バクテリアの生産速度(増殖速度)を知るためには,DNA合成速度やタンパク質合成速度から見積もる方法が一般的に用いられています.DNA合成速度は3H-チミジン,タンパク質合成速度は3H-ロイシンの取り込みから見積もるのですが,これらの物質は放射性同位体であるため,その使用には強い制限があります.特に日本では厳しく管理された建物の中でしか使用することができず,任意の場所で自由にバクテリア生産を測定することはできませんでした.
そこで,安定同位体で標識された基質を使うことで,放射性同位体を使用しないバクテリア生産速度測定法の開発を行っています.
具体的には,DNA合成速度はデオキシアデノシンがもつ5つの窒素をすべて15Nで標識したものを使用しています.この基質をバクテリアのDNAに取り込ませた後に,DNA抽出を行います.そして,得られたDNAをヌクレオシドまでいくつかの酵素を使って加水分解します.最後に液体クロマトグラフィー・質量分析計(LC-MS/MS)を使って15N-デオキシアデノシンの量を定量します.
この手法で得られた15N-デオキシアデノシンの取り込み速度は,従来法である3H-チミジンや3H-ロイシン取り込み速度を有意な正の相関を示し,互換性があることも確認され,完全な放射性同位体フリーなバクテリア生産速度測定法が開発されました(Tsuchiya et al. 2015a, 2019a, 2019b).
放射性同位体を用いていないため,15N-デオキシアデノシンを取り込ませたサンプルを用いて,PCRやシークエンス,顕微鏡観察など,その後の様々な分析にも使えるため,簡便に,より重層的な研究を行うことができるようになりました.
湖沼の底泥は活発なメタン生成が起こっており,全球的なメタン収支においてソースとして働いています.一方で,メタン酸化というプロセスもメタン収支において非常に重要な役割を果たしています.近年,湖沼底泥に生息するユスリカ幼虫の巣穴表面において,メタン酸化が活発に起こっており,そのメタン酸化を行う細菌がユスリカ幼虫に食べられている可能性が注目されています.このことは,メタン → メタン酸化細菌 → ユスリカ幼虫 → 魚類,という,メタンを起点とした食物連鎖が湖沼内で起こっており,メタンが湖沼生態系内に固定されていると考えることができます.
生物によって生成されるメタンは,非常に低い炭素安定同位体比を示すことが知られています.また,メタン酸化細菌にメタンが取り込まれるときに,同位体分別によりメタン酸化細菌の安定同位体比が更に低くなることが知られています.ユスリカ幼虫の炭素安定同位体比を測定した際に,通常の餌資源からでは考えられないような低い同位体比を示すことがあり,これはメタン由来炭素を同化したことのプロキシとして捉えることができます.
このように,安定同位体比を一つの軸として,湖沼内のユスリカ幼虫や貧毛類などの大型底生無脊椎動物や,アメリカナマズやハクレン,フナなどの魚類を対象に,どの程度メタン由来炭素が取り込まれているのか,という研究を行っています(Tsuchiya et al. 2020).
10. 環境研究総合推進費 (2-2302), 2023-2025年度, 研究分担者 (研究代表者:西廣淳主任研究員,国立環境研究所).
気候変動適応と緩和に貢献するNbS-流域スケールでの研究―.
9. 環境研究総合推進費 (2MF-2302), 2023-2025年度,研究分担者 (研究代表者:永田貴丸研究員,滋賀県琵琶湖環境科学研究センター).
底生動物の水質・底質の健全化に資する機能評価と彼らの減少がもたらすリスクの推定.
8. 科研費基盤研究C (23K11412), 2023-2025年度, 研究代表者.
河川におけるメタン生成の「場」の特定と「量」の推定.
総額3,600千円.
7. 科研費基盤研究C (21K12211),2021-2023年度,研究分担者 (研究代表者:小森田智大准教授,熊本県立大学)
干潟で大増殖するホトトギス(二枚貝・イガイ科)を支える餌供給過程の解明.
6. 河川砂防技術研究開発 (河川生態), 2020年度, 研究分担者(研究代表者:平林公男教授,信州大学)
河川中流域における生物生産性の機構解明と河川管理への応用.
5. 科研費基盤研究C (20K12140), 2020-2022年度, 研究代表者.
河川におけるバクテリア生産の定量:河川水および河床の石のバイオフィルム.
総額3,400千円.
4. 科研費特別研究員奨励費 (17J11577), 2017-2019年度, 研究代表者.
メタン由来炭素から始まる湖沼生態系食物連鎖の重要性評価.
総額3,400千円.
3. 科研費若手研究B (17K12814), 2017-2018年度, 研究代表者.
海洋溶存態有機物の分子サイズとバクテリアによる利用・分解特性.
総額3,400千円.
2. 科研費若手研究B (15K21449), 2015-2016年度, 研究代表者.
バクテリア生産速度を測定する際に最も良い基質は何か~DNA合成速度の観点から~.
総額3,000千円.
1. 笹川科学研究助成 (25-716), 2013年度, 研究代表者.
放射性同位体を使用しない新規のバクテリア生産測定法の開発.
総額610千円.