝啓、あなたの後ろから』
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
比「(M)
背後霊云々が始まってから、あっという間に2ヶ月が経過。
今にして思えば、この間は何も起こらず、不思議なほど、いつもどおりの日々が続いていた」
N:セミの声がけたたましく響く中、比呂也の携帯が重低音を発しながら、デスクで震え始める。
比「なんだ……電話?
もしもし?」
琢「もしもし? じゃねーよ比呂也!
今どこにいんだよ、早く来いよー!!」
N:比較的新しい型の携帯電話の向こう側から、セミの声をかき消すように聞こえてきたのは、
既にだいぶフラストレーションが溜まった様子の、琢斗の怒号だった。
比「なんだ、琢か……
どこにいんだって、なんかあったっけ?」
琢「はぁ!?
おいおい、忘れてたのかよ!!
2ヶ月前みんなで飲んだ時さ、今度海とか行こうぜって言ってただろが!
んで予定合わせてさ、その結果、今日にしたんだろ!?」
比「……あ。
悪い、すっかり忘れてた」
N:琢斗の喚く声が電話の向こうで続いている。
と思うと、続けざまに今度は茉莉の甲高い声が入ってきた。
茉「ちょっと貸して!
もしもしー!?
早く来てよー、こっちだって暑いんだからねー!!」
琢「あっ!
おいこら、人の携帯をぞんざいに扱うな!
やっとのことでオンボロガラケーから機種変した最新型なんだぞ!」
茉「うるさいなー、ちょっとくらい良いでしょ!
そもそもあんたみたいな脳筋には、こんなの似合わないわよー!」
比「はぁ……
なんか……なんていうか、元気だな、お前ら。
変わってないといえば、変わってないけど」
N:比呂也をよそに口喧嘩を始めた2人に呆れ返っていると、今度は美慧の声が聞こえてくる。
琢斗、茉莉と比べれば、静かなものだった。
美「もしもし?
まあ、あの2人のバカはほっといて、なんなら場所メールするからゆっくり来てよ。
そんなにややこしい場所でもないし、比呂が寝坊するなんて、仕事疲れとか、
よっぽど色々ある状態だろうからさ」
比「ああ……なんか悪いな。
じゃあ、準備したらなるべく急いで行くから、場所だけメールで送っといてくれ」
美「ん、分かった。
じゃ、また後でね」
N:ほどなくして、電話が切れる。
無機質な電子音を聞きながら、比呂也はのそのそと、準備を始めた。
比「ふうー……
そうか……なんか、あの後色々あり過ぎて、完全に忘れてたな」
楓「――どこか……行かれるんですか?」
N:ふいに背後から、いかにも恐る恐る、といった感じの声がかかる。
比「ああ、海に行こう、って誘われてたんだけどな。
完全に忘れてて、今お呼び出しってわけだ」
楓「――行くつもり……ですか?」
比「は?
そりゃそうだろ。
正直な話、俺だって色々疲れ溜まってるけど、たまにはパーっと遊びたいしさ」
楓「――そうですよね……ごめんなさい」
比「なんかもう、慣れてる自分が恐ろしいけどな。
災厄運んできてるっていう背後霊と、日常を共にしてるってのも」
楓「――あの……」
比「なんだよ、まだ何かあんのか?」
楓「――いえ、やっぱり、なんでも……」
比「あっそ。
見ての通り急いでんだから、あんまり話しかけるなよ。
えーと……あとは、サーフボード……?
まあ、いらないか」
N:あちこちの引き出しを開けながら、荷物を詰め込む比呂也。
それを、黙って儚げな眼で眺める楓は、不幸の前兆を感じていた。
楓「(M)
――嫌な予感がしていた。
きっと、悲しいことが起こると」
比「(M)
楓はきっと、警告をしようとしていた。
それはなんとなく分かった。
ただ、急かされていたのと、何よりストレスが溜まっていて、やっとそれを発散出来る機会を得たことで、
耳にも入らず、頭でも、考えることを拒否してしまっていた」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
N:窓から入る風に髪を靡かせながら、車を走らせる比呂也。
バックミラーに映りはしないが、楓も同乗していた。
比「なんだかんだ言っても、付いてくるんじゃねーか」
楓「――背後霊ですから、仕方ないんです……
どこに行こうとも」
比「どうでも良いけど、あいつらといる間は話し掛けるなよ?
あいつらにお前の声は聞こえないなら、ただの独り言しゃべってる、危ないやつに見られるんだからな。
おっ、いたいた」
楓「――…………」
N:海岸と石垣を隔てた砂利を含んだコンクリートに、観光客の車が溢れる。
その中に、比呂也を待ちわびていたと言わんばかりの、3人の姿があった。
茉「あー、やっと来た!
遅いよ榊くん!
レディーを炎天下の中待たせるなんて、男としてマイナスよ、大マイナス!!」
琢「だったらいっそのこと、小麦色に焼いちまえばいいじゃねえか。
この俺のようにな!
見よ、灼熱の太陽と澄み輝く海に照らされて、美しく舞い踊るこの肉体美!!」
茉「あー……はいはい。
そういや大学入っても、筋トレばっかしてたとか言ってたわね……
暑苦しいわよ、よそでやって」
琢「なにィ!?
俺は太陽に身を任せることの素晴らしさを説いてやっているのだぞ。
お前もなかなかいい体してんだからさー、焼けばきっと、もっとこう……
茉「ふんっ!(渾身の一撃)」
琢「ごふっ!!」
茉「頭のリミッターでも外れたのかしらね、この変態!」
比「うわぁー、痛そう。
ほんとに相変わらずだな、お前らは」
美「ま、この2人はねー。
いいコンビだよ」
比「そういうもんかね。
でも、まあ琢斗の言うことにも、一理あるよな。
せっかく来たんだし、楽しまなきゃ損ってもんだ」
美「ふふ、そうだね」
茉「さんせー!」
琢「よっしゃぁー!
そうと決まれば、今日は遊び尽くすぜっ!!」
比「(M)
結局、その宣言通り、ほとんど休憩無しで遊んでいたといっても過言ではなかった。
特に、琢と茉莉が元気過ぎたのもあるのだが、
俺自身も、なんだかんだで楽しんでいたのも間違いない。
それこそ、楓の存在すら、すっかりと忘れていたほどに」
楓「(M)
――嫌な予感は加速していた。
いつ何が起こっても、おかしくはない状況だった。
あの笑顔が、壊れてしまうのが怖かった。
なにも、起こりませんように……
そう願うことしか、私には、出来なかった」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
N:夕暮れが近くなり、他の観光客もまばらになってきた頃。
車に戻っていた美慧の声が響く。
美「おーい、そろそろ準備しようか」
茉「あ、そうね。
もうそんな時間かー、早いなー」
比「ん、なんかあるのか?」
茉「ふっふっふー。
海に来たら、これは欠かせないでしょ?
バーベキューよ、バーベキュー!!」
N:そう言って、美慧のワゴンから引っ張り出されたのは、
立派なバーベキューセットやら、炭が入った袋だった。
比「へぇー、わざわざ持ってきたのか?」
美「私の家にフルセット揃ってるって言ったら、もう聞かなくてね。
食材調達は、琢斗と茉莉に任せたんだけど……
……あれ、琢斗は?」
茉「さあ……
なんか、さっき」
琢「いい場所見付けた!」
茉「って言って、どこか行っちゃったけど」
美「え、まさか、まだ遊びほうけてるの?
もう結構暗くなってきてるのに」
N:いつものことだからか、言葉の割に心配している素振りが少ない2人とは対照的に、
青ざめた顔で佇んでいるのは、楓だった。
楓「――っ!!
榊さん、榊さん……!」
比「(小声)
なんだよ、話し掛けるなよって言っただろ!」
楓「――ごめんなさい、でも、でも……!!」
茉「携帯は繋がるのに出ない……
なんかあったのかな」
美「このあたりは灯りもあるから、道には迷わないはずだけど…
手分けして探したほうがよさそうだね。
もうすぐ日も暮れちゃいそうだし」
N:さすがに不安の色が見え始めた、美慧と茉莉。
その間も、楓は震えながら、しきりに比呂也を呼んだ。
楓「――まだ間に合うかもしれません、あの人を止めてください……!」
比「(小声)
さっきから何言って……
まさか、琢の身に何か起こるってのか!?」
美「どうしたの、比呂?」
比「あ……いや、なんでもない。
とにかく、なにかあったら面倒だ、探そう」
楓「――ああ……
私がいなければ……こんなことには……!」
比「……なんだってんだよ、くそっ!」
比「(M)
この時まできっと俺は、楓が災厄をもたらすモノであることを忘れていた。
いたずら好きの琢のことだから、きっと騒がせるだけ騒がせて、
つまらないことを自慢して、茉莉にどやされる。
そんな未来を、期待していたんだ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
N:琢斗を探し始めてから、およそ30分が経過した頃。
電話を掛け続けながら先頭を歩いていた茉莉が、暗がりの中で光る物を発見した。
茉「あった、琢斗の携帯!」
比「鳴らしながら探さなきゃ気付けなかったな。
でも、なんだってこんな、海から離れた雑木林の中に?」
美「……待って……この先って、確か……
まさか!?」
比「お、おい美慧、どうし……
……っ!」
N:美慧が急に血相を変え、木々の奥を見つめる。
その遥か先には、対岸の街の灯りによる眼を奪われるような美しい夜景が、
比呂也達の眼前には、ヘシ折れた木製の柵と、その足元に無造作に転がっている、
見覚えのあるサンダルの、右足だった。
茉「え……?
嘘……冗談でしょ?」
美「……茉莉はここで待ってて。
私と比呂で確認する、行くよ」
比「……あ、ああ」
楓「――ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……!!」
美「気を付けて、この柵……
潮風のせいかもしれないけど、完全に腐ってる」
N:そっと柵をくぐり、その下を見下ろす比呂也。
それは見た目よりも遥かに高く、ゆうに10メートル以上はあった。
そして、その最下部……
比「っ……琢……!!」
茉「……琢、斗……?」
美「っ!
見ちゃダメ、茉莉!!」
茉「……うそ、嘘よね……?
そんな……そんな、ことって……
琢斗、たく……嫌……ぃ……
いやあああぁあぁあああぁあああッ!!!」
N:茉莉と金切り声と、冷えた波に揉まれながら、琢斗は海を漂っていた。
その浅瀬の一帯を赤く染めて、例えるならば、海月のように、無機質に。
嘲笑うかのように、煌々と輝く街灯りのおかげで、
その様を鮮明に視認できた事も、また一つの不幸だったのだろうか。
鳴り響くサイレンと、楓の消え入りそうな泣き声を序曲に、
この物語の幕は、ようやく上がり始めるのであった」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
美「……ろ……ひろ……?
比呂……比呂、也……!」
比「……あ、れ……美慧……?」
比「(M)
懸命に俺を呼ぶ美慧の声が、まるで頭の奥の方から、響くように聞こえていた。
昔から男勝りで、涙などまず見せる事のなかった美慧の顔が、
涙でぐしゃぐしゃになっている様が、まず何よりの驚きだった」
比「ここは……病院……なのか?
美慧、あの後どうなったんだ……?
なにも、記憶が……」
美「あの後……って、
……あっ」
N:まさしく何かを悟ったかのように、美慧の表情が強ばった。
しばしの沈黙の後、静寂を破ったのは美慧ではなく、楓だった。
楓「――あの後、救急隊の人達が来るまで、ほとんど全員、放心状態でした。
本当に、目の前の現実が、信じられない、信じたくない、といった様子で……
でも、結局その場の収拾は他の方達に任せろ、と言われて、
一旦私達は、それぞれ自宅に戻されることになったんです。
……その途中に」
美「その途中に、あんたは交通事故を起こして……っていうのは、
聞いただけだから分からないんだけど、とにかく、前方不注意で事故を起こして、
それから3日間くらい、眼を覚まさなくて……」
比「……ちょ、ちょっと待ってくれ」
N:話の最中、比呂也は違和感に気付き、話を中断させた。
美「なに?」
比「美慧、お前……
そいつの声、聞こえてるのか?」
美「そいつ……って、楓のこと?
聞こえてるし、姿もはっきり見えてるよ。
あんたがずっと眼を覚まさないまでの間に、全部聞いた。
もちろん半信半疑で、聞く耳なんて持つ気にも、最初はならなかったけど、
茉莉のことを考えたら……信じざるを得なくなった」
N:比呂也はその時、その言葉の意味を理解したと同時に、肝が冷え始めた。
美慧に楓が認識できるということは、楓の不幸が美慧に直接及ぶ可能性も、大いに高まったということ。
しかし、それを確認する手立てがあるはずもなく、比呂也はまた口を開いた。
比「そういやあ、茉莉がどうの、って今言ったけど……
茉莉が、どうかしたのか?」
美「………………」
楓「――………………」
比「な、なんだよ……
まさか、茉莉の身にも何かあったのか?」
美「……茉莉は、今は……
精神病院に、入らなきゃいけないかも……って」
比「っ!
精神病院って……なんで、そんなことに」
美「比呂也は知らなかったかもしれないけど……
茉莉はね、琢に想いを寄せてたの。
だからって、琢は普段からあんなだったし、そんなこと、勘付くはずも無いでしょ。
こないだの海に行ったのだって、言いだしっぺはホントは私で、
茉莉に、あの2人にとって、チャンスになればってくらいのつもりだった。
でも……」
N:美慧の声が徐々に震えていく。
それを見て、比呂也は罪悪感にも似た感覚を覚え始めた。
美「……でも、琢があんな死に方をしちゃって、それだけでも、かなり参っちゃってた。
あの日の夜だって、結局一睡も出来ずに、ずっと泣いてたって」
比「……そうだったのか……
でも、だからってなんで、精神病院にまで入ることになるんだよ?
その後にまだ、何かあったっていうのか?」
比「(M)
押し黙る楓の方をちらと見ながら、俺は質問を重ねる。
美慧はきっと、語るのも辛いのを我慢している。
それが分かってしまうからこそ、何も知らない自分が、申し訳なくなっていた」
美「……ごめん、続けるね。
とにかく茉莉は、当日の夜はともかく、次の日には、ある程度は立ち直ってるようにも見えてたの。
私も一回会って、その時にはいつも通りだったから、もう大丈夫かな、って思ってた。
でも……その日の夜からいきなり、琢の声が聞こえる、って言いだしたの。
一時的な気の迷いかと思ったんだけど、はっきり聞こえるんだって、譲らなくて……」
比「それって……まさか!」
看「榊さーん、検診のお時間ですよー」
美「!!
あっ、私ちょっとお手洗い行ってくるね!」
N:看護師と入れ替わりに、美慧は逃げるように飛び出していった。
それを見て看護師は何を勘違いしたのか、にやにやしながら口を開いた。
看「ふ~~~~ん……
比呂也クンも、なかなか隅に置けないわねー」
比「……は?」
看「今の子、彼女か何かと見た」
比「なっ!
ち、違いますよ!!」
看「あっはっは!
まあまあ、そう照れない照れない」
楓「――あ、違ったんですか?
私も、てっきり……」
比「(小声)
お前まで変なこと言うな!」
看「ん?
誰と話してるの?」
比「い、いえ、なんでも」
医「こらこら、あまり患者をからかうものではないよ。
患者とのコミュニケーションが悪いとは言わないが、君は少し言葉が過ぎる」
看「はーい」
医「さて、と。
榊君、まずは君の症状なんだが……
結論から言えば、幸い、命に別状は無い。
しかし、体の数箇所に裂傷、あと肋骨に、若干ではあるがヒビが入っていたから、
そっちの治療に、少し時間がかかるかもしれない。
あとはまあ……後遺症とかの可能性も考えて、入院は1、2週間ってところかな」
看「事故を起こしてそれだけで済んだっていうのは、不幸中の幸いですよね」
比「はあ……」
医「とりあえず今は、絶対ではないが安静にしていることだ。」
比「(M)
その後、十数分の検診やら問診やらが続いたが、俺はどうしても気に掛かることがあり、
あまり真面目に答えることが出来なかった。
それは……」
看「それじゃ、また様子見に来るねー」
医「お大事に」
N:医者と看護師が比呂也のベッドから離れ、病室を後にする。
2人の足音が遠ざかっていくことを確認すると、比呂也は楓に目をやり、小さく口を開いた。
比「……どういうことだよ」
楓「――え?」
比「さっきの美慧の話だよ。
まさかとは思うけど…」
楓「――!」
N:楓の表情が強張り、俯く。
それだけだったが、比呂也が疑念に確信を持つには、十分だった。
比「琢斗まで……お前みたいになっちまった、ってのか」
楓「――はい……残念ながら、おそらくは」
比「お前を責めても、もうどうにもならないのは分かってる。
でも、せめて、どういうことなのか説明してくれ」
楓「――少し長くなってしまいますけど……いいですか?」
N:比呂也は黙って頷く。
その時、突然病室の扉が開く。
驚いた2人の視線の先には、美慧が立っていた。
美「私にも聞かせて、それ」
比「美慧?」
美「比呂也にとってだけじゃない。
私にとっても、あの2人はかけがえの無い友達なの。
その2人を、今からでもどうにかできるのかも知れないんだったら、
私は、藁にでもしがみついてやるって決めたの。
あんたもそうなんでしょ、比呂也」
比「美慧……
そうだな……そういうことだ。
楓、頼む」
楓「――はい。
……悪霊や、背後霊の類が、全てそうであるかどうかは分かりません。
でも、私のようなモノは、誰かに取り憑き、その人が死んだ後は、
今度はその憑かれた人が、そういう存在になる……らしいです」
比「なんで、そんなことが分かる?」
楓「――私も……かつては、榊さんと同じだったからです」
比「!!」
美「嘘……それって……」
比「その時の記憶ってのがあるのか、お前には」
楓「――いえ……あくまで断片的に、しかも、かなり曖昧なものです。
でも、間違いなく私は、かつて親しかった誰かに取り憑かれて、
何らかの原因で死に、今こうして、同じモノになってしまっているんです」
美「でも、取り憑くっていうんだったら、普通……かどうかは分からないけど、
誰かを強く恨んでたりとか、そういうのじゃないの?」
楓「――はい。
でも、それはあくまで一例です。
憎悪じゃなくても、嫉妬、後悔、好意……
強い感情が残ったままなら、その相手に取り憑く可能性は高くなるんじゃないかと」
比「………………」
美「………………」
楓「――………………」
N:暫しの沈黙が続く。
葛藤、迷走、罪悪感。
それぞれにある心情こそ違えど、「2人を助けたい。」
その想いは一致していた。
少し間を置いて、美慧が立ち上がる。
美「私、そろそろ帰るね」
比「え、あ、……ああ」
N:手荷物をまとめて、そそくさとベッドから離れる美慧。
病室の扉の前まで行くと立ち止まり、背を向けたまま呟いた。
美「……ないから」
比「え?」
楓「――美慧、さん?」
美「私、絶対に諦めないから」
比「……ああ」
N:比呂也と美慧は、お互いに微笑んでみせ、美慧はそのまま病室を後にした。
看「ふーん……なるほど、ね」
……もしもし?
私です、椿です、ご無沙汰してます。
実は、折り入って相談が……」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
N:その日の夜。
美慧は、茉莉の家へと向かっていた。
茉莉の家は、都内のマンションの6階にある。
以前はきちんと整理されていて、いかにも女の子といった雰囲気を醸し出していた茉莉の部屋。
しかし、今はその見る影もなく、足の踏み場も無いほどに散らかり、
ズタズタに切り裂かれたぬいぐるみが、異様な空気を倍増させる。
そんな部屋の片隅に、毛布に包まって座り込む、茉莉の姿があった。
静寂な部屋に、茉莉の独り言が、延々と響き渡る。
茉「ねえ……琢斗、今も、そこにいるの……?
……返事は無いけど、いるん……だよね、そうだよね……
だって、あの日から……ずっと琢斗は私の傍にいるって……そう言ってくれたものね。
俺は死んでなんかいない、って、好きだよ……って言ってもらえた時、どんなに嬉しかったか……
……ねえ、琢斗……?
……大好き、だよ、私も……」
美「えっと……茉莉……?」
茉「!
……美慧。
いたんだ……いつから?」
美「ご、ごめんね。
何回も呼び鈴鳴らしたりとか、呼んだりとかしたんだけど、返事が無くて……
でも、鍵は開いてたから……勝手に」
茉「そんなにかしこまらなくても良いのに……
それで、何の用?」
美「あ、うん……
これ、なんだけど」
N:美慧がスーパーマーケットの袋を取り出す。
そこには、ラップで包んだ、美慧の手料理が入っていた。
茉「……これって……」
美「茉莉、あの日から全然食べてないでしょ?
だから、おすそ分け。
食欲無いって言ってたけど、流石に今のままじゃいけないって思って……だから」
茉「いらない」
美「え」
茉「いらない」
美「だめだよ、ちゃんと食べなきゃ。
本当に体壊しちゃ」
茉「いらないの!」
美「だめ!」
茉「いらないったらいらない!!
ほっといてよ!!」
美「……っ!
だめったらだめ!!
ちゃんと食べるまで、私はここを何を言われたって動かないから!!」
N:2人の叫び声が部屋に響き渡る。
しばらく睨み合っていた2人だったが、こういう時の美慧は人一倍頑固であることを知っていたためか、
先に折れたのは茉莉だった。
茉「……分かったよ……
ごめん、怒鳴ったりして。
でも、こんなこと、あんまりしなくていいから」
美「……うん、私こそ、ごめんね」
N:新品の箸を持ち、ゆっくりと食事を口に運ぶ茉莉。
その直後、生気の無かった茉莉の目に一瞬、光が灯ったように見えた。
茉「……おいしい……」
美「でしょ?
こう見えても、私結構色々作るの好きだから」
茉「そう、なんだ……知らなかった」
美「やっぱりまだまだ、親のほうが上手だけどねぇ」
N:そう言って、美慧ははにかんだ。
少しでも気を紛らわそうと思っているのだろう、美慧は最近のこと、昔のこと、これからのこと。
とにかく次から次へと、話題を提供した。
それを少しずつ食事を口に運びながら、相槌を打つこともせず聴く茉莉。
楽しそうという様子も無かったが、迷惑という表情も見せなかった。
美「それでね、その時のアイツったら」
茉「……美慧」
美「ん、どうしたの?」
茉「時間……大丈夫?」
N:茉莉が指差した先には、猫のシルエットが描かれた、振り子式の壁掛時計があった。
その時計が示す時刻は、既に23時を過ぎている。
美「あっ、いけない、電車無くなっちゃう!
でも、食器とかまだ」
茉「……大丈夫。
ちゃんと洗って、今度……返すから」
美「え、今度って……
……うん、分かった。
じゃ、また来るね」
茉「うん……じゃあね、おやすみ。
……あ、美慧?」
美「なに?」
茉「……ありがと」
美「!
……ううん、どういたしまして」
N:微笑んで、美慧は茉莉の家を後にした。
やや駆け足気味で去っていく美慧の後ろ姿を、窓から眺めながら、
茉莉は再び、琢斗の幻影を感じていた。
茉「……相変わらずだよね、美慧。
自分だって、まだ気持ちの整理も済んでないのに、他人のこと最優先にして」
琢「――そうだな。
でも、なんか安心したよ。
それでこそ、俺達のダチってもんじゃないか」
茉「ふふっ……それもそうだね。
……ねえ、琢斗」
琢「――ん?」
茉「大好き」
琢「――ああ、俺もだよ、茉莉」
茉「ねえ……琢斗。
もうすぐ私たち……本当に一緒に、なれるんだよね……?」
琢「――ああ。
もうお前だけが、寂しい思いをすることはないんだ。
俺の言うとおりにすれば、ずっとずっと、ずぅっと一緒にいられるんだ」
茉「うん……うん……嬉しい…」
琢「――ずっと、ずっと、ずーっと……な……」
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N:数日後の、同じく夜も更けた頃。
比呂也の病室には、看護師が一人で訪ねてきていた。
比「それで、なんなんですか、話って?
自分で言うのもなんですけど、患者をこんな時間まで起こしておくなんて、
健康管理を担う看護師としてどうなんです」
看「たはは……
それはその通り、返す言葉も無いわ。
……でもね、どうしても、どうしても確認したいことがあったの」
比「……?」
看「あんまり勿体付けても仕方無いから、単刀直入に訊くけど。
なにか、憑いちゃってるでしょ、キミ」
比「なっ」
楓「――!!」
N:比呂也と楓の表情が、否応無く強ばった。
あまりにも突然に、予想だにしていなかったことを、普段おちゃらけている看護師に指摘されたからだ。
更に、看護師は続ける。
看「やっぱり、そうなのね。
こう見えてね、私結構、そっち方面に詳しいの。
っていうのも、親戚に除霊とか、そういうのを生業にしてる人がいるからってだけで、
私自身に霊感があるとか、そういうのじゃないんだけど」
比「……それは、初耳ですね」
看「看護師が身の上話なんて、そこまでするものでもないからね。
でも、放っておけなかった。
なんていうのかな、明らかに、空気……っていうか、
『なにか』が憑いてる人独特の、嫌な雰囲気が、今も」
比「……それで、俺にどうしろっていうんです」
看「悪いことは言わないわ。
まだ間に合うかもしれない。
これ以上キミの身に不幸が降りかかる前に、祓ったほうがいいと思うの、それ」
比「………………」
看「……勝手だけど、親戚の、さっき言った住職やってる人ね。
その人に連絡して、来週にでも、様子を見に来るようにって伝えたから」
比「………………」
楓「(M)
――ああ、やっぱり。
……ううん、むしろこれが、本来常識的にするべき、私への妥当な対応。
偶然だなんて言い訳にして、突然榊さん達の日常に紛れ込んで……
……あまつさえ、それを台無しにしてしまった私はもう、立派な疫病神……
むしろ……それよりも……」
楓「――榊さん、その人の言うとおりです。
私がこれ以上、榊さんの傍にいちゃいけないのは、言うまでもないんです。
でも、私自身の意志では、どうすることも出来ない。
それならせめて、ひと思いに」
比「黙ってろ、楓」
楓「――っ!」
看「……比呂也、くん?」
比「せっかくの申し出ですけど、そんな話、受けるわけにはいきません」
楓「――榊さん……?」
看「ど、どうして?
今なら、まだ……」
比「俺にはそんな、無責任なことできません。
確かにコイツが来てから、いいことなんて起こってないし、
……琢斗も死んで、俺自身もこんなザマで、なんで俺が……って、
意味分かんねえ、どういうことだよって、思ったりもしましたよ。
でも、コイツは、出会ったばかりの日に俺がそう怒鳴りつけたとき、こう返したんです」
楓「『――私だって、望んで不幸に陥れるわけじゃない!!
……なるべくして……なって、しまうんです……
どんなに嫌でも、どんなに、抗っても……!』」
看「………………」
比「ああ、そうか。
コイツ自身には、何の罪も無いんだ、って。
俺と同じくらい、もしかしたら俺以上に苦しんで、もがいて、
それでも抗えずに、今、こうなっちまってるんだって。
……そう考え始めたら、コイツは……
いや、楓は、除霊とか、悪魔祓いとか、そんな無理矢理な方法じゃなくて、
ちゃんと成仏させてやりたいって、そう思うようになっちまったんですよ」
楓「――そんな……」
看「……こういう言い方もなんだけど……夢物語ね。
そんなこと、何年、何十年かかるか分からない。
それを果たせる前に、キミの命が保証されるかすら分からないのよ?」
比「そんなことは、百も承知です。
それでも、除霊でこの一件が解決したとしても、俺自身が、納得出来る気がしないんです」
N:真っ直ぐな目で、比呂也は看護師を見据える。
一点の曇りも無く、一筋の迷いも無く。
しばらくの沈黙が病室を支配したが、やがて看護師が、呆れ混じりの溜息と共に、口を開いた。
看「うーん……若さってのは怖いわねー……」
比「……?」
看「住職の方には、来週来てもらう。
これはもう、決めちゃったから変わらない」
比「な……」
看「最後まで聴いて。
目的は除霊じゃなくて、とりあえず最初は、ちゃんとした供養にしてもらうわ。
キミ本人が譲らないのに、無理矢理引っ剥がしても、仕方がないものね」
比「じゃあ……!」
看「とは言っても、やっぱり私と同じようなこと、言うとは思うわよ。
向こうを納得させられるかどうかは、キミ次第だし、それに」
美「比呂也!!!」
N:看護師が言葉を続けようとした刹那、病室の扉が勢いよく開かれた。
そこには、激しく息を切らし、青冷めた顔の美慧がいた。
看「ちょっと、こらこら。
面会時間はとっくの昔に過ぎてますよ。
それに病院では静かにして」
美「そんなこと言ってる場合じゃないんです!!
比呂也、茉莉が……茉莉が……!!」
楓「――そんな、いや……やっぱり……!」
比「落ち着けって、どうしたんだよ美慧!
いったい茉莉がどうしたって」
美「今さっき、茉莉から電話があったの……!
ううん、正確には、電車に乗ってたから出れなかったんだけど……
……留守電が、一件だけ残ってて……それで……そこに、茉莉……が、
ハァッ、……はっ……げほっ、げほッ!!」
N:もはや言葉をまともに発することすら出来ないほどに、不自然なほど疲弊した美慧は、
みるみる血の気を失っていき、激しく咳き込んだ後、その場に倒れ込んだ。
比「お、おい、美慧!!」
看「ちょっと、大丈夫!?」
医「なにごとだね、こんな夜中に。
他の患者の迷惑だよ」
看「あ、ちょうどいいところに!
先生、急患です、この子……!!」
美「……ハァッ……ハァッ……!」
医「……これは、まずいな……!
急いで空いている医務室を探して運び込みたまえ。
私もすぐに準備をする!」
看「はい!
ごめんね比呂也くん、すぐに戻るから!!」
比「………………」
楓「――榊さん……私……わたし……」
比「……美慧……茉莉……」
N:比呂也は、落とされた美慧の携帯を拾い、画面を見る。
画面は留守録の再生待機状態で止まっており、ロックもかかっていなかった。
『再生』を押すと、電子音が鳴りしばらくの沈黙が続いた後、微かに、茉莉の声が聞こえてきた。
茉「……さと……美慧、聞こえてる…?
結構コールしたんだけど……全然出ないから、メッセージ、残しておくね。
……美慧、私ね、ようやく、ようやく……今の苦しみから、解放される時が来たの。
琢斗が、教えてくれたんだよ。
ようやく、私たち、本当の意味で今日、一緒になれるんだ、って……
……だから、ね……ついこの間までお世話になっちゃったから、美慧にだけでも」
N:電話口から、電車の走る音が微かに、だが鮮明に入っている。
そのことから、窓が開いている、それも、ベランダの。
間取りを知っている比呂也は、そこまで理解することが出来た。
出来てしまった。
無論、初めてこれを聴いていた、美慧もそうだっただろう。
茉「……ちゃんと、部屋も片付けてね、借りた食器も、洗って置いておいたから……
今度来た時に、持って行って。
少し、無責任かな……ごめんね……?
……でも、もう琢斗は、待ちきれないみたいなの。
正直、私ももう、限界……
あとは、……背中を、押してもらうだけ。
……だから、さよなら、美慧……
比呂也にも、よろしく伝えてね……さよな」
N:そこで、茉莉の声は途切れた。
そして、生々しい肉の潰れるような音が入った直後、メッセージも終了した。
茉莉の凶行の、一部始終が収められたその録音を聴いた比呂也は、
もはや言葉一つ発さず、ただただ、留守番電話サービスの音声を繰り返し聴いているだけで、
涙が1粒、2粒と、溢れるだけだった。
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N:数ヶ月後、市立病院、ナースセンター。
看「お疲れ様でーす。
……はーあ、葬儀が終わったら、ほとんど間も置かずに出勤なんて。
田舎病院のナースは大変だわー……
……まあ、仕方ないか。
あれも、何かの縁だったのよね、きっと」
N:そう独り言ちながら、看護師は、とある病室へと向かった。
そこは、数ヶ月前まで、榊 比呂也という青年が入っていた病室。
彼もまた、一連の悲劇の、最後の犠牲者となってしまったのである。
原因不明の、突然の心臓発作。
手を尽くす暇すら無く、誰が看取ることも叶わずに、あっさりとこの世を去っていた。
看「……あれだけ偉そうなこと言っておいて、結局、何もしてあげられなかったな……私。
ん……あれ、なんだろ……手紙?」
N:ベッドの寝台と布団の隙間に、少し古びた、一枚の紙が挟まっていた。
いつからあったのかも、まるで分からない。
差出人は、『涼谷 美慧』。
日付等は、一切書かれていなかった。
美「比呂也、あの後の具合はどんな感じ?
それよりも、私が突然手紙なんて、っていう驚きのほうが大きいかな。
でも、口では言わなかったけど、比呂也も相当精神的に来てたのは分かってたし、
住職の人とか来てから、なかなか病室にも、近付けなかったから。
それに、私自身も、心の整理をつけたかったっていうのもあって、
わざわざ、すぐ近くにいるのに、手紙なんて回りくどいことしたの。
……色々…あったよね。
でも、比呂也は最後まで、自分を見失わなかった。
凄いなって思ったし、尊敬もしてる。
お門違いかもしれないけど、色々、ありがとう。
退院できる日が決まったら、教えてね。
その日までには必ず、迎えにいくから。 ……敬具」
美「――あ、しまった。
書き始めの挨拶忘れてた。
いいや、上の隙間に書いちゃお。
えっと……はい、けい……
『拝啓、貴方の後ろから』っと。
うん、我ながら、洒落た書き出しじゃない」
看「……そんな…じゃあ……比呂也くんの死因……まさか…!」
比「――こんにちは」
看「……え?」
楓「――ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
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