学生セミナーでは扱う内容への動機付けはある程度共有されていて、その上で証明の細部を詰めて内容への理解を深めることが概ね主目的となっています。学生セミナーでは、扱う内容の動機付けや先行研究の中での位置づけで時間の半分くらいを使うのはあまりよくない時間の使い方とされるでしょう。また、証明の大まかな流れだけを説明し細部をセミナー中に詰めないようだと、学生セミナーの教育上の目的からずれてしまうでしょう。
ですが、研究集会での講演発表では目的は全く異なります。聴衆は学生セミナーの指導教員ではありません。「講演者に、証明の細部を全て議論する数学的な能力があるか」を見るために聴講に来ているわけではありません。また、一般には、聴衆は講演者の講演内容の動機付けを事前には共有していません。代わりに、講演者によって講演中に動機付けが説明されることを楽しみにしています。
学生のうちは、教員は自分の講演内容を全て知っていると思ってしまうこともありがちですが、案外そうでもありません。現代の数学は裾野が広く、分野がちょっと違うと当該分野の最近の研究までは追いきれていないこともしばしばあります。また、知っていても頭の中の引き出しに入っており、使える形で引き出すまでに時間がかかることも多いです。慣れない内は、聴衆の前提知識の想定を最初の見積もりの半分くらいに差し引いて考えてみるとよいかもしれません。
「今回の講演内容は聴衆には当たり前だから」と超速で背景や定義の説明を行ない、その結果分野の専門家以外を一瞬で振り落とす、という講演事故はそれなりによく見られます。このタイプの事故を頻繁に起こす人もいて、これを続けていると「あの人の講演は、聴いてもなにも分からないよね」という認識が共有されてしまいがちです。
指針として、当該分野の専門家もそうでない人も両方聴衆にいる状況では、少なくとも前半部分は非専門家も話を聞けるように組み立てる形が良いとされています。動機付けや話したい結果の先行研究の中での位置づけ・その新規性の説明など、非専門家にも伝えることができる内容は多いはずです。
(数学に限らず)学問は「巨人の肩に乗る」営みなので、先人の仕事への敬意は重要です。講演内で重要な位置づけとなる先行研究に関しては、誰が、どれくらいの年代に示した定理なのか、というのを調べた上で適切に引用しましょう。
さらに、講演において、どの結果が主定理なのかがはっきりわかるように発表することも大変重要です。主定理が自身の結果であるときも、そのことが判るように講演内で記述をすることもマナーです。
対面での講演と比べ、オンライン講演では聴衆の集中力ははるかに続きにくいです。そのため、一画面の情報量が多いと、その段階で集中しての聴講を諦めてしまうことになりがちです。よくあるのが、ぱっと見ただけではすぐに頭に入ってこない量の内容を、一枚のスライドに詰め込んであるものです。対面でのスライド講演のときとは聴講の環境(会場で講演者や他の聴衆と一体の空気感のもとで聴いているか、大きなスクリーンでスライドを見ているか、など)がかなり異なります。ですので、同じスライド形式で行なう場合でも、対面での講演とオンラインでの講演では、前提から異なる組み立てが必要となります。
講演で動きがある方が聴衆の集中力が続きやすいです。この意味で最もよい形式は、実際の(物理的な)黒板での発表をタブレットや web カメラなどで映す形式かもしれません。他にも、電子ノートやスライドに講演中に一部書き込む形式も、完成したスライドを回していく形式よりは集中力が続きやすいです。ここで、電子ノートを使う際は、文字を「見やすく・太く・大きく」書くことを心がけて下さい。
また、オンライン講演では表示できるのが 1 画面という関係上、前の画面に書かれていた内容が聴衆の頭の中に定着する前に画面が進んでしまう、ということも起きがちです。特に、定義の中身やイメージを把握する前に講演が次の画面・話題に進んでしまうと、その段階で講演について行くことがかなり難しくなります。
・電子ノートアプリによっては 2 画面表示ができるもの(GoodNotes 5 など)があるので、これを利用する、
・前の画面で述べた重要な定義などはリマインダーとして再度書いておく、
・定義の後には例を述べて聴衆の頭の中にイメージを持たせる、
など、何らかの工夫をするのがよいでしょう。