研究テーマ1

火星隕石からの

火星の古環境の復元

天体画像出典: NASA

火星の過去と現在 – かつての "青い惑星"

火星は地球の外側をまわる小さな惑星です。ごく希薄な二酸化炭素の大気(地球大気の0.7%)を纏うものの、非常に寒く(平均-60℃)、乾燥しています。また地表面が酸化鉄を含む赤茶けた砂に覆われているため、赤色に輝いて見え、しばしば "赤い惑星" と呼ばれます。

しかし、数十億年前の火星は現在とは異なり、豊富な液体表層水(海・湖・河川など)を保持していたことが分かってきました。はたして、当時の火星環境は生命の誕生や発展に適したものだったのでしょうか?火星に生命は存在したのでしょうか? かつて "青い惑星" だった火星は、いつ、どのようにして現在のような姿に変化したのでしょうか?

こうした問いは世界中の人々の関心を集め、特に2000年代以降から活発に調査・研究が進められてきました。火星は、今もっとも “熱い惑星" であると言えます。

火星の過去を記録する岩石, 火星隕石

隕石と人類の関わりは有史以前まで遡るものの、"火星隕石" が見つかったのは比較的最近です。1970年代後半〜の火星探査をきっかけにいくつかの隕石が火星由来であると判明しました。その後50年ほどで火星隕石は多数見つかり、現在までに300個ほど確認されています。

火星隕石の多くは、過去の様々な時代(2億年〜44億年前)に火星の火山活動で作られた岩石(火成岩)です。こうした岩石は、形成当時の周辺環境(マグマ・岩石・水・大気の組成など)を記録しています。最新の同位体化学分析を駆使することで、隕石から過去の記録を引き出せれば、火星の古環境とその変遷の歴史を紐解けるはずです。

火星 "窒素の循環と進化" の解明

窒素(N)は、地球型惑星の大気を主に構成する元素の1つです。さらに地球においては窒素は生命必須元素でもあります。そのため、窒素の化学状態(酸化的か還元的か、など)や同位体比(14Nと15Nの存在比)は 地球の環境変動や生命進化を探るための重要な指標となっています。

火星においては、窒素は、大気中にN2として3%ほど含まれています。しかし、大気N2以外の窒素化合物の存在は長年ほとんど解明されていませんでした。近年の火星探査や隕石研究の進展により、太古の火星にも硝酸塩や有機窒素などの "化合物としての窒素" が存在し、それらが地表岩石に保存されていることが分かってきました。

はたして、かつての火星にも、地球のように "窒素の循環" が卓越していたのでしょうか?私の研究グループでは、 1/1,000mmスケールの局所化学分析を実施して、火星隕石中に保存された過去の窒素の化学状態を調べています。

研究テーマ 1-A. 火星隕石の局所窒素化学種分析

火星隕石の中には、かつての火星の水や表土中の窒素を記録するものがあります。私の研究グループでは、大型放射光施設SPring-8 の軟X線ビームラインを利用した局所X線吸収微細構造(µ-XAFS)分析により、40億年前の “古い” 火星隕石である ALH 84001から有機窒素の痕跡を検出しました (Koike et al., 2020 Nature Comm.)

さらに、同手法を 5〜2億年前という比較的 “若い” 火星隕石にも適用することで、時代ごとの窒素の化学状態の変遷を調べています。

主な研究成果

  • Koike, M. et al. (2020a) In-situ preservation of nitrogen-bearing organics in Noachian Martian carbonates, Nature Communications, vol. 11, 1988.

  • 大西健斗, 小池みずほ, 他,火星の表層環境史解明に向けたシャーゴッタイト隕石の局所窒素化学種解析, 日本地球化学会第69回年会 (2022年9月)

研究テーマ 1-B. 火星アナログ岩石試料の研究

火星隕石は火星のどこから来たか分からず、"産状が不明である" ことが弱点です。火星に類似した地球上の環境 (アナログサイト) を適切に評価すれば、これを補うことができます。本研究では、ノルウェー・スバールバル地方の氷底火山による玄武岩質変成岩 (Bockfjord Volcanic Complex) を “火星アナログ岩石” とみなし、水質変成鉱物の成因を調査しています。

主な研究成果

  • 黒川愛, 小池みずほ, 他,火星の表層環境解明に向けたアナログ試料の局所窒素化学種分析, 日本地球化学会第69回年会 (2022年9月)

研究紹介ポスター (2022年9月)