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大和ミュージアム(呉市海事歴史科学館)は2005年開館、2026年にリニューアルされた博物館で、戦艦「大和」を建造した軍港呉の歴史や造船・製鋼技術、当時の町や暮らしを紹介しています。1/10戦艦「大和」模型や零式艦上戦闘機六二型、特殊潜航艇「海龍」などを展示しています。呉駅周辺は再開発計画があり2026年現在整備が進んでいる途中です。
戦艦「大和」の主砲を削り出した、大型旋盤「15299機」。ドイツ製、長さ17m・重量約219tの巨大なもので、この呉にあるものが唯一現存するものとなっています。2022年に呉市へ寄贈されるまでは兵庫県の企業が保管。当初は屋外展示予定でしたが、歴史愛好家や「提督」の方々によるクラウドファンディングにより専用設備が整備され、2023年3月より常設公開されています。
戦艦「大和」の前甲板を『約130mの実物大』で再現した公園で、司令塔や艦橋、主砲塔の一部を模したものが配置されています。呉港を行き来するフェリーや造船所を一望できる景勝地で、2014年に「恋人の聖地」として認定され、様々なイベントに利用されることも多い人気スポット。夕日の眺めもとても美しくおすすめです。
正式名称は『海上自衛隊呉史料館』。日本で唯一、退役した潜水艦が実物展示されており、「あきしお」内の潜望鏡を覗いたり、操舵室に座ることができます。3階建ての史料館内では、海上自衛隊の歴史や掃海活動(機雷除去)などに関することを展示。また、潜水艦内の三段ベッドが再現され、実際に横になることもできます。
青銅色のドームとレンガ調の外壁が特徴的な旅客ターミナルで、江田島・広島・松山方面へのフェリーや高速船が発着するほか、呉湾艦船めぐり(観光クルーズ)も行われています。大きな待合室を有するほか、5階の展望室からは360度の港のパノラマ風景を眺められます。大和ミュージアムとの境に「呉氏」のポストもあるのでお見逃しなく。
かつて呉駅前にあった巨大スクリューは、駅前再開発の為に蔵本通り沿いに移設されました。呉海軍工廠での造船技術を後世に伝えるためのモニュメントです。戦艦「大和」建造で培われた技術は、現代の精密切断技術や産業機器等にも引き継がれ、私たちの生活を支えています。
蔵本通りは呉市中心部に位置し、夜は上下水道完備の屋台通りに様変わりするレンガ調の歩道で、水の広場もあり、やすらぎとうるおいを感じられます。
れんがどおりは、かつて約36万個のレンガが敷き詰められていたことから名付けられ、飲食店、レトロなスイーツ店など呉を代表するお店が軒を並べています。
鎮守府の開設で急発展した海軍の街のメインストリートで、1967年まで呉市電が走っていたフラワー通り。その通りから長迫公園(旧呉海軍墓地)へ向かいます。
明治時代に開設された旧帝国海軍関係者の埋葬地で戦後荒廃していましたが、有志の保存活動を経て1986年、呉市の公園として再整備されました。
数少ない三棟並列型の三ツ蔵で旧長ノ木街道に面しています。呉空襲からの焼失を免れ、2005年に国の重要文化財に指定されました。簔壁と呼ばれる漆喰と藁を編んだ壁でできており、壁材を固定するための竹や木片が突き出ています。澤原家はこの地域の庄屋、呉市長などを代々勤めており、江戸時代後期の呉の歴史と発展を記録した膨大な史料が保管されていました。
1916年、旧海軍の射撃場跡地を払い下げて整備された運動公園にあり、正式名称は呉市二河野球場。2019年に命名権を取得した大之木建設によって、呉市出身で南海ホークス黄金期を築いた名将・鶴岡一人の名が冠されました。
契約期間満了後もその愛称が残り、球場東側にある呉市スポーツ会館一階の記念館では氏の功績が称えられ、年表やユニフォーム、トロフィーなどが展示されています。
二河川にかかる木造の大平橋を渡り、桜並木が広がる二河川公園から鯛乃宮神社を目指します。
神社境内には、1910年の第六潜水艇の沈没事故において、最期まで持ち場を離れず殉職した乘組員たちの遺徳を偲び建立された碑があり、毎年4月5日に関係者をはじめ、地域住民や自衛隊員などが参加し、追悼式が執り行われています。地域と海軍の歴史をつなぐ縁の地となっています。
ゴールの大歳神社からは、呉の港と街を一望できます。途中の両城地区は旧海軍時代に発展した地域で、山の斜面に階段状の住宅地が密集しており独特な景観が広がっています。100階段は一直線に伸びているのが特徴。200階段は上の中学校への生活道路として所有者の原山直兵衛が整備、後に呉市に寄贈されました。映画「海猿」のロケに登場したほか、市消防局の訓練にも使われています。
亀山神社は今の入船山公園の地へ創建されましたが(703年)、1886年の鎮守府開庁で、境内地が海軍用地として接収され、現在の地に移されました。入船山記念館(国重要文化財)は当初軍政会議所として建てられた2階建の洋館でしたが、地震で壊れ、和洋折衷方式の平屋に再建されました。戦後、進駐軍の司令官官舎として使われたのち1996年に解体修理され、洋館の内壁は往時の輝く金唐紙で復元されています。
歴史の見える丘では、海軍関係の記念碑などから明治以降の軍港都市としての歴史を感じられ、また、戦艦大和が建造された旧海軍工廠の巨大なドック跡を眼下に眺められます。旧海軍工廠は、現在ジャパンマリンユナイテッド呉工場として大型船舶を建造しており、大和建造当時、機密保持のために大和を覆い隠していた大屋根が今も残されています。
英語の「路地(アレイ)」と、かつて呉浦にあった小島「烏(からす)小島」を組み合わせた名前の公園で、日本で唯一、海上自衛隊の潜水艦や護衛艦を間近で見ることができます。軍港時代の面影を残すものとして、旧海軍工廠の赤煉瓦倉庫群、呉空襲を免れた魚雷積載用クレーン、串山公園内の防空監視所のトーチカ跡や工廠神社石段跡があります。
本州と倉橋島の間は「音戸の瀬戸」と呼ばれ、狭いところで約80mの海峡となっています。第二音戸大橋は、全長492m・アーチ支間長が280mの朱の鮮やかな巨大アーチ橋で、現場近くの工場で作られたアーチ部分を国内最大級の海上クレーン船で運搬、国内初の仮受台を使わない一括架設で設置されました。橋上からは呉港や呉浦の景観、眼下を潜る船や音戸大橋を眺めることができます。
かつて音戸は港町として賑わい、音戸遊郭には海軍関係者が来ていたそうです。いろんなお店が建ち並び、賑わいを見せた旧通りには、いまなお現役の木製の電柱、かつての銀行、銭湯跡など昭和の風情が色濃く残っています。途中の榎酒造は明治32年創業、今も小さな蔵ながらバラエティ豊かな日本酒を造っています。
音戸市民センターは、隈研吾設計となっており、室内の木のルーバや本瓦の大屋根が特徴的な複合公共施設です。
平清盛には、工事最終日に傾きかけた太陽を呼び戻して音戸の瀬戸を開いたとされる日招き伝説のほか、「一字一石の経石」の言い伝えもあり、人柱の代わりに経文を書いた石を海底に沈め、難工事を完成させたとも言われています。
階段状の護岸は、潮の干満にかかわらず船の荷役や乗降ができる船着場で「雁木」と呼ばれます。フロート式の桟橋が主流となった現在ではほとんど見られません。明治中期より柑橘類の栽培が盛んとなり、島外への畑の行き来や、収穫物の運搬に使われた農船の積み降ろしのため、昭和9年に完成しました。
[水彩画 田中佐知男/ピンクの朝(大長港)]
豊町でのみかんづくりの歴史などが紹介されています(入館無料)。現在、工場はありませんが、みかんの缶詰もここ大崎下島が発祥の地です。この一帯に収穫物の作業場や倉庫などが点在しており、収穫期は忙しくしている様子が見られます。また、宇津神社にある2本のホルトノキは樹齢1200年を超えるご神木です。
[水彩画 田中佐知男/資誠堂(大長)]
18世紀半ば以降、日本海から瀬戸内海を経由して大阪へ向かう「西回り航路」が整備され、北前船の往来が盛んになると、御手洗は風待ち・潮待ちの港町として急速に発展しました。明治中期以降、鉄道網の整備と共に、港町としての役割が衰退した御手洗は、伝統的な建造物が数多く残され、国・重要伝統的建造物保存地区の選定を受けています。
[水彩画 田中佐知男/Tobishima cloud]
旧柴屋住宅は伊能忠敬が大崎島の測量を行ったときの宿舎として使用され、測量の様子を描いた「伊能忠敬御手洗測量之図(複製)」が展示されています(入場無料)。満舟寺の入口付近に設置されている「足長小学生」の看板は昭和25~35年の時期だけ使用されていたもので、全国数か所に現存しています。
[水彩画 田中佐知男/旧柴屋住宅]
乙女座は戦前の劇場で昭和30年代までは映画館として使われました、現在もコンサートなどで使用されます(見学可能・有料)。若胡子屋跡は江戸時代、広島藩から公認された4軒のお茶屋のうち唯一現存する建物です(2026年現在修復中)。旧金子住宅は賓客の接待に使われた屋敷です(見学可能・有料)。天満神社の奥にくぐると願いが叶うといわれる可能門があります。
[水彩画 田中佐知男/薩摩藩船宿跡 脇屋(御手洗)]
恵美須神社の鳥居は北前船を迎えるように建っており、かつてこの周辺は、大雁木と物資の倉庫が立ち並ぶ町一番賑わう場所でした。住吉神社は堺の住吉大社を正確に1/2に写し、大坂で造り、ここで組み立てたとされています。江戸時代の高灯籠は1832年に石造りで建て直され、後に現在の参道前に移設されました。突堤に現在立っているものは1998年に改築されています。
[水彩画 田中佐知男/高燈籠と港町]
田中佐知男さんについて
今回、大長・御手洗のミッションメダルには、田中佐知男さんの絵を使わせていただいています。とびしま海道、御手洗の景色に魅了されて移住されてこられた画家さんで、このあたりの風景を特に多く描かれています。御手洗の「みたらいギャラリー」では、田中さんの作品を中心に展示しています。このまちの様々な路地、いろんな時間帯を知りつくしている田中さんの、実物の絵をぜひごらんください。
なお、交流会場では、今回のミッションメダル原画1点をご覧いただく予定です。
みたらいギャラリー(土日祝のみ、11:00~16:00、入場無料)
Google Map: https://maps.app.goo.gl/EhB1HWmZAmAieCJZ7
Light wave 2025 Ⅱ / 田中佐知男
ピンクの朝 (大長港)/ 田中佐知男
音戸の風景 / 田中佐知男