ここでは,以下のメンバーによるサブグループが提案した「教育システム情報学5W1Hマップ」を紹介します.
マップの提案に至った経緯や,マップ構築の考え方,活用方法,また本分野における「問い」そのものに関する論考など,詳細は解説記事「越境的な知の創造を支える教育システム情報学マップ」(教育システム情報学会誌,Vol. 42, No. 2, pp. 141-158, 2025)をご覧ください.
(本ページは,当該解説記事の内容の一部を用いて構成しています.)
担当:
近藤伸彦(東京都立大学)
大﨑理乃(島根大学)
米谷雄介(香川大学)
高橋聡(関東学院大学/グロービス経営大学院グロービスAI経営教育研究所)
※所属は2025年3月時点のものです.
2025.03.31更新
本サブグループでは,個別具体的なリサーチクエスチョンの要素への分解に有用でかつ誰もが理解しやすい5W1Hという汎用的な枠組みと,Yモデルという本分野特有のモデルを接続することで,教育システム情報学のリサーチクエスチョンの要素を構造化し,5W1Hそれぞれに対応した以下の6枚のマップを提案しました.
Whoマップ(誰が学ぶか/誰を支援するか)
Whereマップ(どこで/どのような状況で学ぶか)
Whenマップ(何を目指して学ぶときか)
Whatマップ(何が困難/課題であるか)
How (to)マップ(どのように解決するか)
Whyマップ(なぜその方法を用いるか)
後述のように,この6枚のマップでは,近年の採録論文・受賞論文のリサーチクエスチョンの要素や,本学会で利用される「カテゴリ表」のキーワード等をマッピングすることで,本分野の研究の要素をリサーチクエスチョンの観点から可視化することを試みています.
これらのマップは,以下の要素について,関連の強そうなものが近くに配置されるようにマッピングしたものです.
下線の引かれた太字の文字列:カテゴリ表の「分野名」
ハイライトのWebサイト(採録論文/受賞論文ハイライト)における分野名のページにハイパーリンク設定
通常の文字列:カテゴリ表の「キーワード」
四角いカード:学会誌掲載の「採録論文/受賞論文ハイライト」から抽出したリサーチクエスチョンの要素
そのカードに対応する論文のDOI(J-Stageへのリンク)にハイパーリンク設定
カード末尾の括弧書きの数字は,今回作業した89件のハイライトの便宜的な通し番号
(→ 5W1Hマップで扱った「採録論文/受賞論文ハイライト」データを参照)
上述のように,ハイライト要素のカードと,カテゴリ表の分野名にはハイパーリンクを設定しているため,気になったカードや分野名をクリックすると,具体的な論文にアクセスすることができます.
6枚のマップは以下からご覧ください.
(6枚のマップをまとめたPDFはこちらからダウンロードしていただけます →)教育システム情報学5W1Hマップ(PDF)
「誰が学ぶか/誰を支援するか」に関するリサーチクエスチョン要素を整理したマップです.
「どこで/どのような状況で学ぶか」に関するリサーチクエスチョン要素を整理したマップです.
「何を目指して学ぶときか」に関するリサーチクエスチョン要素を整理したマップです.
「何が困難/課題であるか」に関するリサーチクエスチョン要素を整理したマップです.
「どのように解決するか」に関するリサーチクエスチョン要素を整理したマップです.
「なぜその方法を用いるか」に関するリサーチクエスチョン要素を整理したマップです.
教育システム情報学会誌Vol. 38, No. 2に掲載された解説『採録される論文の書き方―誌上チュートリアル―』(瀬田 和久, 桑原 千幸, 仲林 清)には,学習支援系研究におけるリサーチクエスチョンの構成素の関係を整理した「Yモデル」が提示されています.
ある学習環境のもとで,想定する「学習者像」に対して「達成したい学習目標」があり,学習者の「学びの困難性」を取り除く支援技術と,目標達成に効果的と思われる「教材」や「教授戦略」の統合設計によって学習目標の達成に導くという,教育・学習の場の構造を示したモデルです.
本サブグループでは,本分野の(アプローチや提案手法も含む)個別具体的なリサーチクエスチョンの整理を,5W1Hという枠組みを用いて行い,これをマップ化するという方向性で,マップ作成の作業を進めることとしました.
ただし,5W1Hは文脈によってどのようにも使用できてしまうため,5W1Hの各疑問詞に,本分野に即した一定の意味を定めたうえで要素抽出の作業をすることとしました.この「意味」を定めるうえで用いたのがYモデルです.Yモデルの各要素と5W1Hを対応づけることにより,「教育システム情報学の文脈にあわせた5W1H」でのリサーチクエスチョンの要素抽出ができると考えました.
5W1HとYモデルの要素の対応付けは右図のように行っています.
マップ化の作業は以下のように行いました.
「ハイライト」からの要素抽出
掲載済みの「採録論文/受賞論文ハイライト」にて述べられているリサーチクエスチョンおよび「本論文のここが面白い!」のコラムの文章から,上図のYモデルとの対応のもとで,5W1Hの各疑問詞に相当する要素を抽出
単語あるいは短めの体言止めの文を単位として要素抽出
作業負担の点から,論文の本文を読み込んで要素抽出をすることはせず,あくまでもハイライトから読み取れるものに限った
対象とした「ハイライト」は,Vol. 37,No. 2(2020)からVol. 40, No. 3(2023)に掲載された89件
この89件の「ハイライト」のリストはこちらのスプレッドシートにまとめています
→ 5W1Hマップで扱った「採録論文/受賞論文ハイライト」データ
要素のマッピング
5W1Hの各疑問詞について1枚ずつ(デジタルツール上での)キャンバスを用意
抽出した要素をカード化して,KJ法にて分類しながら,関連の近そうな要素が近くに配置されるようにマッピング
カテゴリ表の分野名・キーワードの配置
2で配置した要素に加え,カテゴリ表に掲載されている「分野名」と「キーワード」のうち各要素と関係の近そうなものを抽出して配置
本分野で研究活動を行い,全国大会や研究会で発表する,学会誌に論文を投稿する,といったことを目指す研究者や学生にとって,本マップは,自身の研究のリサーチクエスチョンを見つめ直すためのツールとなり得ます.
たとえば,自身の研究のリサーチクエスチョンを整理してカード化し,これをマップ上に配置してみることで,本分野における自身の研究の位置づけを検討できるでしょう.
またその過程で,自分が意識できていない5W1Hの要素(本分野の文脈でのリサーチクエスチョンの要素)が明確になることもあるかもしれません.
これは,たとえば論文執筆において新規性等をふまえた研究の位置づけを明確化することにもつながり得ると考えられます.
本学会でも,リサーチクエスチョンを明確にすることの重要性はとくに近年さまざまに言及されています(『採録される論文の書き方―誌上チュートリアル―』など).
そのように自身の研究の要素を位置づけてみると,マップ上で「近い」概念が見えてきます.これにより,新たな研究フィールドや,研究上の新たな視点の獲得(自身のリサーチクエスチョンの拡張)にもつながり得ます.
一方で,現時点のマップには,ある種の「濃淡」があります.本マップはあくまでも現時点の本分野の状況を大まかにしか示せていませんが,研究の盛んなところ,逆に手薄なところなどが感じ取れるでしょう.この「濃淡」と自身の研究志向をあわせて検討することで,これまでにない視点の新しいリサーチクエスチョンを生み出すことにもつながり得ると考えられます.
以下のように,現場で直面する課題を解決するための糸口や,本分野の研究者とのつながりを持つためのきっかけとして,本マップの活用が期待されます.
「関心事」に応じてマップを選択し,調べることができます.たとえば・・・
「What」のマップから,現場で直面する課題に近い課題や困難さを扱った研究を探したり,それに関連するキーワードを知る
関心のある技術や教育方法などの観点からであれば「How (to)」のマップを探索する
教育の対象者から調べたければ「Who」のマップを探索する
研究者との「対話」を生むためのきっかけとしての利用も考えられます.
本マップには,論文の「ハイライト」へのリンクが設定されており,ユーザがその研究の詳細に興味を持った場合,論文情報を参照できるようになっています.この論文情報から著者情報を入手し,実際に著者へアクセスすることにもつなげられます.
本マップはもちろん完全なものではなく,本サブグループによる主観に基づいて構成されたものです.
これにともなう本マップの前提や限界として,以下のような点にご留意いただければ幸いです.
6枚のマップはMECEに(漏れなく・重複なく)構成しきれていない点もありますが,各マップを単独で見たときにも理解がしやすいように,あえて重複する要素があるところもあります.
本マップは,あくまで本サブグループの4人が主観的に「ハイライト」からの要素抽出を行ったり,「カテゴリ表」の要素の配置を行ったりして構成されたものであり,その妥当性を必ずしも十分に検証したものではありません.
また,「ハイライト」から抽出した一つひとつの要素はそのほとんどがキーワードレベルの語句に落とし込まれていますが,これによって,それらの語句がどのような文脈で用いられていたかがわかりにくくなっているという欠点もあります.そのため,必ずしも論文著者にとって望ましい分類や配置がされているとは限らない点をご了承ください.