2026年9月3日(木)に、「第8回メタサイエンス勉強会:歴史から捉えなおす AI for Science」と題したオンライン勉強会を開催しました。
開催趣旨(参加者募集時の文面):
AI for Scienceは、いまメタサイエンスにとっても大きなテーマになっています。AIが科学研究のあり方そのものを変えるのではないかという期待が、ここ数年で急速に広がりました。一方、「新しい技術が科学を変える」という物語は、実は初めてのものではありません。20世紀の日本でも、電子計算機の登場が研究や計算実務のやり方を大きく変えた時期がありました。誰が計算を担っていたのか、計算機の導入は研究現場にどんな摩擦や期待を生んだのか、そうした歴史を振り返ると、いまのAI for Science論議と驚くほど似た構図が見えてきます。
この勉強会では、「計算の実践」の歴史を研究する前山和喜さんに、20世紀日本における「計算機 for Science」の歴史を振り返っていただきます。過去を知ることで、いまのAI for Scienceを取り巻くメタサイエンス的な論点(何が本当に新しく、何が繰り返しなのか)を立体的に捉え直す手がかりを得たいと思います。
開催日時:2026年9月3日(木)16:00〜17:30
開催方法:オンライン(Zoom)・無料
登壇者:前山和喜氏(科学史、とくに計算実践の歴史)
司会:丸山隆一(メタサイエンス研究会)
主催:メタサイエンス研究会
参加人数:50名前後
計算実践の歴史
前山さんは、コンピューターサイエンスを学んだのち、博物館の展示への関心をきっかけに計算の歴史研究へと進んだ。コンピューターの開発史にとどまらず、その導入によって人々の計算の実践がどう変わったかに焦点を当て、研究を行ってきた。
その中で見えてきたのは、計算を個人の「リテラシー」として重視する社会から、「サービス」として成立させる社会への変化だという。計算センターが設立されていく時期に、計算を外部に依頼し、結果を受け取る、サービスとしての計算のあり方が確立してきた。自分でプログラムを書かずに計算を依頼する点では、初期の計算サービスは、むしろ現在の生成AIの利用に近い面がある。
計算機の導入は、既存の作業の高速化だけではなかった。大型機の共同利用は、個々の研究室では扱えなかった問題への取り組みを可能にした。その過程を捉えるには、機械の性能や論文だけでなく、研究ノートやオペレーターとのやり取り、センターの運営記録を見る必要がある。プログラマーや受付・運営を担う人々も、研究を成立させる実践の一部だった。
1950年代の期待と、現在のAI for Science
1950年代の文献からは、高速度計算への期待と懸念が見られる。研究費が足りず利用できないのではないか、大型機を集中整備するか小型機を広く配備するか、導入しても多くの人手が必要ではないか。現在のAIをめぐる議論にも通じる問いが、すでにそこにあった。こうしたことから、前山さんは、現在のAI for Scienceで語られる、作業の委任、研究可能な範囲の拡張、問いや方法の変化は、Computing for Scienceですでに起こっていたとみる。AIによる科学の変化を、計算機と、それを支える人々やサービスが科学を変えてきた歴史の延長として捉えることができる。
1958年の『科学技術白書』では、計算、情報検索、研究機器、試作、事務などのサービスが、研究者の着想を具体化する手段として位置づけられていた。しかし実際には、利用できる計算能力やプログラムによって、取り組める問題も変わるため、サービスは研究を補助するだけでなく、その可能性を規定しているのではないかと、前山さんは問う。結晶学では、構造解析に膨大な計算が必要となり、計算機や解析プログラムの利用が、成果を論文として認めてもらうための前提になっていった。
サービスからエージェントへ
計算センターは「サービス」であるだけでなく、「エージェント」として捉えなおせるのではないかという見方を、前山さんは後半で提示した。センターは依頼を処理するだけでなく、研究方法を提案し、別のサービスにつなぐ、研究ネットワークの拠点でもあった。この点に、現在のAIエージェントとの連続性を見出せるかもしれない。
最後に、視点を未来に向けて、研究者の役割をめぐる二つの問いを投げかけた。
研究者が研究者であるために、絶対に委任してはいけない仕事は存在するか?(存在しないなら、だれでも研究者でいいのではないか?)
「問いを立てること」は本当に人間に残るのか?(歴史上、問いの形成も装置やサービスによって変えられ、強い制約を受けてきたのではないか?)
講演後は、チャットに寄せられた質問と参加者の発言をもとに議論を行った。
電子計算機以前にも計算手への分業があったとの指摘に、前山さんは、欧米や日本の先行事例に言及した。サービス化は、一時点の転換ではなく、実践が広がる連続的な変化として捉える必要がある。
大型計算機の集中整備について、前山さんは、それによって可能になった研究と当時の技術的条件から肯定的に評価した。現在のAI基盤への集中投資と、各大学への資源配分にも重なる論点である。
初期の計算センターにも誤りへの苦情があり、故障検出や検算が行われていた。用途によって人々の受け止め方も異なり、信頼は精度だけでなく運用や社会での経験からも形づくられるという見方が示された。
依頼者と実行者の意図のずれについては、利用者が要望を伝え、センター側が新しい方法を提案する関係が紹介された。研究者の想定を超える可能性を示す役割は、以前から研究を支える人々が担っていた。
便利なサービスが必須の手続きに変わるのは、どのようなときか。前山さんは、結晶学の解析・検証の仕組みが論文の受理条件になる場合を紹介した。一方、計算機を使う方法が新しい分野として分かれる場合もあり、変化は一様ではない。
前山さんのトークとディスカッションを通じて、研究のサービス化とエージェント化を軸に、Computing for Scienceの延長としてAI for Scienceを捉える視点が提供された。生成AIは科学を大きく変える画期とみなされているが、歴史的な視点に立つと、その背後に、さらに大きな「コンピューター化」という画期があった。研究のエージェント化という視点は生成AIの時代ならではでありつつ、その視点で過去を見れば、エージェント化はすでに進んでいたというのが、とても面白いと思った。
科学とは何であったのかを知ることから、科学はどうなっていくのかを考える。歴史を振り返ることで、いま起きている変化が立体的に見えてくることを強く実感した。
(記:丸山隆一)