糸状菌における菌糸表面疎水性に関する分子遺伝学的研究

Molecular genetics on hyphal surface hydrophobicity in filamentous fungi

はじめに

糸状菌による宿主植物への侵入や固体基質の分解は、まず菌とそれら基質との接触から始まります。その後、菌は基質表面を認識し侵入行動を開始しますが、これら一連のイベントにおいて鍵となるのが胞子や菌糸表面の物理的な性質です。 一般に糸状菌の胞子や菌糸表面は疎水的であることが知られていますが、それらが疎水的となるメカニズムについて十分に理解が進んでいるわけではありません。

私たちはトウモロコシごま葉枯病菌において見出した2株の菌糸表面疎水性変異株(濡れ性変異株)を用いて、糸状菌の胞子や菌糸の表面が疎水的となるメカニズムを解明しようとしています。

菌糸濡れ性原因遺伝子の同定

これまでに、交配実験によって、2株のどちらの変異株とも菌糸の濡れ性に寄与する変異は一遺伝子支配であることが明らかになっています。また、各株の全ゲノム配列を解読・比較し、絞り込んだ候補遺伝子の連鎖解析を進めています。

その結果、現在のところ一株については変異遺伝子を同定するに至っています。すなわち、86株と名づけた変異株において、非リボソーム型ペプチド合成酵素をコードするNRPS4 遺伝子上に変異が見出され、この変異が菌糸濡れ性に寄与することが示唆されています。

また、NRPS4 遺伝子の破壊株を作出したところ、NRPS4 破壊株においても菌糸の濡れ性が再現され、86株の濡れ性変異がNRPS4 遺伝子上の変異に起因することが強く示唆されています

一方、NRPS4により合成されると推定される環状ペプチド化合物が菌糸に疎水性を付与するメカニズムについては全く不明です。さらに、もう一方の変異株 R2-wet株における濡れ性の原因遺伝子については依然として不明です。これらを解明して、菌糸が疎水的である意義を探求することが私たちの今後の課題と言えます。

関連発表:佐波ら,第20回糸状菌分子生物学コンファレンス,2021年;吉田ら,糸状菌分子生物学研究会若手の会 第8回ワークショップ,2020年;吉田ら,日本植物病理学会関東部会,2020年