ハダカデバネズミの集団維持機構の解明を目的に研究しています。
現在は社会性に関する行動解析を主軸に研究を進めています。
大規模行動解析系の開発と社会構造の解明
社会労働システムの解明
準備中
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1. 大規模行動解析系の開発と社会構造の解明 (Yamakawa et al. 2025 Science Advances)
動物の社会では、仲間同士の役割分担や関わり合いが、集団をうまく維持するために大切な役割を果たしています。特に、アリやハチ、シロアリといった「真社会性」の生物では、群れの中で、繁殖を担う個体(女王や繁殖オス)と働く個体(ワーカー)とが分業し、協力し合うことで、極めて高度な社会生活を営んでいます。ハダカデバネズミは、極めて珍しい「真社会性の哺乳類」ですが、従来の研究は少数の個体や短期間の観察に限られ、その社会全体を対象にした本格的な行動解析はこれまでほとんど行われておらず、多くの点が謎のままでした。
本研究では、RFIDという無線で個体を識別できる個体タグ技術を使って、群れ全員の動きを自動的に追跡できる新しいシステムを開発しました。このシステムにより、5つの群れ・合計102匹のハダカデバネズミを30日間にわたって追跡することに成功しました。この手法は、体に埋め込んだ小さなタグを読み取るため、狭いトンネルで個体が重なっても正確に識別でき、長期間の動きを確実に記録できるのが特徴です。
解析の結果、繁殖個体(女王と繁殖オス)は、短い休憩を繰り返したり、他の個体を追いかけたりする行動が目立ち、群れ全体の秩序を監視する役割を果たしていることがわかりました。また、活動のリズムを他の仲間と合わせ、活動中は仲間と同じ場所にいることが多く、社会の中心的存在であることが示されました。さらに繁殖個体のペアは特に強い結びつきを持ち、群れの中で際立った関係性を築いていました。
一方で、繁殖しないワーカーたちは少なくとも6種類の行動型に分かれており、活発に活動するタイプや、あまり活動しないタイプ、部屋をよく行き来するタイプなど、多様な役割を担っていることが明らかになりました。これらの違いは年齢や体の大きさと関係しており、個体ごとに一貫した行動スタイルを持っていました。また、行動型ごとに仲間との関わり方も異なり、よく移動する個体は他の個体に追いかけられやすく、逆に移動の少ない個体は活動的な仲間と同じ場所で活動するのを避ける傾向がありました。これは、巣穴を掘る作業や餌を運ぶ作業など、場面に応じて相互作用や距離感を調整している可能性を示しています。
今回の研究によって、繁殖個体の特別な行動と社会的役割、そして非繁殖個体における多様な役割分担を初めて網羅的に明らかにすることができました。この成果は、ハダカデバネズミの社会の仕組みを理解するだけでなく、哺乳類における協力社会の進化を解き明かすうえで重要な基盤となります。今後はこのシステムを活用し、群れの社会構造に意図的に変化を与える実験を行うことで、協力社会がどのように維持され、どれほど強靭であるのかを解明できると期待されます。
Yamakawa M, Ezaki T, Watarai A, Kutsukake N, Miura K & Okuyama T. Quantitative and systematic behavioral profiling reveals social complexity in eusocial naked mole-rats. Sci. Adv. 11 (2025) https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.ady0481
プレスリリース
https://www.iqb.u-tokyo.ac.jp/pressrelease/251009/(東京大学)
https://www.kyushu-u.ac.jp/ja/researches/view/1344(九州大学)
https://www.med.kyushu-u.ac.jp/news/research/detail/1799/(九州大学医学研究院)
https://www.kumamoto-u.ac.jp/daigakujouhou/kouhou/pressrelease/2025_file/release20251007.pdf(熊本大学)
https://www.soken.ac.jp/news/2025/20251009_1.html(総合研究大学院大学)
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20251009/index.html(科学技術振興機構JST)
ニュース記事
https://www.nikkei.com/article/DGXZRSP697764_X01C25A0000000/(日本経済新聞)
https://nazology.kusuguru.co.jp/archives/186255(ナゾロジー)
https://www.livescience.com/animals/land-mammals/some-naked-mole-rats-are-designated-toilet-cleaners-study-suggests(Live Science)
2. 社会労働システムの解明 (Yamakawa et al. 2024 Animal Behaviour)
アリやハチなどの真社会性昆虫ではワーカーたちが明確に分業を示すことが知られています。この場合、「タスクAをよく行うワーカーはタスクBをあまり行わず、タスクBをよく行うワーカーはタスクAをあまり行わない」というような状況が多く見られます。これをタスク特殊化(task specialization)と呼びます。このタスク特殊化によってアリやハチは効率的な集団に運営しています。脊椎動物でも、自身が繁殖をせずに群れの子どもや群れ全体のためにタスクに従事するヘルパーと呼ばれる個体が存在する社会を作る種があります。哺乳類や鳥類でこのような社会を構築する種では、「タスクAをよく行うヘルパーはタスクBもよく行い、タスクAをあまり行わないヘルパーはタスクBもあまり行わない」場合が多く見かけられます。これをヘルピング・シンドローム(helping syndrome)と呼びます。
ハダカデバネズミでは、群れ防衛タスクと日常的な巣穴維持タスクとでタスク特殊化が起きていることが示唆されています。一方で、巣穴維持タスク各種(穴掘り・巣作り・餌運び)の間でhelping syndromeが起こっていることが示唆されてきました。しかし、我々の研究グループは、これまでの観察経験から、巣穴維持タスクでもヘルピング・シンドロームは起こっておらずハダカデバネズミ社会におけるワーカーの分業はもっと複雑なものであることを予測しました。各ワーカーがどのタスクにどの程度従事するかを調べたところ、ヘルピング・シンドロームの傾向が見られたタスクの組合せはあったものの、多くの場合ヘルピング・シンドロームが起きているともタスク特殊化が起きているとも言えない結果となりました。このことから、ハダカデバネズミは真社会性昆虫ほど明確な分業は見せないものの、似た社会を作る哺乳類や鳥類とは一線を画す複雑な社会システムを持っていることが明らかになりました。
Yamakawa M, Miura K & Kutsukake N. Helping syndrome is partially confirmed in the eusocial naked mole-rat. Anim. Behav. 210, 289-301 (2024). http://dx.doi.org/10.1016/j.anbehav.2024.01.005