マイクロ波イメージング

現在最も力を入れている研究をご紹介します。

マイクロ波イメージングの特徴

 マイクロ波はさまざまな誘電体材料に浸透し,光学的または音響的手段では検知できない目標を「見る」ことができ,構造物の非破壊検査,地中レーダなど様々な分野での実用化が進んでいます。近年,マイクロ波イメージング技術を医用イメージングに適用する研究開発が活発に行われています。その重要な動機は,X線イメージングがイオン性でがんを発症するリスクを高めるのに対し,マイクロ波は非イオン性で,1W以下の電力レベルでは人体で危険とは見なされないことです。さらに,装置規模が小型で,製造や検査コストが低い特徴があります。

マイクロ波イメージングによる生体内イメージング

マイクロ波イメージングの医用応用では,主に乳がん,脳出血,骨粗しょう症の検出について研究が行われていいます。このうち乳がんは女性の罹患するがんで最も多い疾患です。乳がんのスクリーニングにはX線マンモグラフィが用いられているますが,X線被ばく,検診時の痛み,高密度乳腺でのがんの見落としなどの問題が指摘されており,その代替手段としてマイクロ波イメージングの実現が期待されていいます。乳房は脂肪に富み電波を比較的伝搬させやすく,マイクロ波イメージングとの親和性が高い臓器でもあります。

既存画像診断機器との比較

左はマイクロ波イメージングと既存の画像診断装置の比較です。マイクロ波イメージングは分解能はやや劣りますが、MRIに近いコストパーフォーマンスの高い方法です。

画像再構成アルゴリズム

左の表は画像再構成アルゴリズムを比較したものです。実用的な医療機器に適するのは、組織像を再現できる近傍界ホログラフィと逆散乱トモグラフィです。

マイクロ波イメージングのハードウェア

観測するオブジェクトの周りにアンテナを複数置き、1つのアンテナを選択して電磁波を送信し,送信に使ったアンテナを含むすべてのアンテナで撮像対象からの散乱波を受信して記録します。送信に用いるアンテナを次々と変えて,観測データ群Xnn(n=1,..,N)を収集します。Xnnの添え字の1桁目は送信,2桁目は受信の条件番号を表します。例えば18個のアンテナを使って送受信する場合は,N18となって1818324の観測データ群が得られます。複数の信号を同時に受信するとハードウェア構成が複雑になるので,切り替えスイッチを使って時分割受信します。送受信機は市販のベクトルネットワークアナライザ(VNA)が使用できます。短いパルスは広帯域の周波数掃引信号と等価なので,パルスを使用する共焦点イメージングであっても,ベクトルネットワークアナライザが利用できます。

左の写真は2012年に開発したコンフォーカルイメージングを使った臨床撮像装置です。装置は寝台に接続して設置されます。被験者はうつぶせになって撮像カップに乳房を入れます。呼吸等の体動での撮像ミスを防ぐため乳房をアスピレータに密着させます。痛みはほとんどありません。撮像時間は3分ほどです。


撮像結果

患者は50代の女性で,右胸の内側下方の胸壁近くに直径9mmの初期がんが認められます。がんの周りには腺組織が存在しません。直径9mmの初期がんであっても,3次元表示,断面像ともがんの位置に強い反射像が確認できました。アーチファクトもほとんど表れていなません。健康な乳房には大きな反射像は見られません。

コンフォーカルイメージングでも初期がんの有無や位置が検出できます。しかし,がんが大きくなると,その形を再構成することはできませんでした。実験では最も散乱電力が大きいがんのある胸での応答のピーク値で,散乱強度分布を規格化していいます。このため,がんのない胸での散乱強度は低くなっています。しかし,がん検診を想定すると,がんがなくても左右の胸の乳腺密度の差から,このような規格化の処理では乳腺密度の濃い部分に散乱像が現れると予測されます。つまり,がんがなくてもそれらしい散乱像が現れる確率が高いのです。さらに,乳房にはがんのほか,のう胞や乳腺炎などの別の疾病があります。のう胞は水のたまった袋で,がん以上に強い散乱像が現れると予測されます。医療機器ではがんの形を正確に再現でき,がんとのう胞などの疾病の区別がつけられるようになることが必要であるので,診断装置としてはまだまだです。


逆散乱問題を解くトモグラフィと課題

逆散乱トモグラフィでは,観測点での散乱界cを表す支配方程式をAb=cの形の線型方程式で近似し,撮像領域内の複素誘電率分布bをもとめます。係数行列Aは撮像領域に電波を照射して散乱界を観測する状況をモデル化して電磁界解析することで決定できます。実際に観測した散乱界cと計算機で計算した散乱界c’が一致するように,撮像領域の複素誘電率分布bを,ガウス・ニュートン法を使って求めます。撮像領域は小さな多面体 (ボクセル)の集合で表します,1つのボクセルの複素誘電率を変化させたときの散乱界の変化は極めて小さく,この変化を着実にとらえられ高感度のアンテナが必要となります。逆散乱問題は方程式の数(観測散乱界)より未知数の数(撮像領域の個々のボクセルに与える複素誘電率)が多い悪条件問題で,bの範囲等の制約条件を付けて解くことができますが,係数行列Aや測定値cに誤差があると,その解は意味のない解になってしまいます。電磁界解析の計算精度を向上させると演算コスト(メモリと計算時間)が爆発的に増大し,ワークステーションでは扱えない計算規模となります。また,解析モデルを構成するアンテナ,コネクタやケーブル,構造物,生体組織の形状や複素誘電率など電磁界解析に必要なパラメータを完全にモデル化することは困難です。マイクロ波トモグラフィの実現にはこれらの誤差に対抗する手段の構築が必要となります。

逆散乱問題を解くトモグラフィのブレークスルー

上で示した課題を解決するため,これまで左の表のような技術を開発してきました。さらに、

(1) 撮像領域のボクセル群に設定した複素誘電率の摂動による観測電界の変化を効率よくとらえるアンテナを使用した撮像センサの開発

(2) コンフォーカルイメージングで特定した目標(がん)の位置を初期条件として逆散乱トモグラフィに適用するハイブリッド画像再構成法

の研究を行っております。


左の写真は現在評価中の撮像センサーです。

近傍界ホログラフィ

近傍界ホログラフィでは,組織間の複素誘電率のコントラストが低く,撮像領域内の総合界(入射界と散乱界の和)が入射界で近似できる条件(ボルン近似が成り立つという)を満たせば,撮像領域の3次元構造を再構成できます。しかし,組織間の複素誘電率のコントラストが高い生体組織では,組織内の電磁界をボルン近似で表すことはできず,再構成画像が劣化します。さらに分解能に応じた観測データが必要となるため、現実のアンテナでシステムを実現するためには機械操作が必要となり、撮像時間が長いという欠点があります。

下の図と写真は近傍界ホログラフィで豚肉を撮像した実験の一例です。

上下にホーンアンテナを置き機械走査でデータ(Sパラメータ)を取っていきます。キャリブレーションオブジェクトを使って構成が簡単にできます。

豚肉

撮像結果

これらの詳細は2022年2月にコロナ社から発刊される「電磁波による生体内イメージング」で詳しく解説されています。