第一話

第一章 出会い編

最近、巷ではビュンブレードが流行っている。ヨーヨーにも似たそれが、昔はビュンビュンゴマという名称だったとビュンが知ったのは、未だ年若いママがビュンが持つそれを見て、あら懐かしいと言ったためだ。

現在、ビュンビュンゴマ、もといビュンブレードは紙製ではなくなり、二枚の円盤状のサーフィスとそれを噛みあわせるためのブレードリング、回転のアシストをするための軸・アクシスの三段構造で構成されている。部品は好みに合わせてそれぞれ交換する事が出来、アタック、ディフェンス、スタミナ、バランスと種類によって効果が変わるため、各自戦略に合わせて色々組み合わせて使うものであるらしいが、祖父のものをそのまま使っているビュンにはよく分からない。

ビュンは、春休みに祖父・夏風ヒュンの蔵の中で見つけた少し古いビュンブレード、竜神丸のデザインが大好きだった。クラスメイトで親友の阿藤カイに言わせれば「いわゆるいぶし銀」であるそれは、落ち着いた風合いの赤と青とに塗られていて、クラスの友達の持つキラキラしたものとは確かにちょっと違っており、部品も型も古いらしい。人より少しぼってりとして角ばったそれは、いつもどっしりとして、照れ屋で優しかった大好きなじーちゃんにそっくりだ。

「莉沙姉ちゃんこんにちはー!」

放課後、ビュンは 一目散に学校を飛び出すと、マンションに帰るなりランドセルを放り投げ、すぐ目の前にあるビュンブレードショップの扉を開けた。陽の光がさんさんと入り、明るくこぢんまりとしたその店中の棚の中には、ビュンブレードの部品が種類ごとに所狭しと並び、誰かと一緒に戦うその日を今か今かと待ちかまえている。部品に詳しくはないが、わくわくとした気分にさせてくれるこの店がビュンは大好きだった。

「あらビュン君、いらっしゃい」

狭い店内にギュウギュウに押し込められた商品棚の埃を払っていた莉沙姉ちゃんが、振り返って持っていたはたきをビュンにぶらぶらと振った。


「ちゃんとお勉強頑張ってる?」

「それを言わないでよー」

ごめんねと笑うブレードショップの莉沙姉ちゃんは、名前を佐藤莉沙さんといい、優しくていい匂いのする大人のお姉さんで、ご近所の皆が大好きなアイドルだ。いつもクリーム色のエプロンをして、カウンターの奥に座っている。最近どうやら彼氏ができたらしく、クラスの友達が悔しがっていた。

「ビュン君今日はどうしたの?」

「カイと遊ぶ約束してるから、それまで時間潰そうと思って」

「ああそうか、カイ君今日は飼育当番でちょっと遅いんだね、昨日ぶつぶつ言ってたよ」

ショップの商品を手に取って見ては、俺のじーちゃんのの方が格好いい、と思って戻してしまう。買い物をしないのにお店に居たら迷惑だとママは言うが、それでも莉沙姉ちゃんは暇つぶしが出来て嬉しいと言ってくれたし、思い切りお言葉に甘えられるのは子供の大きな特権なのだ。

「ビュン君、ビュンブレードの調子はどう? メキメキ上達してるってイト君が言ってたよ」

莉沙姉ちゃんがコップに入ったオレンジジュースをビュンに差し出し、皆には内緒ね、と人差し指でしーっと笑った。お礼を言って受け取り莉沙姉ちゃんの横の丸いスツールに腰掛けると、先っぽのぐねっと曲がったストローをずずっと吸う。

同じ小学校に通う四年生の蜘蛛野イトは、何故かビュンを慕ってアニキと呼ぶ、ビュンの可愛い弟分だ。 牛乳瓶の底の様な丸メガネをかけてスマートフォンとタブレットPCを持ち歩く、大のビュンブレードオタクだった。いつもビュンブレードの事をカガクテキに研究しており、ビュンにビュンブレードのいろはを教えてくれたのもイトだった。

「うん、多分そうなんだけど……」

「なあに? どうしたの?」

じーちゃんの竜神丸をばーちゃんから譲り受け、それはすごく気に入って大事にしているのだが、ビュンにはビュンブレードのバトルの楽しさがあまりよく分からない。見よう見まねで始めた時にはイトにもカイにもぼろぼろに負けて、その悔しさもあり夢中になったが、ちょっと分かってからはあまり努力をしようと思えないでいる。

「何か最近ちょっと物足りないっていうか」

「そっかー」

床には少し届かない足をツンツンと蹴って、一気にジュースを飲み干す。ぱっと飛び降りると、背後にある扉から給湯室に入り、ジュースが入っていたコップと、莉沙姉ちゃんがカウンターに置いていたコーヒーカップをじゃっとゆすいだ。もう何度も出入りしている、勝手知ったる他人のお店なのだ。

「そういえばビュン君のビュンブレードって少し古い型だね、デザインも……私それ見たこと無いよ」

二つのコップを綺麗な布巾でさっと拭い、コップ立てに引っ掛けるとビュンは振り返ってタオル掛けに手を伸ばす。莉沙姉ちゃんが、ありがとうねと褒めてくれた。

「イトも言ってた。これじーちゃん家の蔵で見つけたんだ」

「だからビュン君の宝物なんだね」

「うん!」

ばーちゃんが、竜神丸はじーちゃんの宝物だったと教えてくれた。若いころの大切な思い出で、ばーちゃんにも余り触らせてくれなかったぐらいだと。あの螺鈿細工の小箱の内側にはふかふかの赤いクッションが敷かれていたし、ばーちゃんが蔵に移動させるまではじーちゃんがずっと手元に大事にしまっていたらしい。だから今はビュンの宝物だし、それでもっともっと強くなりたい気持ちはある。それなのに、何でかいまいち乗りきれないでいる。

「大丈夫、もっともっと楽しくなるよ、絶対!」

再びスツールに座ると、莉沙姉ちゃんがビュンの髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。ちょっと固い髪の毛が寝起きみたいに飛び散って、ビュンの頭があっという間にぼさぼさになる。酷いとぼやきながら手櫛で奮闘していると、莉沙姉ちゃんが責任をもって直してくれた。

「ビューン! やっぱりここにいた!」

突然、ショップの扉がバーンと開き、同じマンションの隣に住む幼馴染で同い年の柚木こまこと、弟分のイトが飛び込んできた。二人ともランドセルは背負っていないので、ビュン同様一旦家に帰ったのだろう。莉沙姉ちゃんが、二人にこんにちはと声をかける。イトが、莉沙姉ちゃんに丁寧に頭を下げた。イトはいつも礼儀正しい。こまこが、ビュンのママの真似をして莉沙姉ちゃんに言った。

「莉沙さんこんにちは! いつもビュンがお世話になってます」

こまことは幼いころから兄弟にように育ったためか、ビュンを自分の弟だと勘違いしている節がある。黄色いフードパーカーを着てショートヘアに四葉のヘアピンを挿した彼女は、いつも手首に色とりどりのミサンガを巻いていた。幼稚園児の頃にビュンがあげたミサンガを気に入ったこまこは、それ以来ずっと、何かに願をかけては巻き続けていた。

隣でイトがその分厚い眼鏡をクイッと上げる。

「アニキったらまた莉沙お姉さんのお仕事を邪魔して……」

少し前までビュンの後ろについて回ってばかりいたイトは、最近少しこまこに似てきた気がする。小さなママが二人もできてしまいビュンが嫌そうに顔をしかめると、莉沙姉ちゃんは三人を見て、ビュン君に相手して貰っちゃったの、といたずらっぽく笑った。

「アニキ、もうカイさん帰ってますよ」

「カイに会ったのか? どこに居た?」

カイとの待ち合わせ場所は決めていなかった。カイの飼育当番の仕事が終わったらメールして貰う約束だったが、未だメールは届いてない。

「公園です。こまこさんとの下校途中に追い抜かれて、ビュンブレード持って集合って言ってました」

「分かった、じゃぁ行くかー。莉沙姉ちゃん、またねー」

三人で揃って莉沙姉ちゃんに手を振り挨拶をして店を出ると、扉が閉まる直前に、絶対楽しくなるからねーと莉沙姉ちゃんの声が聞こえた。