室内実験地震と自然地震の研究コラボレーション
ー水を含んだマントル岩石が,スラブマントル地震の発生機構に関わる可能性を発見ー
(概要)私は,東京大学 地震研究所Thomas Ferrand研究員と,学際的な共同研究を行ってきました.今回は,東北および北海道下の沈み込む海洋性プレート内で発生する自然地震(スラブ内地震)のb値(図2)と,フランスのグループにより測定されていた室内実験地震のb値(図1)を,世界で初めて詳細に比較検討しました.その結果,1)海洋性プレート内のスラブマントルと呼ばれるマントル岩石には水が存在すること,2)そこでの地震の発生には水が関わる可能性を示しました.
スラブ内地震の1種であるスラブマントル地震の発生機構は不明な点が多く,その発生に水が必要か否かについてこれまで議論が続いてきました.本研究の成果により,スラブマントル地震の発生原因への理解は前進したと言えます.
(社会への波及効果など)スラブ内地震は,規模の割に被害地震となりやすい性質を持ちます.スラブ内地震の性質が詳しくわかると,将来起こりうるスラブ内地震の発生場所や引き起こされる地震動の予測に役立ち,地震防災の観点からも重要な知見となりえます.また,地球内部への水が取り込まれる仕組みの解明にも貢献する成果です.
※スラブ内地震とは
陸プレートの下に沈み込む,海洋性プレートの中で発生する地震.プレート境界型地震,内陸地震と比べて,発生機構の解明が遅れています.2001年芸予地震なども,スラブ内地震として知られています.
※地震のb値とは
ある地域で発生した地震の規模別頻度分布図における傾きを示す指標(パラメータ).b値が大きいほど比較的小さな地震が多く発生したことを示し,小さいほど大きな地震が多く発生することを示します.発生する地震活動の特徴を表現する指標として,地震学的研究では古くから調べられてきましたが,その物理的・物質科学的意味についてはあまりよくわかっていませんでした.そのような背景もあり,スラブマントル地震におけるb値の物質科学的意味は,これまで良くわかっていませんでした.
図1:(a)-(d) 室内実験地震で使用したマントル物質試料の模式図.実験室内地震の本震断層面は,蛇紋岩化していない部分で発生し,地震の準備課程が起きたと考えられる部分は,蛇紋岩部分に見られていた(Ferrand et al. 2017, Nature communications).(e)室内実験地震の解析結果から推定されたb値と,実験試料中の蛇紋岩の割合との関係を示したグラフ.
図2:スラブマントル内地震とスラブ内地震全体のb値の解析結果.(a)赤線は(b)でしめす鉛直断面の位置を示す.(b)深さ70から150kmにおける北海道東部下での鉛直断面図.点線は海洋性プレートの上部境界面を示す.赤丸,緑丸,青丸は,それぞれ上面地震(スラブ地殻内地震),面間地震,下面地震(スラブマントル内地震のうち,プレート表面より深さ23km以深の活動)を示す.(c)スラブマントル内地震(下面地震)の空間分布.(dおよびe) (c)で示される赤色の四角形の示す範囲(北海道)での下面地震および全スラブ内地震の規模別累積頻度分布(観測値は青丸,理論値は青線)およびb値を示した図.図中点線は,解析対象とした地震のマグニチュードの下限(1.2)を示す.(fおよびg) (c)で示される赤色の多角形の示す範囲(東北)での下面地震および全スラブ内地震の規模別頻度分布(観測値は青丸,理論値は青線)およびb値を示した図.
図3:本論文で提案した,スラブマントルおよび海洋性マントルの含水化モデル.東北沖のほうが北海道沖よりもアウターライズにて断層が発達している様子を表現している.沈み込んだプレートの一部であるスラブマントルにおいても,東北地方下のほうが北海道下よりも含水化が起きていると考えられる.
図4:フランスの研究グループ(第二著者Thomas Ferrand研究員を含む)の室内実験(Ferrand et al. 2017 Nature communications)に用いられた,岩石試料(マントル物質を想定)の原料の写真.(a)橄欖石と(b)蛇紋石の写真.サンカルロス産の橄欖(かんらん)石(橄欖岩を主に構成する鉱物)とコルシカ産の蛇紋石(蛇紋岩を主に構成する鉱物)の割合を人工的に調整の上,機械(ピストンシリンダー)を用いて1.5Gpaの圧力と500度の温度環境に約10時間置くことで,人工的なマントル岩石が作成されました.室内実験での使用後の岩石試料をよく調べると,本震の断層は橄欖岩部分にあり,本震を誘発したと思われる断層は脱水の形跡のある蛇紋岩部分にありました(Ferrand et al. 2017).