多国籍企業学会第16回統一論題テーマ
「インバウンドビジネスと地域の発展-顧客の多国籍化への対応」
私たちは身近に生まれている新しい市場への対応が必要となっている。日本政府観光局が発表している統計1によると、日本に入国した外国人の数は、2013年に1000万人を突破し、2019年に3188万人に到達した。2020年及び2021年においては、COVID-19の影響を受け、外国人の日本への入国者数は減少したが、2023年には2500万人まで回復している。2024年は2023年の数値を上回る勢いで推移しており、3000万人まで回復するのは時間の問題という状況になっている。この日本に出現している3000万人の市場は、様々な国から日本を訪れる人であり、様々な国籍の人からなっている。このインバウンド市場に向き合う場合、多国籍化した顧客にどのように対応していくのかという課題に取り組まなければならない。これまで地元の顧客や日本の他の地域からやってくる観光客に対応すればよかったレストランは、日本語のメニューを読めない、料理名からイメージが湧いてこない、宗教上食べられない食材があるなど、多国籍な顧客への対応を迫られることになる。こうした中、外国人を受け入れる地域として、顧客の多国籍化に対応した内なる国際化が課題となっているのである。
インバウンドビジネスにおける多国籍な顧客への対応は、日本の特定地域の問題ではない。要するに、日本のどの地域であっても、突然、多国籍な顧客への対応を迫られる可能性がある。そして、インバウンド顧客向けの対応に力を入れた結果、外国人観光客が5年間で36倍になった兵庫県の城崎温泉のように、過疎化や顧客の高齢化に苦しんでいた町が短期間で息を吹き返すケースも見られている2。意図的な場合であっても、意図しない場合であっても、外国人旅行者の流入が生じる地域には、短期間で、おもてなしマインドを発揮して対応していく即応性が求められている。
インバウンドビジネスは、日本人が観光資源と思っていないものが、外国人にとって観光の目玉となるゆえ、既存の観光地だけが対象ではない。インバウンド市場は、地域の限定性がなく、日本人にとっては何気ないことが観光資源になりうる。例えば、100円ショップは、日本での生活者にとっては日常であるが、外国人観光客にとっては驚きの場所であり、買い物をする最適な場所である。日常生活が観光資源へと転換され、モノからコトに消費が移ることで、日本での生活者の日常が外国人旅行者の非日常へと変化する。こうした観光資源への変換は、サービスの提供者の目線で起こるのではなく、サービスの受容者の目線で発生するので、サービスの提供者は、自身の意図しない結果を受け入れていくことが必要になっている。
インバウンドという市場は、多様性を受け入れること、おもてなしマインドに基づく即応性、意図しない結果を活用する応用力を日本社会に求めている。いつの間にか、日常生活の中で実現した安い日本は、1つのフックになり、注目される日本市場を形作る要素となった。インバウンドという多国籍化された市場への対応は、地域や企業にとって日本国内にいるにもかかわらず発生するグローバル化の洗礼である。加えて、インバウンドビジネスは、日本企業が世界各国の市場にアクセスするための1つのルートとなりうる。つまりは、インバウンドビジネスを通して獲得した経営ノウハウが多国籍企業の海外事業展開にプラスの効果をもたらすことも期待できるのである。
そこで、多国籍企業学会第16回全国大会では、「インバウンドビジネスと地域の発展-顧客の多国籍化への対応」を統一論題として、インバウンドという顧客の多国籍化に、各地域や企業がどう対処し、どのように地域の発展につなげているのかを議論していく。その中で、地域の内なる国際化に向けた施策、地域の様々な資源を観光資源に転換する方法、偶発的な出来事を観光資源に転換する方法、そして、インバウンド市場がもたらす多国籍企業のさらなる国際化を議論することにしたい。
1 JNTOのwebサイト(https://www.jnto.go.jp/statistics/data/visitors-statistics/ :最終閲覧日2024年4月29日)
2 「外国人観光客が5年で36倍、城崎温泉の戦略とは」『日経ビジネスオンライン』2017年8月29日(https://business.nikkei.com/atcl/opinion/15/221102/082800514/:最終閲覧日2024年4月29日)