- アインシュタインの一般相対性理論が予言する究極の天体“ブラックホール” - その周辺で巻き起こるエネルギッシュな天体現象の物理機構は未だ多くの謎に包まれている。私はVery Long Baseline Interferometry (VLBI:超長基線電波干渉計) と呼ばれる高い空間分解能をもつ電波望遠鏡を用いた観測と理論モデルを比較することによって、こうしたブラックホール周辺の天体現象の謎の解明を目指している。以下では、これまでの研究概要を紹介する。
■観測的研究
私は東アジアVLBI観測網(EAVN)のAGN科学ワーキンググループ代表として、観測チームとともにEAVNを駆使したジェットの観測的研究を推進している。
§1 EHTによるM87ブラックホールシャドウの撮影
イベントホライズンテレスコープ(EHT)コラボレーションは、史上初のM87ブラックホールシャドウ撮影のニュースを、2019年4月10日に記者発表した。詳細な内容は6本のApJ Lettersに論文発表した。同コラボレーションは、リング状の放射領域(フォトンリング)のサイズから、ブラックホールの質量が65±7億倍太陽質量であることを確かめた。また、リング南北の放射の非対称性は、一般相対性理論が予言する回転ブラックホールによるドップラー効果で説明できることを示した。本結果は、画像から直接ブラックホールを研究するという新しい展開の扉を開いた。
記者会見:『EHTによる史上初のブラックホールシャドウ撮影』(2019年4月10日 於 紀尾井カンファレンス)
https://www.miz.nao.ac.jp/eht-j/c/pr/pr20190410
§2 M87ジェットが相対論的速度に達する位置の特定
M87ジェットの噴出速度を「日韓合同VLBI観測網 (通称KaVA)」を用いて2-3週間間隔の高頻度でVLBI観測を行った。その結果、ブラックホールから噴出後わずか5光年に満たない地点において「超光速運動」を検出した。本結果は、これまで考えられていたよりも10倍以上ブラックホールに近い位置でジェットが相対論的速度に達していることを意味している。 (Hada, Park, Kino et al. 2017)。私たち観測グループは、さらに大規模な時間を投入した22/43GHz2周波準同時観測を行なってジェットの速度プロファイルを詳細に調べた結果、一般相対論的磁気流体力学シミュレーションで予言されるよりも、ゆっくりとした加速が要求されるという知見を得た(Park, Hada, Kino et al. 2019 投稿準備中)。これらの観測結果は、ジェット形成の理論モデルに対して、新たな厳しい制限を与える。
記者会見:『日韓合同電波望遠鏡群で探る巨大ブラックホールジェット〜見えてきた「超光速運動」の現場〜』(2016年3月12日 於 日本天文学会:首都大学東京)
http://www.nao.ac.jp/news/science/2016/20160314-vlbi.html
§3 ジェット源流のブラックホール位置の精密測定
M87は、100シュバルツシルト半径以下の空間スケールを探る最重要ジェット天体として注目を集めているが、ジェット源流にある中心ブラックホール位置は、光学的に厚い領域に隠されているため分からなかった。そこでブラックホール位置を突き止めるアプローチとして、光学的に厚い領域表面が周波数に応じてシフトする現象に着目した。VLBAの2~43GHzの6周波数帯のアストロメトリー観測により、M87の電波コア位置は、43GHz電波コアから~20Rs東の領域に収束することを明らかにした(Hada, Doi, Kino et al. 2011, Nature)。本成果は、EHTによるM87ブラックホールシャドウ撮像へ向けた起点のひとつとなった。
記者会見:『超巨大ブラックホールは何処に?噴出ガス源流の隠れ家を突き止める』 (2011年9月5日 於国立天文台三鷹)
http://www2.nao.ac.jp/~m87blackhole/
■理論的研究
§1 ブラックホールジェット形成の謎の解明
ブラックホールのスピンへの制限
EHTで観測されたM87ブラックホールシャドウ画像は、回転(カー)ブラックホールで説明できることが分かった。しかしながら、ブラックホールスピン値に制限をつけることはできなかった。よく知られている通り「フォトンリング」のサイズはスピン値や見込み角が変化してもほとんど変化しないためである。そこで私たちは、M87がフレア期のときに期待される「物質リング」について着目した。ブラックホールの回転が高速になるとリングの中心位置がずれる「フォトンリング」とは異なり、「物質リング」はリングの中心位置は動かない。そのため、2つのリングに挟まれた領域に「三日月影」の特徴的構造が生まれることを理論予言した(Kawashima, Kino, Akiyama 2019, ApJ in press)。本理論予言は、グレードアップした次世代EHTであれば、検証が可能な理論予言となっている。
ジェット中の磁場vs. プラズマ粒子
おとめ座銀河団中心のM87は、100シュバルツシルト半径以下の空間スケールを探る最重要ジェット天体として注目を集めている。われわれは多周波電波VLBA観測によってジェット根元のシンクロトロン放射吸収に対して不透明な領域の場所と43GHzでの電波コアサイズの測定(Hada, Doi, Kino et al. 2011,Nature; Hada, Kino et al. 2013, ApJ) に成功した。
まず最初に、上述の43GHz帯の観測結果を用いて110マイクロ秒角直径の電波コア内部(空間サイズ直径はおよそ16倍シュバルツシルト半径に対応)の磁場と相対論的電子のエネルギー密度を求めた。その結果、電波コア内の平均磁場はおよそ15ガウス以下であり、電子と磁場のエネルギー比は、どちらが卓越するケースもあり得る、ということが分かった(Kino et al. 2014, ApJ)。
次に、Doeleman et al. (2012)によるEvent Horizon Telescope(EHT)の観測で得られた230GHz帯の観測結果に基づき、更に根元のISCOスケール(空間サイズ直径はおよそ6倍シュバルツシルト半径)での磁場と相対論的電子のエネルギー密度を求めた。その結果、ISCOスケールに到達すると、磁場のエネルギーが電子エネルギーを卓越しているということを初めて明らかにした(Kino et al. 2015, ApJ)。