プロローグ

ビュンは、古い長持の中に木製の小箱を見つけ感嘆した。その小箱は少し埃を被ってはいるが細かい装飾が彫られ、四隅には螺鈿細工まで施された、ビュンが今まで見た中で一番綺麗な箱だったのだ。――これって、宝箱なんじゃん!

小学六年生への進級を控えた春休み、夏風ビュンは去年の冬前に亡くなった、大好きなじーちゃんの家に家族で遊びに来ていた。近隣に大きなスーパーもない田舎の、大きな木造の日本家屋はじーちゃんが建てたものではなく、パパが生まれた頃にひいじーちゃんから継いだらしい。

都会の普通のマンションに住むビュンには、古くてだだっ広いこの家が珍しく、気に入っていた。秘密の扉の向こうの床下収納、夏でも冷んやりと冷たい、今はもう使われていない古びた氷室、ギシギシ揺れる梯子で登る屋根裏部屋、そして母屋から少し離れた場所にある小さな蔵。――これはビュンの一番のお気に入りだった――黒い瓦と白塗りの壁に重々しい錠のかかったその建物の中には、ビュンの知らない沢山の秘密と宝物が詰まっている。以前、錆びたお菓子の箱の中からパパがおねしょした写真を発見したのもこの蔵の中だった。今回は何が入っているんだろうか? ビュンは目を細めて息を呑んだ。

四角い小箱には小さな引っ掛け錠が四辺全てに付いているだけで、鍵穴はなく簡単に開けられる様だった。ギギッと音のする少し錆びた引っ掛けを全て外し、上蓋に手をかける。何かとても楽しい事が始まる気がして、ドクンドクンと鳴る心臓が飛び出しそうだった。

「せーの……っ!」

はやる気持ちを抑え蓋を持ち上げたその時、ビュンは箱の中から咆哮を聞いた。

周囲の喧騒が飛んで、宇宙みたいに真っ暗になる視界。その先には青く光る鱗が見える。龍だ……! ビュンは思った。絵本でしか見たことのない、伝説の神獣。小箱の螺鈿装飾の様にてらてらと虹色に光る青い鱗に、ゆらゆらと揺れる太く黄色いたてがみ、大きな牙に鋭い眼を持ったその龍は、それでも不思議と怖そうには見えなかった。ビュンがぎゅっと龍を見つめると、龍はビュンの方を向いて、もう一度嘶くように吠えるとすっと消えた。

突然音と景色が戻り、白熱灯のチカチカ揺れる蔵の中に取り残される。ビュンは、辺りをキョロキョロと見渡してから手元に目をやった。蓋の外れた木箱の中には、手の平の大きさの丸く平たい物が入っていた。

少し厚みのあるその円盤状のプレートは少し丸みを帯びており、その表面の内円は赤に、外円は青に塗られている。赤と青の境界線は黄色でラインが引かれて、それが二枚向かい合わせに重なっていた。二つの円盤の間に、白色に赤縁のギザギザした、扇風機のような物が挟まれているのが見えた。それぞれの円盤の中心から飛び出す糸の様なものが、その三つを固定しているらしい。一見ヨーヨーの様にも見えたが、それはビュンが今まで見た事がない形だった。円盤表面の赤い所には何かの模様が入っていたようだが、擦り切れてしまって何が描かれていたのかよく分からない――これって多分、じいちゃんのだ!

ビュンは丸いそれを箱に戻し、引っ掛け錠を丁寧にかけ直すと、小箱を抱えて母屋に向かって駆け出した。

「ねえばーちゃん!これ何っ!?」

思えばこれが、夏風ビュンの大きな冒険の小さな始まりだったのだ。