LABORATORY OF PLANT GENETICS

本分野の初代教授である木原均等によって、パンコムギは、二粒系コムギ(四倍体)と野生コムギであるタルホコムギ(二倍体)が種間交雑し、ゲノム倍加によって成立したことが遺伝学的に明らかにされています。パンコムギの他にも、コムギ・エギロプス属植物には、多様な異質倍数体種が存在します。これらの異質倍数体種の成立過程を異種間交雑によって人為的に再現することができます。そして、パンコムギだけでなく野生種の異質倍数体においても、核ゲノム提供親と細胞質提供親が同定されています。更に染色体が観察しやすく、伝統的な遺伝学研究材料です。また、京都大学には、過去の探検で得られた膨大な栽培種と野生種のコレクションがあり、これらの材料を使った研究を展開しています。

 

異質倍数体は、異なる種から由来した染色体があります。これらの染色体に座乗する遺伝子がどのように発現制御されるかによって、異質倍数体の形質が決定されると考えられていますが、その詳細については良くわかっていません。合成異質倍数体、異数体、染色体置換系統を対象にゲノム編集技術やオミクス解析によって、異質倍数体の表現型を規定する分子メカニズムを明らかにしていきます。

 

種分化における生殖的障壁の分子メカニズムの解明

種間交雑によって作出された雑種は、雑種矮性、ネクローシス(壊死)症状、しわ種子といった生育不全を示すことがあります。これらの症状は、雑種内の異なる種由来の染色体・ゲノム間の相互作用の結果として現れ、種分化における接合後障壁の一つとされています。これらの症状の原因遺伝子の同定と発症メカニズムを解明し、種分化における障壁の遺伝機構の理解を目指します。

 

異数性の進化的な役割とは?

種間交雑とそれに続く染色体倍加によって生じた異質倍数体は、同所的新種誕生のメカニズムの一つとされています。異質倍数体は、両方の親種から由来した形質を持つことで、新たな環境へと適応します。異質倍数体が種として成立するには、親から子、子から孫へ遺伝情報を正確に安定的に伝達する必要があります。人為的に作出した異質倍数体は、しばしば染色体数が通常より少なくなった異数体が発生します。異数体は、減数分裂において染色体対合や染色体分離のエラーによって生じます。では、自然界に存在する異質倍数体種は、どのように異数体の発生を抑制しているのでしょうか? 当分野では、様々な雑種を対象に細胞遺伝学と分子遺伝学的手法によって、異数性の発生と抑制のメカニズムを解明し、異種染色体がどのように1つの細胞内で共存できるのかを明らかにしていきます。

 

植物と病原菌の相互作用

コムギに大きな被害をもたらす植物病原糸状菌(うどんこ病菌やいもち病菌)を対象に、植物と病原菌の相互作用研究を進めています。京都大学において維持されているコムギの膨大な遺伝資源を活用し、コムギの野生種から新しい病害抵抗性に関わる遺伝子を探索・同定します。さらに、コムギへの感染に関わる病原菌遺伝子を同定し、分子遺伝学、集団遺伝学的解析を通じて、植物と病原菌の相互作用における遺伝と進化のメカニズムの理解を目指します。

 

ゲノム情報基盤の整備・ツール開発

2018年にパンコムギの全ゲノムが解読されましたが、近縁野生種についてのゲノム情報を未整備です。当分野では、RNAシークエンス等を利用して、ゲノム情報を整備してきました。現在も、最新のゲノムシークエンサーなどを用いていくつかの近縁野生種のゲノム解読を進めています。

また、パンコムギは、重要穀類にも関わらず、形質転換技術は脆弱です。既存の形質転換技術は世界中でも数品種でしか使えず、実験手法の域を脱していません。一方で、ゲノム解析技術の進歩により、農業上有用な候補遺伝子が絞り込まれつつあり、いかなる系統でも、自由自在に遺伝子を改変できる技術が必要不可欠な状況です。当分野では、コムギやその近縁野生種のゲノム編集、形質転換技術の確立を目指しています。鳥取大学乾燥地研究センターとの共同研究で、パールミレットとコムギとの亜種間交雑による倍加半数体技術とゲノム編集技術を融合することで、形質転換体の作出が困難なコムギにおいてもゲノム編集を可能にする新しい技術を開発しています。