私たちはグローバル化する社会において、短期間に多くの変化を経験し、さらなる変化への対応が求められている。多国籍企業は、すでに起こった出来事、近い将来に起こるであろう変化、さらに先の将来に起こるであろう変化に対応していく必要がある。多国籍企業は、グローバリゼーションの担い手であるとともに、グローバリゼーションという環境に適応しながら存続する組織体であるからである。
多国籍企業が対応することが求められる1つ目の変化はすでに起こっている。2019年末から経験した新型コロナウイルス感染症(CODID-19)の国際的な大流行である。厚生省国立感染症研究所( IDWR感染症週報』、第21巻21号2020年)は,2019年12月に中国武漢市で発見されたウイルスが、2020年5月には、感染者数(死亡者数)は、世界で5,538,685例(348,832例)、205カ国・地域に広がったと伝えている。日本でも新型コロナウイルス感染症は急激に拡大し、2020年4月以降、地域によって異なるが3回から4回の緊急事態宣言を経験した。私たちは、コロナウイルス感染症の蔓延によって、日常生活における行動変容を余儀なくされ、生活面や健康管理の面で大きな変化を経験した。多くの会員が勤務する大学においても、オンライン授業という新しい授業の形が出現し、対応をすることが当たり前になった。今回の全国大会においても活用されているが、学会にオンラインで参加したいという会員の要望も増え、学会のあり方さえも考え直さなければならないという課題に直面している。藤本(2021)は、コロナウイルス感染症を「見えないグローバル災害」と規定し、アフターコロナ下では、既存のグローバル・サプライチェーンを、柔軟性を持ったグローバル・サプライチェーンへ変化させていくことの必要性を議論している1)。今回は新型コロナウイルス感染症であったが、グローバリゼーションによるヒト、モノ、カネ、情報の国境を越えた交流が、何かの機会に閉ざされ、交流が止まるリスクがあることが明らかになったことで、この交流が止まるかもしれないというリスクに対応しなければならなくなった。
新型コロナウイルス感染症というリスクが、多くの企業が構築した経済性と効率性を持ったグローバル・サプライチェーンを考え直すための警笛となり、再構築が始まっている。加えて、多国籍企業は、グローバルな社会を揺るがす第2の変化への対応も必要となっている。その変化の発端は、アメリカ合衆国のドナルド・トランプ大統領の再選(いわゆるトランプ2.0)である。トランプ2.0のアメリカは、カナダとメキシコに25%の貿易関税をかけることを発表している。例えば、アメリカ市場で販売される自動車は、アメリカ工場だけで生産されるのではなく、カナダやメキシコの工場で一部の部品が生産され、アメリカの工場に供給されるケースもある。アメリカのディーラーで販売される車は、車種によってはカナダやメキシコの工場で生産れていることもあるだろう。関税がかからないという前提で作られた北米市場でのサプライチェーンは、この政治的変化によって、経済性と効率性を持つサプライチェーンから、非経済で非効率的なチェーンへと変質する可能性が出てきている。新しい国家指導者の登場が、グローバルな社会に変化をもたらしているといえる。
グローバル・サプライチェーンに組み込まれた国は豊かさを手にしてきた。これらの国が作り出しているのが第3の変化である。第2次世界大戦後、資本主義社会と共産主義社会が対立する東西問題が存在していた。1960年代に入り、豊かな北側の国と貧しい南側の国という南北問題が認識されるようになった。グローバル化した社会では、豊かさを実現するグローバル・サプライチェーンの中で、東西問題は経済的には西の資本主義に組み込まれ、南北問題は南側が北側を利用する方法を見出した。豊かになった南側の国は、自分たちの力で新たなグローバルな秩序を構築しようとしている。グローバルサウスと呼ばれているが、そこに属する国は、まだまだ貧困・人権・環境など問題を抱えている。しかし、西側の国や残された東側の国(中国やロシア)とは、一線を画す第3の勢力として南側の国が台頭し、新しいグローバル秩序の形成が始まっていることを多国籍企業は無視できなくなっている。多国籍企業は、グローバルサウスという第3の勢力が影響力を持つことを見据えて、グローバル社会での経営活動を変化させていかなければならなくなっている。
このように多国籍企業は、グローバル社会での秩序変化に対応することが求められている。既に秩序変化は起こっており、少し昔に描いた企業のグローバリゼーションの在り方は、古い世界認識に基づく未来像になっている。現状と将来を見据えて、多国籍企業には、自己変革が求められている。多国籍企業は、新しいグローバル社会の秩序に創造的に適応していく方法を主体的に考えなければならない。今回の統一論題を通じて、グローバルゼーションの秩序変化という環境変化に、多国籍企業がどのような対応しようとしているのか、その未来像を議論していきたい。
多国籍企業学会プログラム委員会
委員長 山口隆英
1)藤本隆宏(2021) 「アフターコロナ時代における日本企業のサプライチェーンについての一考察」 CREPE DISCUSSION PAPER NO. 93