2025. 10. 28
イングランドのキリスト教化は紀元600年ごろに行なわれた。キリスト教化以前のイングランドについての文献資料は僅少であるが(cf. 20. 英語史の始まり―現存する最古の英文―)、古英語の韻文作品 Beowulf にはキリスト教以前の文化とキリスト教以後の文化の混交が見て取れる。なおアングロ・サクソン人がキリスト教の教義を吸収するのには時間がかかり、それ故ケルト文化は今日にも影響を及ぼしている。ところがアングロ・サクソン人はキリスト教化以前にもそれに若干は親しんでいたことが推測されている。というのも、例えば church という語の借用時期はキリスト教化以前であろうからだ。Jespersen は次のようにも述べている。
They knew this word so well that when they became Christians they did not adopt the word universally used in the Latin church and in the Romance languages (ecclesia, église, chiesa, etc.), and the English even extended the signification of the word church from the building to the congregation, the whole body of Christians.
彼ら(=イギリス人)はこの語(=church)をよく知っていたため、キリスト教徒となった際にも、ラテン世界の教会やロマンス諸語で普遍的に用いられていた語(ecclesia, église, chiesa など)を採用しなかった。またイギリス人は、 church という語の意味を教会堂という建物からさらに拡張して信徒の集まり、すなわちキリスト教徒全体の共同体をも指すようにしたのである。
ところで『英語語源辞典』で church を引いてみると、確かに古英語期から存在する語であると示されている。当時は ċir(i)ċe, ċyr(i)ċe のような形態であった。究極的な語源は不祥とあるものの、*keuə - 「増大する、地下保管庫」という印欧語根に遡るかもしれない(cave「洞窟」も同じ印欧語根に遡る)。そこから、ギリシア語でkûros 「力」、kῡ́rios「主」、kūriakós、kūriakòn (dôma)「主の(家)」と派生していき、後期ギリシア語の kūrikón が英語に借用されたようだ。語源が示す限り、教会は力を持つ主が宿る家という具合か。
参考文献
Jespersen, Otto. Growth and Structure of the English Language. 10th ed. Oxford: OUP, 1997[1905].
寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』東京: 研究社、1997年。