糸状菌の有性胞子発生メカニズムの解析

Analysis of the mechanism for sexual spore formation in Bipolaris maydis

はじめに

菌類は、様々な生活様式を持っていますが、総じて分解者として地球規模の物質循環に重要な役割を果たしています。また、動植物に病気を起こす菌もいれば、工業発酵に用いられる菌、麹菌や食用のキノコなど人の食生活と密接に関連している菌もいます。ところで、菌類は主に無性世代と有性世代という2つの生活環を持つことが知られています。無性世代において、菌は交配を行わず親と同質の無性胞子(分生子)を拡散させて生息域を拡大します。一方、有性世代は、交配によって遺伝子の交流をもたらし、遺伝的多様性の増大と有害な変異の除去という重要な役割を担っています。 例えば、植物病原菌の場合、有性生殖は新たな病原性や薬剤耐性を獲得する引き金になることもあり、有性生殖のメカニズム解明は作物保護の観点からも重要だと考えられています。

私たちは、子嚢菌の有性生殖における子嚢胞子の発生メカニズムを探ろうと、トウモロコシごま葉枯病菌(Bipolaris maydis)をモデルに解析を進めています。まず、菌類において形態形成に関与することが知られているコアセプチンの有性生殖における役割を知ろうと、B. maydis におけるコアセプチン遺伝子の一つCdc10 の破壊株(∆cdc10 株)を作出し、交配試験を行いました。

その結果、野生型の遺伝子を持つ子嚢胞子も、糸状ではなく紡錘形の異常な形態を示すことが明らかになりました。これは、予想に反する結果でありこの現象を説明するには何らかの新仮説が必要です。

Bipolaris maydis におけるMSUDの発見

そこで私たちは、この子嚢胞子に見られる形態異常がMSUD (meiotic silencing by unpaired DNA)によるものと考え、仮説の検証を進めました。MSUDとは、減数分裂における染色体対合時に塩基配列の大きな違いにより非対合が生じた場合、その非対合箇所の遺伝子を対合以降から子嚢胞子完成までRNAサイレンシングにより発現抑制する機構です。すなわち、cdc10 ではCdc10 がヌルアリルとなっており、野生株との有性生殖において、野生型アリルが非対合となるためサイレンシングを受けた可能性があると考えました。

本仮説を証明するため、私たちは、RDR1遺伝子破壊株(∆rdr1 )を作出し、cdc10 株との交配試験に供試しました。Rdr1は他の菌においてMSUDに関連すると考えられている因子であり、Rdr1を欠失するMSUDが抑制されることが期待されます。

cdc10 株とrdr1 株の交配試験の結果、形成された全ての子嚢胞子が紡錘形ではなく野生株と同様の糸状の形態を示しました。このことは、野生株と cdc10 株の交配により形成された異常形態の子嚢胞子は MSUD によって引き起こされたことを示しています。

従来、MSUDは Sordariomycetes の一部の菌においてのみ確認されていた現象であり、Dothideomycetesに属する本菌での発見は MSUD が糸状子嚢菌において幅広く保存された機構である可能性も示しています。

関連文献Tsuji et al., 2022

関連発表:辻ら,日本菌学会第65回大会,2021年(学生優秀発表賞受賞);辻ら,令和3年度日本植物病理学会大会,2021年;辻ら,糸状菌分子生物学研究会若手の会 第8回ワークショップ,2020年(学生優秀発表賞受賞