私見を交えた研究歴

京大の学生時代、超弦理論の現象論の研究を始めました。現実的な物理に対する超弦理論の視点が知りたかったからです。超対称性の破れの物理がメインのターゲットでした。指導教員にその道のプロがいたのと、周りの多くの人たちが超弦理論を研究していた影響からです。博士課程になるころ、全てのモジュライ固定が可能な KKLT という加速膨張宇宙(正の宇宙項)を実現する超弦理論の模型が提唱されました(Kachru-Kallosh-Linde-Trivedi: KKLT)。超弦理論のモジュライは物理パラメータ全て決めます。宇宙項も例外ではありません。当時、この模型が大変流行っていたので、KKLT を含めたモジュライの現象論の研究に学生時代は明け暮れました。このときは、モジュライのポテンシャルの起源を調べてひたすら微分していました。運良く学振が通ったので、東北大でポスドクが決まりました。

東北大でも、モジュライの研究を続けました。2度目の学振ポスドクが通り、引き続き東北大で研究を行いました。しばらく後にドイツ渡航が決まったのですが、そのあたりで当時の東北大の共同研究者から、寂しくないようにアクシオンの宿題をもらいました。超弦理論では弦やブレインは"電荷"を持っているので高次のテンソルゲージ場が存在し、アクシオン的粒子が現れますので、アクシオンはもともと興味はありました。

東北大から移動したドイツのDESYでは、アクシオンの勉強も真面目に始めました。アクシオンの宿題があったのと、周りの皆がアクシオンの研究をやっていたのです。アクシオンの宿題を終わらせ、モジュライとアクシオンの間での散乱・崩壊の話が何となくわかるようになりました。そのころ、同じオフィスにいたイタリア人が、軽い暗黒物質が存在するとき、弦理論モジュライを用いたインフレーション模型の再加熱問題を研究していました。モジュライが宇宙を再加熱するときに、軽い暗黒物質ばかり作って、通常の物質が作られない問題です。この問題があとの研究で大事になるとは思わなかったです。一方で機会に恵まれ、日本の人たちと弦理論のモジュライとアクシオンを含めた宇宙論の研究を始める頃、日本(理研)に帰国する事が決まりました。

帰国後に理研で研究を始めると、宇宙のバリオン生成の研究ではモジュライによる再加熱の話も真面目に考えなければいけないことに気づきました。再加熱によるエントロピー生成が事前に作られた物質密度を薄める問題です。ここでイタリア人の再加熱の問題を思い出しました。宇宙のバリオン密度だけでなく、モジュライの崩壊による再加熱がアクシオン的粒子をつくる可能性を指摘した論文を仕上げました。しかし、これでこの研究が終わった訳ではありませんでした。この前後で、当時のWMAPのCMB観測から、ニュートリノ以外の相対論的な暗黒物質の存在(ΔNeff)が話題になっていた事を共同研究者から知りました。そこで再加熱から作られたアクシオン的粒子と、この ΔNeff を結び付ける研究を考えようと思っていました。その矢先、ドイツで知り合ったのイタリア人の共同研究者であるイギリス人と議論をする機会に恵まれ、彼らも同じ内容を考えていることを知りました。実は我々の研究の土台は、このイギリス人グループが作った模型だったので自然な話でした(イタリアの友人にも我々のバリオン数生成とアクシオン生成の論文の宣伝をしていました)。そこで、「モジュライの崩壊による宇宙の再加熱から、ほぼいつでも、アクシオンが作られすぎる問題」にフォーカスした論文を、彼らグループと同時期に急いで書きあげることになりました。この切磋琢磨した出来事は私の研究生活の転機になったと思います。この頃から、宇宙論のプロである共同研究者のおかげで、宇宙論を考えるようになりました。このあたりでKEKに移ることが決まりました。

KEKに移ったあとは、研究対象が徐々にモジュライから軽いアクシオン的粒子の宇宙論的性質(暗黒物質)にシフトしていきました。日本に戻って2年後、インフレーション由来の原始重力波が検知されたという噂がありました(のちに正しくないことがわかりましたが)。その時から、重いアクシオン的粒子によるインフレーションも考えるようになりました。アクシオンインフレーションの観点で原始重力波を検知するためには、エネルギースケールを上げつつ、重力よりも弱い相互作用をするアクシオン場を考えなければならなかったので、「弱い重力予想」という沼地予想を考えたくなってきました。弱い重力予想とは、"重力が最も弱い力である"という量子重力の無矛盾条件の予想です。ナイーブなアクシオンインフレーション(ナチュラルインフレーション)はこれに反します。ポテンシャルに変調を加えるなどの工夫が必要です。などと考えていると、この頃に慶應に移ることが決まりました。

一方でこの頃、場の理論で高次対称性の話が盛り上がっていました。アクシオンの理論の制御のためには、その2π周期のシフト対称性の理解が大事です。この対称性の正確さ・破れ方は理論の性質によります。また、アクシオンを弦理論に持ち上げると高次のテンソルゲージ場になり、シフト対称性は高次のゲージ対称性に見える場合があります。それゆえ、このようなアクシオンをきちんと理解しようとすると、「高次対称性」の理解も必要だと感じています。

慶應では、上のような経緯があって「沼地予想」「高次対称性」をきちんと知りたいと思い、今に至っています。業界では、弦理論的が要求する正確な条件や沼地予想を通じて、KKLT の加速膨張宇宙アイデアの再検証が続いているようです。「高次対称性」の話は、場の理論はもちろん量子重力に備わる対称性の点から今も議論が続いています。

ここに書いていない研究もありますが、このような感じでいろいろ考えたいと思い今に至っています。

一般に研究には色々なテーマが混じりますが、本質的に注目するテーマは1個や2個で、多くはないと思います。研究の途中で思わぬ副産物や人との出会いがあって、違った方向の発展に進むことがあります。違った方向に進んだおかげで、元の研究の解釈が変わり、もとの目的がスムーズに遂行できるようになることもあります。研究はかなり地道な作業だと思いますが、(元の研究からすると)そのような飛躍は必要かつ面白いことだと思います。何があるか分かりませんので、何でも研究してみることは大事だと思います。このように研究を通じて得た知識は、本人にとって「とるに足らない」「当然」と思ったことでも、他の人にとっては「面白い」「非自明」となることもあります。いつのまにか研究で身についた「個性」と解釈できて、今更ながらこの事実は面白いと思います。