◆グスタフ・マーラー 交響曲第4番
「私は三重の意味で故郷がない人間です。オーストリアの間ではボヘミア人(チェコ)、ドイツ人の間ではオーストリア人、そして、全世界の国民の間ではユダヤ人なのです」というマーラーの有名な言葉があります。37歳にしてウイーン宮廷歌劇場の芸術監督に就任。名実ともにヨーロッパ音楽界最高の地位に君臨し、尊敬を一心に集めたマーラーから出た言葉とは思えないのですが、生まれたボヘミアでも、修業時代のドイツでも、大成功しただけでなく、結婚して家庭を持つことになったオーストリアでも、当時はユダヤ人に対する差別は強く、彼は出自という自分自身とも戦わなくてはならない境遇だったのです。
マーラーは、36歳の時に、ウイーン宮廷歌劇場のポストや将来の結婚のために、ユダヤ教からキリスト教に改宗します。しかしそれが反対に、ユダヤ人である自分を強く意識することになった大きな出来事だったのかもしれません。それ以降に書いた交響曲第4番以降から、ますますユダヤ的な部分が色濃く反映されていきます。
そんなマーラーの心のよりどころは、優しい母親に守られた子供時代の思い出でした。むしろ大人になってから、ますます想像を膨らませ続けていた美しく純粋な子供の世界こそ、愛してやまなかった大自然の山や湖とともに、苦難に満ちたマーラーの人生の心の中での安息の場所であり、交響曲第4番に表現したのでした。
第1楽章は、鈴とフルートいう珍しい組み合わせで始まります。当時、鈴はオーケストラ楽器ではありませんでしたが、フルートとともに我々を子供の世界に誘います。そして、少年となったマーラーが楽しく踊り、歌うような音楽が続きますが、ユダヤ性よりもドイツ・オーストリア音楽からの影響が色濃い楽章です。
第2楽章は、一転してユダヤ的であり、生まれ故郷のボヘミア風の音楽です。楽器の調弦を高くしたヴァイオリンのソロが少し調子外れで、そして、マーラーの入念な指示により、ボーイングもままならない老いぼれたユダヤ人の流しのヴァイオリンのように、もの悲しいホルンソロと一緒に演奏します。この楽章は、少し哀れで郷愁にあふれたユダヤ人マーラーの原体験なのです。
第3楽章は、弦楽器によるキリスト教のルター派のような美しい4声コラールから始まります。その美しさはまるで天上の音楽のようです。しかし程なくユダヤ風のオーボエソロが始まり、オーストリアのレントラー、少しユダヤ風のメヌエットに続いて行きます。まるでマーラーが自分自身のアイゼンティティの混乱を語るように、ヨーロッパとユダヤを行ったり来たりし、最後は大饗宴となりますが、突如、ホルンの強奏によって静まるのです。ちなみに、ユダヤ教では角笛(ホルン)は大切な楽器です。その後、オーケストラ全員による最音量が鳴り響き、静かに第4楽章に続いて行きます。
第4楽章は、ドイツの民謡の詩集「子供の魔法の角笛」から“天上の生活”の詩に作曲されました。マーラーが本当の理想郷を、音楽を通して見つけたこの楽章では、ソリストは子供のように純粋に歌うことが必要で、今回、高嶋優羽さんと共演出来ることをとても嬉しく思っています。
(文責:篠﨑靖男)