松原貴子先生(第26回日本ペインリハビリテーション学会学術大会大会長)に愛知医科大学病院疼痛緩和外科・いたみセンターにて,共に臨床に携わられている城由起子先生,井上雅之先生がインタビューを行いました。
-松原先生は朝5時に大阪のご自宅を出られて,愛知医科大学病院疼痛緩和外科・いたみセンター(以下,いたみセンター)で臨床をされていますが,そのモチベーションはどこからくるのでしょうか?
松原:いたみセンターは今年で創設20周年を迎えます。創設する際には牛田教授(愛知医科大学病院疼痛緩和外科・いたみセンター センター長)のご自宅にも伺って,日本に合ったいたみセンターを作ろうと立ち上がりました。
当時,日本にいたみセンターはなく,疼痛医療の教科書もありませんでした。何もかもが手探りで,臨床の中で学んでいくしかなく,毎回の臨床が新しい発見の連続で,本当に新鮮でした。例えば,脳卒中患者に麻痺に対するリハビリテーションではなくて,脳卒中後に出現した痛みの治療をする…。たくさん悩みましたが,毎回の臨床が本当に楽しかったのを覚えています。症状が改善したら患者と一緒に喜び,変わらなかったら一緒に悩む。そして,いたみセンターのスタッフ皆で治療を模索することを続けていたら,あっという間に20年近く経過したって感じです。
-創設から20年の間に,愛知医大いたみセンターに来られる患者層は変わってきましたか?
松原:徐々に変わってきていると思います。その背景には,慢性疼痛に苦しむ人々が平等に疼痛医療を受けられるように,全国にいたみセンターを設置する計画が進んだことがあります。このような動きによって,大学病院などにいたみセンターが設置されるようになりました。最近では地域の複数の医療機関が専門性を活かして連携・協力しながら疼痛医療を行うシステムができてきています。しかし,そういった疼痛医療システムの中でもなかなか症状が改善しない方が愛知医大のいたみセンターに紹介されてくることが多くなってきているように思います。
-いわゆる難治例の患者さんが愛知医大に集まってきているのでしょうか?
松原:そうですね。牛田先生はいつも「我々があきらめてしまっては,患者さんは行く先を失う」と話されており,私も同じく,ここは最後の砦だと強く意識しています。そういった意味で,疼痛医療が全国に広まり各地域の医療機関で実践されるようになってきたからこそ,我々が担う役割も難治症例への対応へと徐々に変化してきたように思います。
-では,その地域で働く理学療法士・作業療法士に慢性疼痛医療という視点から松原先生が期待することはありますか?
松原:これも牛田先生とよく議論していることですが,期待する前に,我々がすべきことを常に考えています。それは標準化された治療の確立と人材育成,つまり教育環境を整えていく必要があると考えています。この2つの課題については,日本ペインリハビリテーション学会でも取り組んでいる内容です。標準化された治療に関しては,海外の知見も参考にしながら,徐々に構築されつつあると思います。しかし,教育は日本独自の体制を構築しなければならないと考えています。現在はさまざまな教育プラットフォームが準備されるようになってきました。厚生労働省の慢性疼痛診療体制構築モデル事業がその一例で,地域の中核病院で慢性疼痛医療に携わる方々が疼痛医療の最新情報や実践方法を学べるようになっています。また,一般財団法人日本いたみ財団では,疼痛教育を受けた医療者が実臨床で疼痛医療を実践することを目的に『いたみ専門医・専門医療者制度』を設けています。このような各プラットフォームを地域医療に携わる方々にぜひ活用していただきたいと考えています。地域で働くリハビリテーション専門職者が正しい情報を得た上で標準化された治療を行うことは非常に大切だと感じています。
-慢性疼痛診療ガイドラインも作成されましたね
松原:そうそう!20年前には慢性疼痛のガイドラインができることなど想像もできませんでしたが,ガイドラインができたことで疼痛医療の標準化がさらに進むことと思います。
疼痛医療は敷居が高いと感じている方も多く,「痛み」は治療する対象ではなくあくまで症状のひとつだと考えている方もいると思います。たくさんの誤解から生まれた壁もありますが,どの医療機関にも痛みを訴える患者は必ずいるはずですから,疼痛医療に目を向けていただき,このガイドラインを活用していただけることを期待しています。
教育による正しい情報をもとに標準化された診療を実施する…,これは基本的かつ非常に重要なこととわかっていても,とっかかりの糸口がわからないとおっしゃる方,ぜひとも一度,日本ペインリハビリテーション学会に触れてみてください。
第2弾は,後輩インタビュアーの“ペインリハ悩み相談室”です。実臨床のコツやヒントがたくさん聞けました。こうご期待!