大会企画シンポジウム

周期生物の進化生態学

Evolutionary ecology of periodical organisms


Organizers: Teiji Sota and Satoshi Kakishima

周期生物とは,3年以上の決まった間隔で繁殖をする生物(1回繁殖型生物)のことである(ここでは2年生のものを除く).周期ゼミの成虫は,17年または13年に一度しか姿を見せず,間の年は幼虫として地中に存在する.またタケの仲間は長期にわたって栄養繁殖を繰り返し,長いものでは120年経って開花結実し,枯死する.このような周期生物の生活史が,どのような生態的・進化的要因とメカニズムで成立しているのか,また生活環の制御はどのような仕組みで行われているのかは,進化生物学における挑戦的な課題であり続けている.このシンポジウムでは,周期ゼミとタケを主な対象として,生活史進化の理論的解析と,生活史制御様式についてのゲノム解析によるアプローチに関する話題提供を行う.周期生物の特徴的な生活史は,未成熟期(または栄養繁殖期)の延長,個体間の同調,コホート間の排他性という要素によって成り立っている.このような生活史には,捕食,寄生,競争といった生物間相互作用や,気候変動のような環境ストレスが関わっていると考えられている.また,周期的生活史の制御に関しては,周期の長さ(年数)の変異には何らかの遺伝的差異が存在すると考えられるが,2年以上に及ぶ周期の正確な制御に関しては,従来の生活史制御の知見からは何ら手がかりは得られておらず,エピジェネティクス等を含めた特別な制御機構の存在が予想される.このシンポジウムでは,周期生物研究の最前線について議論したい.


1. 周期生物とその生態・進化問題

Periodical organisms, the ecological and evolutionary questions

柿嶋聡 (国立科学博物館)・曽田貞滋(京都大学)

Satoshi Kakishima (National Museum of Nature and Science), Teiji Sota (Kyoto University)

3年以上の決まった周期で大発生・一斉開花を繰り返す生物を周期生物と呼ぶ。周期生物は一斉に繁殖した後に死亡する一回繁殖型の生物であり、動物では周期ゼミやキシャヤスデ、植物ではタケ・ササ類やキツネノマゴ科イセハナビ属で知られている。周期生物の大発生・一斉開花は目を引くため、古くから現象としてはよく知られてきたが、タケの仲間で最長120年、周期ゼミで17年という、きわめて長い周期が研究の進展を阻んできた。しかしながら、近年の野外調査、ゲノム解析、数理モデル解析により周期生物の生態とその進化に関する研究は新たな展開を迎えている。本発表では、シンポジウムのイントロダクションとして、周期生物研究の現状と今後の課題を概説する。周期生物の大発生・一斉開花は比較的広い地域で同調しており、同所的には一つのブルード(異なる年に繁殖する個体群)のみが分布し、ブルード間では異時的・地理的に遺伝的な交流が制限されている。このような周期生物の適応的な意義として、大発生・一斉開花による捕食回避や、繁殖効率の向上などがあると考えられている。また、生活史の長周期化の要因に関しても数理モデルを用いた研究により検証が進んでいる。一方、周期生物の進化においては、個体レベルでの周期性(年数カウントと繁殖のタイミング決定)、一回繁殖性(植物の場合)の進化と、集団レベルでの生活史の延長や同調性の獲得がどのように生じてきたか解明する必要があるが、周期ゼミのように周期生物でない近縁種が存在しない場合もあり、容易ではない。また、それぞれの周期生物が孵化あるいは発芽から繁殖までの年数をカウントする生理機構に関しても、ほとんど明らかとなっていないが、長期記憶が可能なエピジェネティックな制御機構などについて検証が進むことが期待される。動物と植物の双方で複数回進化した周期生物の特殊な生活史を解明することで、生活史の多様化メカニズムに迫っていきたい。


2. 周期ゼミの数理モデリング

Mathematical modeling of periodical cicadas

伊東啓(長崎大学) ・吉村仁(静岡大学)

Hiromu Ito (Nagasaki University), Jin Yoshimura (Shizuoka University)

北米には13年もしくは17年に一度、特定の地域で大発生(一斉羽化)する蝉、“周期ゼミ”が生息している。このセミは周期的に大発生することから、生息地である北米では“Periodical cicadas”、日本ではその周期が素数になっていることから“素数ゼミ”の名で知られる。なぜこのような素数周期で大発生するセミが誕生したのか、この謎は多くの生態学者を悩ませてきた。周期ゼミ研究は、飼育や幼虫の捕獲といったことが難しいこともあり、時間やコストの制約が小さくない。例えば、周期ゼミの単一の群れ(ブルード)の羽化は最短でも13年に一度しか観察できないし、セミの幼虫を地中から捕獲することも困難で、セミが一生のほとんどの時間を過ごす地中での生態も良く分かっていない。これらの理由もあり、周期ゼミの研究では数理モデリングを用いた理論研究も成果を上げてきた。ここでは、これまでに作成された周期ゼミを題材にした数理モデルを紹介し、周期生物の研究と数理モデリングの運用法についても議論する。また、従来の周期ゼミ研究とは視点を変えて、1つの生息地には1つのブルードしか生息していないことに着目した我々のモデルを紹介する。


3. 様々な時間スケールで植物に繁殖の同調をもたらすプロセスとメカニズム

Processes and mechanisms that can cause synchronization of plant reproduction at various time scale

井鷺裕司 (京都大学)

Yuji Isagi (Kyoto University)

ソメイヨシノの満開が楽しめる週末は年に1回程度であるように、多くの植物は開花・繁殖プロセスを短期間に集中させ、個体内や個体間で同調させることによって適応度を上げている。つまり、そのような植物では開花期間は生理的に可能なものよりも、ずっと短いものになっており、個体レベルでも、あるいは集団レベルでも、使用可能な資源を様々な時間スケールで集中して開花・繁殖活動にあてている。また、より長い時間スケールで見ると、数年に1度の大量開花結実現象であるマスティングも、資源使用の集中化による適応度の増加という効果をもたらしていると考えられる。本講演では、植物群落の物質収支の測定から着想したResource Budget Modelを用いて、隔年で起こるタケノコ生産の豊凶や、数年に一度の不規則な頻度で起こる樹木の大量開花結実現象(マスティング)に関する解析例を紹介する。この解析では、毎年の純光合成量が一定であっても年ごとに不規則な種子生産量の変動が起こりうること、マスティング頻度が開花および結実コストから予測されること、個体間の種子生産が送受粉プロセスによって同調すること等が示された。更に、別の時間スケールとして、長い周期が知られているタケ類の開花現象に関して、タケ類が発芽から開花までの長い時間を記憶するメカニズムについて、120年の開花周期が知られているスズタケを対象に、芽生えと開花個体の比較遺伝解析を行った結果についても紹介する。適応度を上げる多様な形質が異なった分類群で収斂するように、植物の繁殖における同調という形質をもたらすメカニズムも単一とは限らない。様々なメカニズムによって植物は、異なった時間スケールにおける同調した繁殖プロセスを実現し、適応的な利益を得ているのだろう。


4. タケササ類の開花周期と地下茎構造にみられる地理的クラインの形成機構

The theoretical study on bamboos: geographic cline in flowering time and rhizome system.

立木佑弥(首都大学東京)

Yuuya Tachiki (Tokyo Metropolitan University)

タケササ類は長寿命一回繁殖型の多年生草本である。発芽後、地下茎を伸長してタケノコを生やすクローナル成長を行い、分布拡大する。その後、広範囲に渡って一斉に開花し種子散布後に枯死する。発芽から開花までの期間(開花周期)は種によって異なり、3年から120年程度である。植物園に移植された株が産地と同時に開花したという記録から開花周期はほとんど生育環境の影響を受けないとされている。タケササ類は東アジアを中心に広く分布するが、種ごとの開花周期には緯度に沿った地理的な傾向が指摘されており、熱帯の種ほど周期が短く、分布を北上するに従い周期が長くなる。これまでのタケササの開花戦略に関する研究は、なぜ長い開花周期が進化したのかを問うものが多い。例えば、山火事の周期に合わせたとする説や、周期が倍化した変異体が繁殖機会を失わないことに対して、祖先型へは花粉制限を加えることで倍化進化が繰り返される説など、長周期化が強調されてきた。一方で、地理的な傾向にはほとんど注意が払われていない。そこで本講演では、地理的傾向の創出機構について議論したい。タケササ類では開花周期の地理的傾向に加えて、クローナル成長時の地下茎伸長様式にもまた地理的な傾向が見いだされていた。熱帯の種は地下茎が短く個体が株立ちするのに対し、温帯の種は地下茎を水平に展開し、タケノコが広く散在する。これにより個体が入り交じる空間分布を示す。そこで、地下茎構造の違いを考慮した空間明示的シミュレーションにより開花周期の進化を調べた。その結果、現実の地理傾向と同様、地下茎が長いほど開花周期が長く進化することが示された。地下茎が短い場合には、空間をめぐる競争の際に、同一個体同士で競争することで、クローン成長によって分布拡大する効率が低下し、早期に開花へと切り替えることが有利であった。よって地下茎の適応進化が開花周期の進化を促した可能性が提案される。