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X染色体不活性化

哺乳類のメスは性染色体としてX染色体を2本持つのに対し,オスはX染色体とY染色体を各々1本ずつ持つため, X染色体連鎖遺伝子に関してメスはオスの2倍量持つことになります.Y染色体にはオスの性決定や生殖機能に関わる遺伝子がごく少数存在するだけなので,その有無が細胞の基本的な活動に大きな影響をおよぼすことはないと考えられますが,X染色体には細胞活動に重要なさまざまな蛋白質をコードする遺伝子が多数存在するので,それらの産物量のすべてが雌雄で2倍異なると,細胞におけるさまざまな物質の合成や代謝に雌雄間で著しい不均衡を招くことになりかねません.そのような事態になるのを避けるため,進化の過程でメスは発生初期に体細胞が持つ2本のX染色体のうち一方をほぼ全域にわたって不活性化し,オスとの間にあるX染色体連鎖遺伝子量の差を解消する機構を生み出しました.これをX染色体不活性化(XCI)といいます.

XCIはメスの胚発生のごく初期に起こります(図参照).受精後間もなくの間,卵と精子に由来するX染色体はともに活性をも持ちますが,4-8細胞期になると各々の割球で父由来X染色体(Xp)が選択的に不活性化されます(インプリント型XCI).その後,胚盤胞に達した胚では,将来の胎盤や胚体外膜など胚体外組織系列(extraembryonic lineage)の起源である栄養外胚葉(trophectoderm)と原始内胚葉(primitive endoderm)が分化しますが,これらの組織ではXpの不活性状態は安定に維持されます.一方,胎児のすべての組織の起源で,この時期依然未分化な内部細胞塊(inner cell mass, ICM)の細胞では,それまで不活性であったXpが再活性化されます.その後,ICMの細胞が胚体組織系列(embryonic lineage)として三胚葉性の組織へと分化するのに伴い改めてXCIが起こますが,この時は由来に関わらず,2本のX染色体のうち一方がランダムに不活性化されます(ランダム型XCI).メスのマウス胚性幹(ES)細胞は不活性X染色体の再活性化が起こったICMの細胞に由来すると考えられ,未分化状態では活性X染色体を2本持ちますが,分化を誘導するとランダムに一方のX染色体が不活性化されます.そのため,ES細胞はランダム型XCIを解析するためのex vivoの系として頻繁に利用されています.マウスやラットなどこれまで調べられたげっ歯類ではこのように胚体外組織と胚体組織でXCIの様式が異なりますが,ヒトを始め多くの哺乳類では胚体外組織でもXCIはランダム型であるとする見解が支配的です.

マウスの胚体組織系列で不活性化されたX染色体は細胞分裂を経ても極めて安定に維持されますが,唯一始原生殖細胞(primordial germ cells, PGCs)において再活性化されます.再活性化されたX染色体は,減数分裂を経て母由来X染色体(Xm)として次世代へ伝えられ,胚体組織系列でランダムに不活性化されるまで,活性を維持し続けます.

インプリント型XCIとランダム型XCIのいずれにおいても重要な役割を果たすのが,蛋白質をコードしないX染色体連鎖遺伝子のXistです.その転写産物であるXist RNAは,2本のX染色体のうち一方からのみ不活性化に先立って発現し,そのX染色体を覆うように全体に渡って結合することで染色体ワイドのヘテロクロマチン化を引き起こします.4-8細胞期のマウス胚では,XpからのみXist RNAが発現し,Xpの不活性化を引き起こすのに対し,胚体組織ではランダムに一方のX染色体からXist RNAが発現し,そのX染色体を不活性化します.ジーンターゲティングによってXist遺伝子を破壊し,Xist RNAの産生を阻害すると,そのX染色体は決して不活性化されなくなることから,Xist RNAがXCIに必須な役割を果たすことが示されています.Xistの発現制御については,Xistの転写単位を完全に含むアンチセンスRNAをコードするTsixが重要な役割を果たすことが明らかにされています.Xist RNAの作用機序の詳細については不明な点が多いですが,ヘテロクロマチンの確立や維持に関わる様々なエピジェネティック制御因子,およびそれらの複合体をX染色体に呼び寄せるのに重要な役割を果たしていると考えられています.