1)ストレス応答メディエーターとしての細胞内Labile Heme定量方法の確立と応用
ヘムは、ポルフィリンと二価鉄原子で構成される錯体であり、ヘモグロビンやシトクロム等の酸素運搬及び電子伝達に関与するタンパク質の補欠分子として機能する。一方で酸化ストレスなどによりヘム結合タンパク質から遊離したヘム(Labile Heme: LH)は、転写抑制因子BACH1などと結合することで様々な遺伝子発現調節を行っていることが明らかにされ、ストレス応答メディエーターとしてのLHの動態が注目されている。細胞内ヘム含量は、タンパク質結合ヘムを含む全ヘム量として定量されているが、LHの定量は間接的な方法に留まっていた。本研究はこれまで定量が困難であった細胞内のLHの定量方法を確立することを目的とし、岐阜薬科大学で研究開発されたLH特異的プローブH-FluNoxを用いて、Heme arginate (HA)に還元剤を添加することによりLH特異的な検量線を作成することに成功した。この手法を用いてHA添加した細胞の抽出液でin vitro定量法を試みたところ、添加したHAの量依存的な蛍光強度の増大が認められた。この効果はHA添加6時間後で最大となり、24時間後には対照に戻るが、ヘム分解酵素阻害剤添加により戻らなかったことから、本法は細胞内LH測定方法として有用であることが証明された。これらの成果は今後、様々な病態に関与するヘムシグナル研究への応用を可能にした(BBA - Gen Subj 2024)。本方法を用い、細胞老化などの生理現象やリソソーム病などの疾患における細胞内LHを測定し、その役割について解析している。
2)Heme oxygenase-1(HO-1)遺伝子のストレス応答における転写因子群の解析
病態の指標の一つである発熱は、熱ショック転写因子(HSF1)の活性化を介して熱ショックタンパク質(HSP)群を誘導合成することにより生体機能の恒常性維持に貢献している。Hsp32としても知られているHeme oxygenase-1(HO-1)は、細胞内ヘム濃度制御だけでなく、細胞保護効果が報告されている反応生成物を介して、種々な疾病における治療のターゲット分子として注目されている。
酸化ストレスに対する防御因子として知られているHO-1のストレス応答性は、動物種や細胞種によって異なることが報告されている。異なる種や臓器に由来する細胞では、ゲノム上のシスエレメントの配置やエピジェネティックな制御も異なっており、そのような多様性がHO-1のストレス応答性の違いを生じていることを明らかにした(BBRC 2018, J Biochem 2021, Genes to Cells 2022)。我々は、ヒト単球性白血病細胞であるTHP-1の分化誘導前後において、熱ショック時と酸化ストレス負荷を行い、HO-1プロモーター領域における転写因子の結合について解析を行っている。また、THP-1から分化したマクロファージにおいてLPSによる活性化を行った際にストレス応答性がどのように変化するかについても解析を行った(J Biochem 2025)。
3)消化管上皮細胞におけるヘムオキシゲナーゼの役割に関する研究
ヒト結腸がん由来培養細胞Caco-2におけるエタノールによるバリア障害をグルタミンは保護するが、この現象はHeat shock factor 1(HSF1)の活性化による分子シャペロンHeat shock protein 70(HSP70)の誘導を介するものであることを明らかにした(Pharmacology 2013)。この研究成果を基にしてCaco-2のストレス応答性を検討しており、我々はヘム鉄に注目した。生体内には3.5~5gの鉄が存在しており、約70%が赤血球のヘムグロビンを構成するヘム鉄である。消化管内腔からのヘム鉄吸収は需要に応じて厳密に制御されているが、基底膜側からのヘム鉄吸収はそれよりも高いことが知られている。消化管出血等に起因するヘム鉄の増加は、バリア障害を引き起こすことを私たちは見出し報告した(Biol Pharm Bull 2016)。その際、ヘム分解系律速酵素Heme oxygenase (HO)がバリア機能の回復に重要な役割を果たしていることを明らかにした(Antioxidants 2022)。HO反応の結果、抗酸化物質であるビリルビンやガス状メディエーターとして知られる一酸化炭素(CO)、さらには二価鉄を産生する。今年度は、各々の消化管上皮細胞における生理的意義について、当研究室で得られた研究成果を基に、現時点で公開されている情報を纏め、鉄バイオサイエンス学会のシンポジウムを開催して発表を行った。今後は細胞内ヘム鉄動態との関連について、そのメカニズムの解明を試みている。
4)アセトアミノフェン肝障害におけるストレス応答タンパク質発現に関する研究
アセトアミノフェン(N-Acetyl-p-aminophenol:APAP)は、最も広く使用されている鎮痛・解熱薬の一つであるが、過量投与は用量依存的に肝障害を引き起こし、重症例では急性肝不全に至る。APAPによる肝細胞死は、代謝産物であるNAPQIの毒性とグルタチオン等の抗ストレス因子のバランスが崩れることにより惹起されると考えられるが、分子メカニズムは不明な点が多く残されている。さらに、APAPによる肝障害は動物種によって大きく異なっており、細胞死を誘発するAPAP濃度が初代培養細胞を用いて検討されているが、その要因については不明である。本研究では、異なる動物種由来の肝がん細胞株(マウス;Hepa1-6、ラット; H-4-II-E、ヒト; Hep3B)を用いてAPAPによる肝障害細胞モデルを構築し、細胞死を指標とした細胞毒性発現の種差について調べることを目的とした。24時間のAPAP処理により、各細胞株におけるEC50はHep3B;32.8mM>H-4-II-E;10.7mM>Hepa1-6;2.5mMであった。また、各細胞株間において温熱ストレスに関係するHSP70 の発現がHep3B>H-4-II-E>Hepa1-6となっており、各細胞のEC50と正の相関を示した。肝がん細胞株に対するAPAPによる細胞死は一部、タンパク質の変性を介する可能性が考えられ、分子シャペロンとして機能するHSP70の発現量は抑制効果をもたらすことが示唆された(J Biochem 2025)。
5)鉄依存性細胞死であるフェロトーシスにおける細胞内遊離ヘムの生理的役割に関する研究
フェロトーシスは、細胞内の鉄蓄積を介した脂質過酸化により特徴づけられる制御された細胞死である。近年、アルツハイマー病などの神経変性疾患やがんといった様々な疾患においてフェロトーシスが重要な役割を演じていることが報告されており、その重要性が注目されている。細胞内の鉄の主な供給源としてヘムがあり、HOにより分解されることで遊離鉄が産生される。しかし、フェロトーシスと細胞内遊離ヘムとの関係性については、依然として不明である。本研究では、ヒト由来肝がん細胞株であるHep3Bを用い、フェロトーシス誘導剤であるErastinやRSL3による細胞死において、HO阻害剤等による細胞内ヘムの変動によりどのように影響が出るかを解析している。
6)低分子化合物を用いたアッセイ系による機能性分子の探索研究
硫化水素は毒ガスとして知られておりますが、近年、生体内において血管拡張作用やフェロトーシスからの保護に関わっていることが報告され、一酸化窒素、一酸化炭素に続く第3のガス状メディエーターとして注目されております。これまで本学薬学部物理化学分野との共同研究により、硫化水素スカベンジャー活性を持つ化合物がフェロトーシスとは異なる鉄に関与した細胞死を起こすことを見出している。細胞死における硫化水素と遊離ヘム及び鉄の関係性については不明な点が多く、これらの研究を発展させたいと考えている。また、これまで行ってきたフェロトーシスをはじめとする細胞死メカニズム解明を目指した実験系を利用して、新たな細胞ベースのアッセイ系を構築して、本学薬学部合成化学研究室が作製した化合物の評価や、徳島大学薬学部及び大阪大学理学部との共同研究も進めている。