全体の研究概要と将来展望
「イオンチャネル・電気生理から臨床病態への橋渡し研究」― 薬効・病態の“性差・個人差”を予測する統合解析
私たちの心臓が規則正しく拍動し続ける背景には、イオンチャネルによる精緻な電気活動(電気生理機能)が存在します。しかし、薬の投与や体質・性差によってそのバランスが崩れると、突然死につながる「致死的不整脈(心室細動やTorsades de Pointesなど)」を引き起こす危険があります。
当研究室では、心臓の再分極を支える重要分子IKsチャネル(KCNQ1/KCNE1複合体)をはじめとする電気生理学的解析(パッチクランプや心筋拍動解析)を核として、性差解析に特化したモデル―性ホルモンと性染色体を切り離して解析できる「FCG(Four Core Genotypes)マウス」や、独自に樹立した「男女双生児iPS細胞」および「クラインフェルター症候群iPS細胞」―を駆使しています。さらにこれらから得られる質の高い定量データを「インシリコ細胞モデル」へと統合し、臨床病態のシミュレーションへとトランスレート(橋渡し)することで、致死的不整脈や抗がん剤心毒性のリスクを精密に予測し、患者さんごとの性差・個人差を考慮した安全な医療の実現を目指しています。
主な研究テーマ
1. 致死性不整脈・抗がん剤心毒性の統合的リスク評価
(電気生理学的解析 × インシリコ細胞モデル構築)
新薬開発における最大の障壁である「致死的不整脈リスク」や、抗がん剤による心機能障害(心毒性)を早期かつ高精度に予測する評価系を構築しています。ヒトiPS細胞由来心筋細胞の電気生理学的成熟化手法や高速度拍動解析(Motion vector法)を駆使し、パッチクランプ実験から得られたデータを心筋のインシリコ細胞モデルに導入して、生理的変動・病態の性差モデルを構築しています。臨床の病態モデルへとトランスレートすることで、生体外から患者さんの心電図変化や催不整脈リスクを予測する最先端のトランスレーショナル解析を展開しています。
2. 心筋 IKs チャネル(KCNQ1/KCNE1)の機能制御と病態連関
心臓の再分極予備能を担い、QT延長症候群(LQT1, LQT5)や運動・ストレス時の致死的不整脈に直結する「IKs カリウムチャネル(ポアを形成するKCNQ1と、その補助サブユニットKCNE1の複合体)」に焦点を当てています。チャネル複合体の相互作用や膜輸送・局在制御機構、性ホルモンによる修飾メカニズムを分子・電気生理学レベルで解明し、不整脈の病態解明や新たな創薬標的の探索を進めています。
3. 独自の性差解析モデルが拓く「心血管・代謝の性差医療」
(FCGマウス × 男女双生児・クラインフェルターiPS細胞)
「なぜ心血管疾患や不整脈の起こりやすさに性差があるのか?」という根本的な問いに挑んでいます。
FCGマウス: 性染色体(XX/XY)と性腺(性ホルモン)の影響を完全に分離して評価できる特殊モデル動物を用い、心筋や腎臓の病態応答における性差の真の原因を特定します。
独自ヒトiPS細胞: 研究室独自で樹立した「男女双生児由来iPS細胞」や「クラインフェルター症候群(XXY)由来iPS細胞」を用い、ヒト細胞レベルで性染色体の影響をダイレクトに解明します。
トランスポーター解析: 薬物の腎排泄を担う膜輸送体のプロテオーム解析を行い、薬物動態の性差基盤を解き明かします。
【この研究室で学べる知識や技術】
当研究室では、「配属された学生を一人にせず、着実に伸ばす」指導方針を徹底しています。実験未経験からでも、論理的思考力・プレゼン力・世界に通じる発信力が自然と身につく環境を整えています。
① 配属直後に開始するトレーニング(3年次)
実践プレゼン演習(配属初期ブートキャンプ):重要キーワードのプレゼンとディスカッションを通じ、論理的にまとめ、相手に分かりやすく伝える基礎体力を身につけます。
未知検体実習:主に摘出臓器の反応から未知の検体を分析・同定する導入実習です。各臓器の疾患病態と薬物クラスの特性を体系的に理解し、生きた薬理学の基礎を徹底的に習得します。確固たる基礎知識を身につけることで、新しい研究アイデアを創出する力を養います。
② 伝える力・英語発信力を鍛える独自の習慣
英語1分間スピーチ(週初めの研究報告):研究進捗の1分英語報告と相互評価を通じ、要約力と英語発信力を養います。
教員全員によるプログレスミーティング:一人ひとりのデータに教員全員でフィードバックを行い、手厚く伴走します。
③ 生体個体から細胞までを捉える「生理学的実験技術」と「数理モデリングへの展開」
ラットの血圧測定などの生体個体実験から単離細胞の電気生理まで、生きた状態の機能をダイレクトに捉える生理学的実験技術を習得します。さらに、観察された生理現象を生物物理学的観点から深く考察し、数理式を用いたインシリコモデリングへと統合する、実践的な解析力を養います。