(※特別講演は一般公開です。申し込みなしでどなたでもご参加いただけます。)
講師: 呉人惠先生(富山大学名誉教授、北海道立北方民族博物館館長)
タイトル: マイナーな言語の文法記述の難しさと面白さ
概要: 研究の蓄積の少ないマイナーな言語を対象とする場合には、自らフィールドに赴き、その言語の音声を聞き取りIPAで表記するところから始めなければならない。このような作業の積み重ねは、最終的には文法記述という大きな目標に繋がっていくが、その道のりは平坦ではない。たとえば、思いつくだけでも、次のような難しさがある。
①マイナーな言語はたいていアクセスが悪く、自然環境の厳しい地域に偏在しており、政治的な影響も受けやすいため、フィールド調査を続けること自体、容易ではない。
②一つの言語を記述するには少なくとも100年はかかると言われているように、最初から一人では完成できないとわかっていることに取り組まなければならない。
③自分の得意分野だけでなく、音声学、音韻論、形態論、統語論、意味論、語用論など全体に目配りの行き届いた記述を目指さないとならない。
④言語にはどこを切り取ってもすっきりしない例外的現象が多々ある。これをどう整合性のある記述に繋げるかを常に念頭に置かないとならない。
しかし、これらの難しさは、視点を変えれば、①未踏の地で未知の言語をたった一人で掘り起こしていく高揚感、②どのような形で未完の記述とするかを思い描く楽しさをもたらし、③言語に対するバランスの取れた理解や④例外をとりこぼさない観察力を養ってくれる。そしてなにより、小さいけれどもかけがえのないひとつの言語を記録として残すことができる。
本講演では、私自身のシベリア北東部のコリャーク語の調査研究の跡をたどり、遭遇した諸現象の記述の難しさを振り返りながら、文法記述の重要性を考えてみたい。
講師略歴: 山梨県甲府市生まれ。東京外国語大学でモンゴル語を学んだ後、北海道大学で博士(文学)号取得。北海道大学文学部言語学専攻課程助手、富山大学人文学部助教授、教授を経て、同大学名誉教授。現在、北海道立北方民族博物館館長。専門は、コリャーク語の記述研究。北方諸言語間の言語接触による影響関係や言語人類学にも関心がある。単著に、『危機に瀕した言語を救え―ツンドラで滅びゆく言語と向き合う』(大修館書店)、『コリャーク語言語民族誌』(北海道大学出版会)など、論文に、「コリャーク語の属性叙述―主題化のメカニズムを中心に」(『言語研究』138)、「コリャーク語の名詞化―動作主・被動作主名詞の意味とシンタックス」(『北方言語研究』1)、「コリャーク語の副詞節―名詞化タイプと非名詞化タイプ―」(『北方言語研究』6)、Koryak (The Oxford Handbook of Polysynthesis)、Property predication in Koryak viewed from Japanese (Handbook of Japanese Contrastive Linguistics) などがある。