Research
脂肪酸の質から生命現象と病態を理解し、疾患克服のための新しい治療戦略を創出する
脂肪酸はエネルギー源、生体膜の構成成分、シグナル分子としての機能を持ち、あらゆる生命現象に関与します。我々がクローニングした脂肪酸伸長酵素Elovl6の研究から、脂肪酸の質(炭素鎖長や二重結合の数・位置)の違いが、エネルギー代謝をはじめとした様々な細胞機能に重要な役割を担っていることが明らかとなってきました。本研究室では、Elovl6を中心に脂肪酸の質から生活習慣病、認知症、がん、希少疾患(脂質代謝異常症)などの病態を解明し、その制御による疾患の新しい治療法の開発を目指した研究を行っています。
Elovl6の阻害による生活習慣病の予防法・治療法開発
Elovl6欠損マウスおよび組織特異的Elovl6欠損マウスを用いた研究から、肥満にともなうインスリン抵抗性(Nat Med. 2007, Hepatology 2020)、非アルコール性脂肪性肝炎 (Hepatology 2012)、2型糖尿病 (Diabetes 2017, BBA Mol Basis Dis. 2022)、動脈硬化 (ATVB. 2011, J Am Heart Assoc. 2016)などの生活習慣病の発症・進展が、Elovl6の阻害により抑制されることが明らかになりました。肝臓、膵β細胞、骨格筋、腸管、血管などの臓器を中心に、エネルギー代謝や生活習慣病の発症・進展におけるElovl6の役割およびElovl6阻害による生活習慣病発症抑制の分子機序を、脂質の網羅的解析(リピドミクス)やシングルセルRNA-seqを駆使して解明します。また、生活習慣病の新規バイオマーカーの創出や、Elovl6の阻害に基づいた生活習慣病の新規予防法・治療法の開発を目指します。
脳におけるElovl6の役割の解明と神経変性疾患の治療法開発
Elovl6欠損マウスおよび脳特異的Elovl6欠損マウスは、脳重量の増加、神経新生の低下、高次脳機能障害、嗅覚障害、食嗜好の変化など、脳に関連する様々な表現型が認められることから、Elovl6は脳の構造や機能に必須の酵素であると考えられます。脳を構成するニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトなどの細胞やそれらの相互作用におけるElovl6の役割を明らかにするとともに、その機能を発揮するために重要な脂質およびその分子機序を解明します。一方、Elovl6の阻害が神経変性疾患の治療法となる可能性を示唆する結果が得られており、脳に到達して優れた効果を発揮するElovl6阻害薬の開発と、それによる神経変性疾患治療法の開発も行います。
Elovl6の阻害によるがん治療法の開発
様々ながんにおいてElovl6の発現が上昇していることや、Elovl6の阻害ががんの増殖や悪性化を抑制することがわかってきました(Oncogenesis 2017, Leukemia 2023)。すなわち、Elovl6はがんの治療標的として有望であると考えられます。本研究では、様々ながんモデル系を用いてElovl6阻害によるがん治療効果を検証するとともに、その分子機序をリピドミクスや種々の分子生物学的手法を用いて解明します。また、がん治療に有効なElovl6阻害薬の開発と、Elovl6阻害の効果を増強する化合物のスクリーニングを行い、Elovl6を標的とした新規がん治療法を考案します。
Elovl6の立体構造の解明とElovl6阻害剤の開発
脂肪酸鎖長制御の医療展開のための分子基盤として、X線結晶構造解析によりElovl6の立体構造の解明を目指します。さらに、得られた立体構造情報をベースにデザインしたElovl6の変異体を利用し、生化学、構造解析、分子動力学(MD)シミュレーションを駆使し、脂肪酸伸長の触媒反応機構と基質特異性発揮のメカニズムの原子レベルでの解明を目指します。これらの知見は、新規Elovl6阻害剤の開発にもつながります。