2025. 9. 27
前々節および前節では、英語が歴史を通じて二音節語を減らし単音節語を増やしてより「男性性」を帯びてきたこと、ただしすべての単音節語が「男性性」に直接的に結びつくわけではないから、the の省略で「男性性」を増す方略が利用されることを見てきた。本節では、the に限らず(主に強勢のおかれない語の)省略によって「男性性」を増す方略が導入されている。
Business-like shortness is also seen in such convenient abbreviations of sentences as abound in English, for instance, ‘While fighting in Germany he was taken prisoner’ (= while he was fighting).
能率性のための短縮は、英語に溢れる便利な文の省略にもまた見て取れる。「ドイツで戦っている間彼は投獄された(=彼がドイツで戦っている間)」はその例である。
他にもいくつか例が挙げられているので以下に再掲しておく。①~③は従属節内の代名詞と be 動詞、⑤と⑥は不定詞、⑦は接続詞および be 動詞が省略されている。④については定かではないが、have no idea for の for が省略されていると見ることができそうだ。wh 節の直前の前置詞省略というのは、確かによく見かける気がする。この現象に関しては英語学的に何か言われているのだろうか、後で掘り下げてみよう。
① He would not answer when spoken to.
② To be left till called for.
③ Once at home, he forgot his fears.
④ We had no idea what to do.
⑤ Did they run. Yes, I made them.
⑥ Shall you play tennis to-day? Yes, we are going to. I should like to, but I can’t.
⑦ Dinner over, he left the house.
Jespersen 自身は、こうした文レベルの省略は形態レベルの省略に対応すると考えているようだ。例えば、cab (=cabriolet), bus (=omnibus), photo (=photograph), phone (=telephone) の例を挙げている。
英語学はこの2者を省略(ellipsis)と切り取り(clipping)として区別している。安井・安井(2022: 729ff.)によれば省略が生ずる必要条件は主に以下の2点に分かれる。
(1)場面や文脈からわかる場合
(2)反復を避け、残った要素を目立たせるため
今回の話題で言えば①~③や⑦は(1)に該当し、⑤や⑥は(2)に該当する。④については安井・安井(同前)の言う「慣用的表現における省略」(e.g. See you again. (=I will see you again))と考えれば(1)に該当するだろう。一口に省略と言えどその動機に差があるというのは興味深い点だと思う。
ところで、④で見た wh 節直前の前置詞省略の問題について少し詳しく見てみよう。Swan (1995: 456) に基づく安藤(2005: 626-627)によれば、tell, ask, depend, sure, look などの日常語に続く wh 節の前では前置詞を落とすことができる。例として以下のような文が挙げられている(強調は原文ママ)。
a. “Tell me (about) where you went.”
b. “I asked her (about) whether she believed in God.”
c. “Depends how you look at it.”
d. “I am not sure (of) how he does it.”
e. “Look (at) what I’ve got.”
その他の場合は、前置詞を落とすのはまれであるか不可能だという。こちらも例を再掲する(強調は原文ママ)。
a. “I’m worried about where she is.”
b. “The police questioned me about what I’d seen.”
c. “There’s the question (of) who’s going to pay.”
d. “People’s chances og getting jobs vary according to whether they live in the North or the South.”
e. “I’m very clear on what I’m willing to do.”
f. “Cathy ... glided noiselessly up to where I awaited her.”
g. “She had no idea what had happened to make him so furious.”
以上を以て安藤(同前)は次のような一般化をしている。
wh 節の前の前置詞は、wh 節が述語の目的語として意識される場合は省略され、副詞節と解される場合は省略されない。
なるほどまず第一に、have no idea for の場合は④のように for が省略されることはまれである。またそれはこの場合、wh 節が副詞節と解されやすいからである。要は “We had no idea for what to do” であれば「何をすべきかについて私たちは分からない」という解釈が、for の省略を阻害していると考えるようだ。
ただし OED では have no idea の1782年の初例で how 節の前の前置詞が落ちているので、もしかすると通時的に for 有りの構文と無しの構文の頻度は変容してきたのかもしれない。興味深い言語現象である。
I assure you when I got home my feet were all blisters. You have no idea how they smarted. (1782, F. Burney, Cecilia vol. II. iv. vi. 202)
参考文献
安藤貞雄『現代英文法講義』東京: 開拓社、2005年
Jespersen, Otto. Growth and Structure of the English Language. 10th ed. Oxford: OUP, 1997[1905].
Oxford English Dictionary Online, Available online at https://www.oed.com/(Accessed Sep. 27th, 2025)
Swan, Michael. Practical English Usage. 2nd ed. Oxford: OUP, 1995[1980].
安井稔・安井泉『大改訂新版 英文法総覧』東京: 開拓社、2022年。