細胞サイズの不思議
卵母細胞は、体細胞に比べて100倍以上の非常に大きな細胞質を持ちます。これは、受精後に発生するためのRNAやタンパク質を蓄えておくためです。しかし、大きな細胞質を持つことで染色体分配に悪影響があるなどのデメリットが報告されています(Kyogoku & Kitajima. Dev cell. 2017)。この大きな細胞質が卵母細胞の細胞機能にどのような影響を与えているのかは、まだ多くの謎を残しています。
中心体の不思議
卵母細胞の紡錘体には中心体が存在しないことが知られており、むしろ卵母細胞が発育する過程で積極的に中心体を破壊していることが分かっています。この現象がどのようなメカニズムで行われているか、また中心体がない状態で紡錘体がどのようにして形成されるのか、という点についてはまだ解明されている部分が多いです。一般的に、中心体は紡錘体の形成に重要な役割を果たします。中心体は微小管の発生と組織化を調節し、紡錘体の形成と安定性をサポートします。しかし、卵母細胞の中心体がない状態で紡錘体が形成されるメカニズムは、まだ完全には理解されていません。卵母細胞が中心体を破壊する理由や、そのメリットについても研究が進んでいます。中心体の存在は通常、紡錘体の形成と正確な染色体分配に寄与しますが、卵母細胞では中心体の存在がむしろ染色体分配の異常を引き起こす可能性があるため、卵母細胞が中心体を破壊することで染色体の正確な分配を維持しているのかもしれません。
染色体の不思議
ヒトの卵母細胞は、マウスの卵母細胞と比較して、減数分裂時の染色体分配異常頻度が高いと言われています。卵母細胞が行う減数分裂時の染色体構造は、体細胞分裂時と大きく異なります。さらに、実験動物としてよく用いられるマウスの染色体はテロセントリックと呼ばれ、セントロメアの位置が染色体の末端に位置していますが、ヒトなどではテロセントリックと分類される染色体はありません。一方、ブタやウシなどの家畜動物は、染色体の構造がヒトに近いため、これらの卵母細胞での染色体分配を調べることで、ヒトの卵母細胞で染色体分配異常が多い原因の一端をつかめるかもしれません。
細胞質サイズを変化させた卵母細胞
受精卵の核の不思議
受精卵は、精子から形成される雄性前核と、卵子から形成される雌性前核という2つの大きな核を形成し、全能性を獲得していきます。多くの哺乳類で、雄性前核の方が雌性前核よりも大きく異なったヒストン修飾状態を持つことが知られています。しかし、雌雄前核のサイズの違いを生み出す要因や、その生物学的意味はほとんど分かっていません。また、細胞が2つの核を持つことは、染色体分配などにおいても大きなリスクとなります。しかし、哺乳類の受精卵がわざわざ2つの核を持つ生物学的意味もまだ完全には解明されていません。
初期胚の染色体分配異常の不思議
細胞は分裂の際に、娘細胞に染色体を正確に分配し、遺伝情報を含むゲノムを維持します。しかし、哺乳類の初期胚発生過程では、染色体分配異常の頻度が非常に高いことが知られています。その結果、正確なゲノムを持つ細胞と不正確なゲノムを持つ細胞が混ざった胚、つまりモザイク胚が形成されますが、その形成頻度や原因はまだ完全には理解されていません。また、哺乳類の卵子は、受精前の減数分裂過程において、染色体分配異常を起こしやすいことが知られています。京極らは、卵母細胞が初期の胚発生を支持するために非常に大きな細胞質を持ち、この大きな細胞質が染色体分配異常を引き起こしやすい原因の一つであることを報告しています(Kyogoku & Kitajima. Dev cell. 2017)。つまり、胚発生の支持能力と染色体分配異常との間にトレードオフの関係があることを示唆しています。しかし、個体が発生するためには正確なゲノム情報を維持することが不可欠であり、染色体分配異常を持った胚が何らかのメカニズムで異常から回復している可能性が考えられます。
全能性獲得の不思議
全能性を持つ受精卵は、卵子と精子が接合(受精)することで生じる初期発生におけるスタートの細胞です。マウスでは、1細胞期から2細胞期胚までの間、ひとつの細胞から個体を形成する能力である全能性が維持されることが知られています。受精卵は全能性を獲得する過程で、父性・母性ゲノムを統合し、DNAメチル化やヒストン修飾などの遺伝子発現を制御するエピジェネティックなマーカーのリプログラミングを行います。これらのリプログラミングの研究は、クローン胚(体細胞核移植胚)を用いて行われています。体細胞核移植によって導入される細胞核は分化して全能性を失っていますが、これらの細胞核がリプログラミングを受けて全能性を取り戻すことで、クローン胚が正常に発生し、新たな個体が形成されます。このリプログラミングは1〜2細胞期胚の細胞質でのみ起こることが知られていますが、その詳細なメカニズムは未だに不明な点が多く残っています。クローン羊「ドリー」が誕生してから30年近くが経過していますが、まだ全能性を持つ細胞へのリプログラミングファクターは見つかっていません。
顕微操作技術
現在、3台のマイクロマニピュレーターが稼働しています。
ライブセルイメージングのためのmRNAインジェクション
顕微授精(ICSI)等、卵母細胞や胚を操作するのに使用しています。
ライブセルイメージング
共焦点顕微鏡(Olympus FV3000)です。
ライブセルイメージングができるように、培養装置がついています。
温度、CO2、O2コントロールが可能です。
次世代シークエンス(NGS)技術
2024
荒牧美玖:ブタ卵母細胞の第一減数分裂における染色体分配機構の解析
増田樹:ブタ卵母細胞第一減数分裂におけるNUMAノックダウンが紡錘体形成と染色体整列に与える影響
2023
大黒馨子:ウシ卵母細胞―卵丘細胞複合体の発達に及ぼす構造体および卵母細胞由来因子の影響
2024
坂尻篤郎:ブタ卵母細胞培養液が成熟および発生に及ぼす影響の解析
江口あすか:ウシ初期胚のゲノム複製ダイナミクス解明に向けたscRepli-seq法の適用
村上早織 :コピーナンバー解析から見るブタ第一減数分裂における染色体分配異常
2023
山口蓮:ウシ初期胚におけるDNA複製様式の解明
2022
荒牧美玖:ブタ卵母細胞の第一減数分裂における染色体動態の解析
増田樹:ブタ卵母細胞の第一減数分裂における紡錘体形成メカニズムの解析
2021
大黒馨子:ウシ卵母細胞におけるTZPを介した卵母細胞-卵丘細胞間の物質輸送に関する研究
大西怜司:ブタ卵母細胞における遠心分離による脂肪小滴の移動と体外成熟への影響