Macroscopic Quantum Mechanics

重い物体の振動モードの量子計測と制御、そして応用

研究紹介

~「巨視的量子力学の検証」&「高性能な力センサーの開発」~

当研究室は下記の研究テーマに取り組んでいます。

1.巨視的な機械振動子の量子制御

2.低散逸な振動子の開発

3.非破壊測定に基づいた安定化光源の開発

4.力センサーの応用

5.新物理の探求

興味深いことにこれら5つの目標はそれぞれが密接に関係しています。以下でより詳しく説明してみます。より詳しく知りたい方はこちらもご覧ください。


より詳しい研究の説明です

1について:巨視的な重い(ミリグラム程度)懸架された鏡の重心振動を量子制御する研究です。懸架鏡が冷えると直観では理解しがたい量子現象が観測されると予想されていますが、未だに観測されたことはありません。現在進行中の研究は、非対称量子スペクトルの観測と機械的な量子スクイーズ状態の生成です。面白いことに、3で紹介する輻射圧の揺らぎを精密に測定できるとこれらの量子制御が実現可能となります。制御手法としては、フィードバック冷却と条件付き量子制御と呼ばれる2種類の制御に取り組んでいます。巨視的物体の量子制御の研究は、究極的には、重力の量子性の検証につながると期待されます。


2について:振動子の量子制御のためには、エネルギー散逸を小さくすることが最も肝要となります。当研究室では、レーザー溶接等を使って手作りで高性能な振動子を開発しています。力センサーの感度を高めるためにも低散逸な振動子は必須となりますので、このテーマが精密測定の屋台骨といえるでしょう。


3について:強度や周波数が一定のレーザーはほとんどの精密測定に必須でしょう。従来の手法による安定化(強度のフィードバック制御、参照共振器を使った周波数安定化)に加えて、非破壊測定による強度安定化を進めています。これは、強度の揺らぎから生じる輻射圧(光圧)の揺らぎによって振動子を変位させ、その揺れを精密に計測しフィードバックすることで光源を安定化する手法です。光を直接観測することなく安定化を実現できるため、従来手法の限界を超えた安定度が実現できる可能性があります。さらにこの非破壊的な手法は様々な波長のレーザーに対して適用可能であり、我々は波長がおよそ1ミクロン(精密測定用)と10ミクロン(レーザー溶接用)のレーザーの安定化を進めています。


4について:振動子の変位を観測することで、振動子に加わる力が観測できます。例えば重力源として別の振動子を懸架鏡の隣に置くと、それらの間の重力相互作用が観測できるので、重力定数の精密測定ができる可能性があります。現在は特に重力定数の測定に興味を持って研究を進めています。


5について:世の中には様々な新しい物理理論があり、実験的な検証が待たれています。当研究室の精密測定の技術をこれらに応用したいと考えています。現在は特に、超軽量ダークマターと懸架鏡の間の相互作用の有無を検証する実験、重力の量子的な性質を明らかにする実験、巨視的スケールでの実在性の破れの検証に興味を持って研究を進めています。5の挑戦は極めて野心的な取り組みであり、世界を新しい’目’で見つめることで新発見を成し遂げたいと考えています。


当研究室の主要な成果を下記に簡単にまとめます。

実験系の概要:量子制御の実現のため、エネルギー散逸の小さな物体が必要です。散逸が大きいと、熱浴との相互作用(熱雑音)が大きくなるからです。驚くべきことに、世界で最もエネルギー散逸の小さな(実験で利用されている)物体は、実は振り子です。我々は、重力波望遠鏡で利用されているものと同様な懸架された鏡(懸架鏡。要は振り子です)の重心振動を対象とした量子制御を研究しています。これまでに、実験室規模で世界最小散逸を持つ懸架鏡の開発に成功しました。

Physical Review Letters 2020, Cataño et al.

 懸架鏡は合わせ鏡(光共振器)の一端に設置され、共振器にはレーザー光が照射されます。共振器の反射光量の変動等から、懸架鏡の変位を精密に測定します。変位が分かれば懸架鏡に加わる力が分かるので、量子制御のためではなく、力センサーとして利用することもできます。我々はこれまでに、最高精度の重力センサーとして活用できる光共振器系の開発に成功しました。

Physical Review Letters 2019, Matsumoto et al.

量子制御の概要:我々は、測定に基づいた量子制御(measurement-based quantum control)の研究を進めています。例えば、変位計測の測定結果を懸架鏡にフィードバックすれば、懸架鏡を冷やし、基底状態を実現することができます。また、量子フィルタと呼ばれるものを使えば、測定結果から懸架鏡の位置の情報を最大限に抽出することが可能となります。このとき、不確定性原理があるため運動量の不確かさは増大し、スクイーズ状態が生成できます。我々は、慶應義塾大学と共同で、その原理検証に成功しました。

arXiv 2020, N. Matsumoto and N. Yamamoto

 さらに、スクイーズ状態が生成可能な二つの懸架鏡をパワーリサイクルマイケルソン干渉計に組み込むことで、巨視的物体間に量子もつれが生成可能なことを九州大学、慶應義塾大学と共同で示しました。

 Physical Review A 107, 032410 (2023), Miki et al. 

未知の物理の探索:精密力センサーは超軽量ダークマターの探索にも応用できると期待されています。センサーを構成する低散逸な振動子とダークマターが相互作用することで生じる振動子の微小振動を、光共振器で読み取ります。当研究室ではこれまで、バークレー研究所と共に様々な機械振動子(振り子、光学浮上球、薄膜など)を用いたダークマター探索に関する議論を進めてきました。

Quantum Science and Technology 2021, Carney et al.

その他:光共振器を構成する鏡を3枚にすることで振動子の回転自由度を光学的にトラップする手法を提案・実証しました。一般的な2枚の合わせ鏡の場合、回転方向には光圧による反ばねが生じるためシステムが不安定になるという問題点があります。本研究のアイディアではパッシブに系を安定化するため、制御による雑音が生じません。また、振動子の低散逸化の観点からも有望なことを示しました。

Optics Express 2014, Matsumoto et al.