真社会性哺乳類?

ハダカデバネズミの生態について調べると、「真社会性」という言葉が目を惹きます。

「アリやハチのような真社会性の分業社会を作ります」と説明しているのが通例です。

真社会性とは、一般的に、(1)繁殖の分業、(2)世代の重複、(3)協同繁殖(親以外の個体がの世話をする繁殖形態)という三つの要件を満たす社会システム(Michener 1969)のことを指しますアリやハチが有名ですが、シロアリやアブラムシなども真社会性とされています。

脊椎動物ではどうかというと、真社会性と表現されることがある動物はハダカデバネズミとその近縁種に限られます。

日本では当然のようにハダカデバネズミは真社会性ですという説明しか見かけられませんが、はたして本当にそうなのでしょうか?

また、ハダカデバネズミの近縁種も同じように真社会性とみなしてよいのでしょうか?みなされるとしてもどの種がそうなのでしょうか?

実は、研究業界では現状これらの疑問に対し統一的な見解がありません。

どういうことでしょうか?歴史を踏まえながら研究者の間で分かれている三通りの考え方を見ていきましょう。


1981年にJarvis博士によって、ハダカデバネズミが繁殖個体と繁殖しない個体に明確に分かれることを含め上記の要件を満たすことから、本種が真社会性であることを発見した、という論文がScience誌で発表されました。その後、JarvisとBennettが1993年に、近縁種のダマラランドデバネズミが他の近縁種よりも大きな群れサイズを持っていることなどから、社会性の程度の高さに着目しこの種も真社会性であるという主張の論文を発表しました。この二本の論文をソースとしてハダカデバネズミとダマラランドデバネズミのみを真社会性とする主張が古くから支持されてきました。


ハダカデバネズミとダマラランドデバネズミが真社会性であると分類された一方で、Burdaらが2000年にデバネズミの真社会性に関する総説を出版し、その中でデバネズミの真社会性の再定義をしました。具体的には、群れに生まれた子どもが群れに留まる期間の長さを尺度に、その程度の強弱で分類することができると主張しました。この定義に基づくと、ダマラランドデバネズミが属するFukomys属の他の種(Ansell's mole-ratやMecow's (Giant) mole-rat)もハダカデバネズミやダマラランドデバネズミと同等の真社会性傾向を持つことになり、真社会性が広範に適用されることになりました。しかし、この考えが広く普及しているかというとそうでもなく、1の考えと競合しています。


この説では、積極的な理由で真社会性ではないとする考え方と、消極的な理由で真社会性と定義できる証拠が揃っていないとする考え方の二つの立場があります。ハダカデバネズミやダマラランドデバネズミは、元々の真社会性の要件を満たしていました。しかし、CrespiとYanega(1995年)は、不妊カーストの存在が真社会性を定義づけるのに最重要であると主張しました。例えば、アリやハチのなかまでは女王の単為生殖によって生涯不妊のワーカーが生まれますし、シロアリではワーカーは繁殖のポテンシャルがあるものの成長してソルジャーになるとそのポテンシャルがなくなります。一方デバネズミでは、生涯繁殖できない不妊カーストが存在するという証拠はなく、真社会性の厳格な定義からは外れることになります。そういった意味で積極的な理由から真社会性ではないとする主張があります。しかしながら、社会性の程度は連続的なものに過ぎず、真社会性と言ってもその程度は様々です。また、昆虫での定義をそのまま脊椎動物に適用することに意味があるのか、あるいは、真社会性という定義づけ自体に意味があるのか、という観点での論争は絶えません。これらの意味で、明確に真社会性であるか否かを決定することが難しいという主張が出てきました。決定できないのであれば、真社会性という表現を使わない方がよいというのが消極的な理由に繋がります。


最後に、私自身の主観的な考えについて述べます(あくまで2023年現在の考えです)。

単刀直入に言えば、全て真社会性ではないとする主張に賛同します。

単為生殖をするだとか、生涯不妊の個体が存在するだとか、そういう特殊な状況が見つかれば話は別ですが、デバネズミのなかまにおける社会性は他の社会生活をする哺乳類の延長線上のものでしかありません。 その連続的な物差しに対してどこに境界を決めて真社会性か否かを決めることはかなり主観的な要素が入り込んでくるのと同時に、あえて境界を決めることに大きな意味があるとは思えません。

色々な説を取り上げたので、結局どれが正しいの?と混乱する声が聞こえてきます。しかし、研究業界とは得てしてこういうものです。(ほぼ)全員を納得させた考えが答えになるのです。デバネズミの真社会性に関してはまだ答えに辿り着いていないだけです。(ほぼ全員を納得させる答えがあったのにそれを覆す考えが発表され、それが新たな答えになることも普通にあります。)

つまり、「ハダカデバネズミは本当に真社会性なのですか?」に対しては、「真社会性とみなす主張もあるし、真社会性とみなさない主張もあります」という答えが最適でしょう。「(真社会性とみなすなら)哺乳類で真社会性はハダカデバネズミだけですか?」に対しては、「ハダカデバネズミとダマラランドデバネズミの二種だけとする主張もあるし、他のFukomys属のデバネズミを含める主張もあります」という答えになります。

ただし、ハダカデバネズミでは他のデバネズミと比べても非繁殖個体の繁殖抑制の程度がかなり強いことで知られています。多くの哺乳類が遅かれ早かれある年齢になったら性成熟して、繁殖の機会がないとしても繁殖する能力を持つ状態になるのに対して、ハダカデバネズミでは非繁殖個体の繁殖能力がかなり長期的に生理的に抑制される状態が続きます。基本的には、メスの繁殖個体からの物理的接触がなくなるまでは抑制が続くとされますが、たまに群れにいながら性成熟を起こす個体もいるようです。どれくらいの割合でどれくらいの期間の抑制が働いているかを詳細に調べた研究がないため、詳しくはわかりません。しかし、ダマラランドデバネズミでは多くの場合でハダカデバネズミほどの抑制は見られないことが知られており、ハダカデバネズミの特異性が際立ちます。

だから、もし「哺乳類で一番真社会性に近いのはどれですか?」と聞かれたら、私は自信を持って「ハダカデバネズミです」と答えるでしょう。真社会性を定義して分類することは難しいですが、真社会性に近いか遠いかを比較することは可能です。真社会性か否かの二元論はわかりやすくていいです(私自身、時と場合によっては「ハダカデバネズミは真社会性である」という表現を便宜的に使うつもりです)が、やはり極端な議論に陥ってしまいます。それよりも、どれくらい真社会性の傾向を持っているかで議論するのが本質だと考えています。(2023/7/10)