宇宙空間では、微小重力や宇宙放射線などの影響により、骨や筋肉、免疫機能などにさまざまな変化が生じます。私たち宇宙医科学研究グループは、これらの環境変化に生体がどのように応答するのかを、分子・細胞・個体レベルで明らかにすることを目指しています。
メダカやマウスを用いた基礎研究に加え、宇宙実験や人工重力実験を通して、重力環境が骨代謝や組織リモデリングに及ぼす影響を研究しています。
また、宇宙で生じる骨量減少や筋機能低下は、地上の骨粗鬆症やフレイル、長期臥床による身体機能低下とも共通する特徴があります。私たちは、宇宙研究で得られた知見を口腔・顎顔面領域へ展開し、顎骨代謝、口腔機能、嚥下機能、組織再生などの研究にも応用しています。
宇宙飛行士の健康維持に貢献するとともに、地上のさまざまな疾患や加齢に伴う健康課題の解決につながることを目指しています。
破骨細胞が出来るまで
破骨細胞前駆細胞(Pre-OC)は, 骨芽細胞(OB)との細胞間相互作用やM-CSF, RANKLシグナルを介して成熟破骨細胞(OC)へと分化・融合します.
破骨細胞が重力センサーとして働き、過重力を感じるとアクチン骨格を素早く再編成して骨を壊す能力を抑えることを示しました(Takahashi N, et al, PLoS One 21(6): e0351542. 2026)。
3D構築による破骨細胞のアクチン骨格シグナルの可視化.
破骨細胞のアクチン骨格を3次元的に可視化したところ, 通常重力(1G)で培養した破骨細胞と比較して, 30倍重力(30G)で培養した破骨細胞ではアクチン骨格シグナルの低下が認められました.
Periostin(ペリオスチン)は、骨や歯を支える組織に多く存在する細胞外マトリックスタンパク質です。私たちは、ペリオスチンを欠損したマウスを用いて、加齢に伴う骨や歯の変化を解析しました。
その結果、ペリオスチンが欠損すると、加齢に伴って歯の形態異常やエナメル質の欠損、顎顔面形態の変化が生じることが分かりました。また、骨のリモデリングが正常に行われず、関節周囲には異所性骨形成が認められました。
これらの結果から、ペリオスチンは骨や歯の形態を維持し、加齢に伴う骨リモデリングを正常に保つために重要な役割を担うことが明らかになりました(Fujita et al, J Oral Biosci, 68(1):100734. 2026)。
マウス頭蓋骨のマイクロCT画像.
マイクロCT解析の結果, ペリオスチン欠損マウスでは頭蓋骨の基本的な形態に大きな変化は認められませんでしたが, 歯の萌出方向(生える角度)に異常が認められました.
マウス切歯のマイクロCT画像.
ペリオスチン欠損マウスでは切歯のエナメル質に欠損が認められます(黄色矢頭).
骨折が治る過程では、骨をつくる細胞だけでなく神経も重要な役割を果たします。しかし、神経を支える髄鞘形成細胞の働きはよく分かっていませんでした。
私たちは、生きたまま神経を観察できる遺伝子改変メダカを用いて骨折治癒を解析し、髄鞘形成細胞が骨折部位に集まり、神経ネットワークを形成することを発見しました。また、mTORシグナルを阻害すると、神経ネットワークの形成と骨芽細胞の集積が抑えられ、骨折治癒が遅れることも明らかになりました。
本研究は、神経ネットワークが骨の再生を支える重要な役割を担うことを示したものであり、骨折治療や再生医療への応用が期待されます(Dodo et al, Bone, 133:115225, 2020)。
神経系を可視化するトランスジェニックメダカの開発.
神経系で発現するmpz遺伝子に着目し、その発現調節領域を利用することで、神経系を蛍光標識したトランスジェニックメダカが整形外科の百々先生らによって作製されました .
本研究では、メダカ仔魚を用いて、微小重力や過重力が骨形成に与える影響を調べました。その結果、過重力環境では骨芽細胞の活性化や歯・骨の石灰化変化が認められ、重力環境が発生期の骨形成を制御することが示されました。メダカは宇宙環境における骨研究の有用なモデル動物であることが示唆されました(Takahashi et al, Biological Sciences in Space, 35, 24-31, 2021)。
過重力環境下で発生したメダカの骨染色像 .
過重力環境下では, 前歯の骨染色シグナルが強くなり, 鰭の角度が上向きになります. これらの変化は, 重力環境が骨や形態形成に影響を及ぼすことを示唆しています.
ステロイドは炎症を抑える薬として広く使われていますが、長期間の使用は骨を弱くし、骨折リスクを高めることが知られています。
私たちは、骨芽細胞と破骨細胞を生きたまま観察できる遺伝子改変メダカを用いて、ステロイドが骨折治癒に及ぼす影響を解析しました。その結果、長期間のステロイド投与は骨芽細胞と破骨細胞を減少させ、骨折治癒を遅らせることを明らかにしました。また、ステロイド受容体は骨修復を抑制する働きを持つことも示しました。
本研究は、ステロイドによる骨障害の仕組みを明らかにしたものであり、骨粗鬆症やステロイド性骨障害に対する新たな治療法の開発につながることが期待されます。
骨折修復におけるステロイド製剤の影響.
プレドニゾロンを投与したメダカでは, 骨芽細胞(赤)と破骨細胞(緑)の数が減少し, 骨折部の修復も遅延していました. ステロイド製剤は骨折治癒に必要な細胞の働きを抑制する可能性が示唆されます.
宇宙空間では、微小重力の影響によって骨量が減少することが知られています。しかし、その詳しい仕組みは十分には分かっていませんでした。
私たちは、メダカをモデル動物として国際宇宙ステーション「きぼう」で約2か月間飼育し、微小重力が骨に与える影響を解析しました。その結果、宇宙環境では骨を壊す細胞(破骨細胞)が活性化し、骨量減少の原因の一つとなることを世界で初めて明らかにしました。
本研究は、宇宙飛行士の骨量減少の仕組みを理解するだけでなく、地上の骨粗鬆症や長期臥床による骨量減少の新たな予防・治療法の開発につながることが期待されます(Chatani et al., Sci Rep, 5, 14172, 2015)。
国際宇宙ステーション内で飼育されるメダカの様子.
微小重力環境では, 逆さまの姿勢を示すメダカ(矢印)も観察されます. 宇宙飛行士の「宇宙酔い」に似た現象が起きているのかもしれません.
スミソニアン・マガジンの記事.
宇宙で活躍するメダカは, Astronaut(宇宙飛行士)になぞらえて「Fishonauts」と紹介されました. 宇宙生物学研究のユニークな取り組みとして, スミソニアン・マガジンでも取り上げられました.
重力が存在する地上環境から微小重力環境に移動した際に骨の細胞にどのような変化が生じるのかを調べるために、宇宙で飼育するメダカの赤ちゃんを地上からリアルタイムで8日間観察しました(代表:東京工業大学 工藤 明教授)。地上から国際宇宙ステーション内の顕微鏡を遠隔操作するという世界初の試みとなりました(図)。実験の結果として骨の細胞の遺伝子発現が著しく上昇することを見出しています(Chatani et al., Sci Rep, 6, 39545, 2016)。
今後は宇宙実験で得られた遺伝子発現変化データを元に、メカニズム解明に向けて研究を進めていく予定です。
宇宙で飼育したメダカの遠隔イメージング.
筑波宇宙センターから顕微鏡を遠隔操作し, 特殊なゲル内で飼育した宇宙のメダカの撮影に成功しました. これにより, 地上から宇宙実験をリアルタイムで観察・解析することが可能となりました.
骨は、骨を作る骨芽細胞と骨を壊す破骨細胞の働きによって常に作り替えられています。破骨細胞は不要な骨だけを選んで吸収しますが、その場所をどのように認識しているのかは、まだよく分かっていません。
私たちは、破骨細胞を生きたまま観察できる遺伝子改変メダカを開発しました。このモデルでは、破骨細胞を緑色、骨を赤色に可視化することで、生体内で破骨細胞がどのように移動し、どこに集まり、骨を吸収するのかをリアルタイムで観察できます。
現在、このモデルを用いて、骨芽細胞や血管との相互作用に着目しながら、破骨細胞が骨吸収部位を認識する仕組みの解明を進めています。
本研究は、骨リモデリングの基本的な仕組みを明らかにするとともに、骨粗鬆症などの骨疾患に対する新たな治療法の開発につながることが期待されます(Chatani et al, Dev Biol, 360(1):96-109. 2011)。
世界に先駆けて破骨細胞が蛍光標識されるメダカを開発 .
破骨細胞特異的に発現するtrap遺伝子の発現調節領域を利用し, 破骨細胞でGFP(緑色蛍光タンパク質)を発現する遺伝子改変メダカを世界で初めて作製しました. これにより, 生体内で破骨細胞の動態をリアルタイムで可視化することが可能となりました.
生体内で細胞融合する破骨細胞.
メダカを用いたタイムラプスイメージングにより, 生体内で破骨細胞が細胞融合する様子を捉えることに成功しました(赤矢印). これにより, 破骨細胞の形成過程を生きた個体内で直接観察できることが示されました(赤矢印).