研究内容
ナノテクノロジーの発展によって、非常に微細(数マイクロメートル~数十ナノメートル)な半導体や超伝導体の人工構造を作り出すことが可能になりました。私たちはこのようなナノスケールの電子デバイスで電子の電荷・スピン・位相を精密に制御し、人工ナノ構造内での電子の量子物性に関する基礎学理を確立する研究や量子情報技術などへの応用可能性を秘めた新しい量子現象を生み出して制御する研究を行っています。
実験ではナノスケールの人工構造を持つ電子デバイスを超高真空蒸着や電子線リソグラフィーを利用することで作製します。作製したデバイスを希釈冷凍機などで極低温に冷却し、精密な電子輸送測定技術を駆使することで新しい現象の探索や電子輸送現象の精密制御による基礎学理を開拓しています。
現在進行中の研究テーマ
二つの超伝導体を半導体や絶縁体が橋渡しするナノ構造はジョセフソン接合と呼ばれます。ジョセフソン接合は量子コンピュータの根幹となる電子素子であり、応用上も極めて重要です。複数のジョセフソン接合が超伝導体を共有してコヒーレントに結合するとアンドレーエフ分子と呼ばれる電子状態が形成されます。このとき、アンドレーエフ分子に起因して一方の接合を流れる超伝導電流をもう一方の接合によって制御することが可能となります(非局所ジョセフソン効果)。これは新たなジョセフソン接合の制御や新しい応用につながる機能性をもたらす重要な物理です。我々はこのアンドレーエフ分子の基礎学理の開拓やいくつものジョセフソン接合のコヒーレント結合による新しい物理現象の創発、マヨラナ粒子など次世代量子計算へとつながる技術開拓を目指した研究を行っています。
非平衡化での統計熱力学の基礎物理はいまだ解明されない部分が多く残されており、その学理構築が望まれています。ナノスケールの電子デバイスでは、バイアス電圧の印加や高周波電波の照射、フォノンの照射によって精密に制御された非平衡環境を実現し観測することができます。さらに、電荷測定技術の進歩により実時間で単一電子の動きをトレースすることができます。そこで、私たちは量子ドットなどの低次元半導体ナノデバイス内で起きる単一電子の量子トンネル現象に着目し、平衡および非平衡環境での電荷・スピンの量子トンネル現象を実時間で測定することにより、量子ドット内の電子の持つ統計的性質の基礎法則を明らかにすることを目指しています。
過去の研究テーマ
グラフェンにおける電子の流れの制御
単層のグラファイトであるグラフェンでは、電子は質量を持っていないかのようにふるまいます(ディラック電子)。このようなディラック電子に面直磁場を印加して量子ホール状態を形成すると、ディラック電子に特徴的な量子ホール状態の特性が輸送現象に現れます。私たちは特に電荷が正と負の領域の境目(pn接合)での量子ホール状態の特性に興味をもち研究を行いました。グラフェンpn接合では量子ホール端状態が並走します。この並走状態における電子の分配過程をショット雑音測定という手法で測定することで、電子分配の微視的な機構を解明することに成功しました(日本語解説)。また、このpn接合が電子のビームスプリッタとして利用できる特性を保有していることから、pn接合を用いた電子の量子干渉計の提案を行い、それに関連したパリティ効果の実証を行いました(日本語解説)。
Scientific Reports 5, 11723 (2015), Nature Communications 6:8066 (2015)
トポロジカル絶縁体での新物性探索
トポロジカル絶縁体は近年発見された新しい物質群で、バルクには電子が流れないにもかかわらず表面には流れるという特徴を持ちます。このトポロジカル絶縁体のナノ構造デバイスを用いて、表面状態に存在するディラック電子の持つ量子性の評価や超伝導体との接合によりマヨラナ粒子を実現するための研究を行いました。
Phys. Rev. B 102, 045301 (2020), Phys. Rev. B 101, 115410 (2020), Phys. Rev. B 88, 155438 (2013), AIP Conf. Proc. 1566, 193 (2013), Phys. Rev. B 85, 075440 (2012)