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竹下景子さんのオフィシャルウェブサイトのスタッフブログにも、日本モンキーセンターが登場しています。
連載 第9回 「今日もOSARU日和」
河合雅雄先生をしのんで
竹下 景子
(公益財団法人日本モンキーセンター親善大使)
河合雅雄先生にはじめてお会いしたのは 20 年近く前のことです。テレビ局(多分、NHK)のスタジオで、私は西田利貞先生から野生チンパンジーの道具使用などについて興味深い話を伺ったのでした。その後で、河合先生が現れました。番組に出演されたのかどうか。そこが分からない。お目にかかって「あ、河合隼雄さんのお兄さん!」と思ったのは覚えています。この偉大な霊長類学者を、私はその日まで知りませんでした。そして、お 2 人は、瞬く間に意気投合、話に花が咲きました。
それぞれ長年にわたるアフリカの調査で、例えば現地の虫に悩まされたり、怪我や寄生虫の話も出たでしょうか。苦労話のはずなのに、それがあんまり痛快で、「永遠の少年」たちのジャングル冒険談を 拝聴しているような心持ちになりました。その一方で以前、藤本義一さんから伺った話が頭をよぎりました。未開の地で原住民と長く寝食をともにした人は帰国後、ポックリ死ぬことがある、というのです。どうやら現地の食べ物がいけないらしい、と。先生の奥様方は、留守中さぞ心配だったろう、などと勝手に思いを巡らせているうちに、私はすっかり話すのを忘れ、それが収録だったのか、終わってからのことだったのか、全てはもう霧の中です。
教科書にも載っているというニホンザルの「芋洗い」行動。河合先生は最初の観察者の 1 人であり、のちに論文も執筆されたことを最近になって知りました。文化や社会がヒトだけでなくサルの世界にもあることを欧米に先んじて立証した河合先生たちの研究は今や「常識」と、思わせる出来事が、じつはモンキーセンターであったのです。
6 月 15 日、海外メディアの取材が入った! それも BBC、イギリスの公共放送。対応したのは、ヤクシマザル担当の飼育員、舟橋昂さんです。
BBC ラジオ「クラウド・サイエンス」はリスナーの様々な質問に専門家が答える番組。この日「人間以外の動物にも味を付ける行動はあるか」という問いに対して、宮崎県の幸島でのニホンザルの芋洗い行動の例をあげて答えました。
「1953 年、地元住民の水戸サツヱさんが偶然発見。その話を聞いた京大の研究者が観察を続けた。最初、 順位の低いメスのサルが芋を近くの小川に落とした。それが他のメスザルや子どものサルにも広まり、やがて群れの全員が海水で芋を洗うようになった。美味しく食べるために塩 味を付けているかどうかは不明だが、餌が芋から麦に変わった今も海水に浸けてから食べている」と。全編、英語で。世界中の人が聞いているんですもの。これはもう快挙です!インタビューを終えての感想を伺ったら「ニホンザルを見にモンキーセンターに来る、というのはかなりシュール。これを聴いて外国人が少しでも来てくれたら嬉しいけど」とあくまで謙虚な答えが返ってきました。お疲れ様でした、舟橋さん。
▲幸島遠景。(撮影:新宅勇太)
▲幸島のニホンザル(Macaca fuscata fuscata)。浜辺にまかれた小麦を食べている。(撮影:新宅勇太)
モンキーバレイのヤクシマザルたちも野菜とかを洗います。冬、焚き火から掘り出したホッカホカの焼き芋を池の水で洗って食べているのも見ました。サルってネコ(舌)? そもそも焚き火にあたるのも文化的行動だし、他にも枝を道具として使って食 べ物を引き寄せたりします。バレイに行けば、他とは違う彼らの文化的行動の「今」をつぶさに観察することができます。なんて素晴らしい!
▲モンキーバレイの池に集まるヤクシマザル (M. f. yakui)。( 撮影:舟橋 昂 )
▲餌を池の水で洗うヤクシマザル。(撮影:舟橋 昂)
かつて河合先生は「戦争が終わって、人間性というものを、もう一度探ってみようと思った。サルまで立ち返って人間性の根源を調べにゃならん」とご自身の霊長類の研究を始められた動機を述べています。後年、雑誌の対談では「人間も本来は自然の一部なのに反自然的存在になってしまった。そこが他の生物と決定的に違う」と発言されました。河合先生の深い問いかけは霊長類学の礎です。そしてまた、今もこれからも私たちが忘れてはならないメッセージです。
連載 第8回 「今日もOSARU日和」
もうひとつの動物園
竹下 景子
(公益財団法人日本モンキーセンター親善大使)
「バックヤード」ってご存知ですか。よく映画で見かける、家の裏手の芝生なんかが植えられている庭のこと。って、私もそう思っていました。でも、それだけじゃないんですね。バックヤードは動物園にはなくてはならない施設。日本モンキーセンターに通うようになって初めて知りました。
非公開ですが許可をいただいて敷地内を見学し、飼育員の藤森唯さんと武田康祐さんからお話を伺いました。
バックヤードは 3 つのエリアに分かれています。
① 動物病院。入院室もあるそうです。生き物を扱っているのだから病院はあって当たり前。誰だって怪我もすれば病気にもなる。40 歳以上の寿命がある動物なら、なおのことでしょう。そういえばシロガオサキのモップくんも昨年、お腹の具合が悪くて入院しましたね。私も心配したけれど、獣医さんや飼育員さんたちの働きには思いが至らなかった。反省。
怪我で右足の膝から下を切断したシシオザルのシッコクは今、アジア館にいます。ハンディキャップを感じさせない活発さとか。よかった !
② 屋内飼育施設。歳をとって、また、病気や障害があるため群れに入れなくなる場合があります。逆に、成長にともなって両親とくらせなくなった個体もいます。彼らの生活エリアがこちら。それぞれが独立したケージで、十分な広さを確保するのは難しそうです。
ここでの最高齢は推定 50 歳オーバーのボウシテナガザルのドント。驚異の美魔男と愛されています。
シロテテナガザルのイレブンはバックヤードで生まれました。持病もあって自分のケージが彼の全宇宙です。陽にほとんど当たらないので「色白」だそうです。気候がおだやかなときにしか窓を開けられない屋内では、外の景色はもちろん風もあまり感じられません。ひとりぼっちで単調な毎日を過ごすのは、かわいそうかなと思いました。
ムネアカタマリンのサキちゃんは、ツイッターで人気者。ご寄附でタオルのプレゼントが届いたこと も。タオルが何より大事だなんて、「スヌーピー」に出てくるライナス みたいで、カワイイ !
卒業組はベルベットモンキーのブルー。アフリカ館でクチヒゲグエノンのキャロル、サイクスモンキーのライト、女子二人に囲まれて異種同居中です。ノホホンとできるのも人柄、いえ猿柄でしょうか。
シロテテナガザルのジェシカもギボンハウスでキュータロウとラブラブな生活を送っています。
③ 屋外飼育施設。展示エリアでくらせないカニクイザルやヤクシマザルがいます。カニクイザルは、その数なんと 69 頭。バックヤードに移動となったのは、特定外来生物に指定されたからです。脱走して野生のニホンザルと交雑しないように。大所帯で一つのケージは、狭くて気の毒に思いました。屋外のため寒さ対策は課題です。私が訪れた時は、グループケージの四方がプラスチックダンボールで覆われていました。その一部は透明なもので、日差し取りの窓になっていました。こちらはご寄附で。すべて飼育員さんの DIY の成果だそうです。ブログを見ると、確かに皆ケージに取り付いてる。冬の日差しは 貴重ですもんね。
限られたスペース、変化の乏しいバックヤードでのくらしに刺激を与えるべく、飼育員さんは日々、心を砕いています。おサルたちの幸せのために。その愛情と献身が私の胸を打つのです。
カニクイザル(Macaca fascicularis)の施設。(撮影:藤森唯)
さて、ここで朗報です!念願だった、屋内でくらす動物たちがおひさまの下で運動できる「おひさまエリア」が完成間近 ! 工事現場の方々の笑顔も陽に照らされて、目の前に建った屋内施設から延びる連絡通路と運動のためのケージが、キラキラ光って見えました。あれもこれも日頃の皆様からのご支猿のたまものです。ドントやイレブンは準備運動を始めたでしょうか。外の世界を初めて体験するイレブンは一体どんな気持ちでしょう。あゝ、ワクワクが止まらない。
最後に秘密、教えちゃいます。マダガスカル館のある丘の上からバックヤードが見渡せる。「おひさまエリア」で元気に遊ぶ彼らの様子が近い将来見られるかもしれませんよ。待ち遠しいなぁ。
連載 第7回 「今日もOSARU日和」
雨降りの動物園で
竹下 景子
(公益財団法人日本モンキーセンター親善大使)
2020 年 10 月 17 日。動物慰霊祭に参列しました。涙雨の中、飼育員の奥村文彦さん作詞作曲の「応猿歌」が私たちをいざなってくれました。おサルたちを愛してやまない気持ちが歌詞にも歌声にも満ち満ちて。別れは寂しいものだけど、送る側にはさまざまな思いも残していくけれど、たくさんの愛に包まれて幸せな一生だったのだろうな、と思いました。全国からお供え物を贈ってくださった皆さま、降り止まぬ雨にもかかわらず長時間ご同席くださった皆さま、この場を借りて私からもお礼を申し上げます。ありがとうございました。
そして、うれしいニュースも。南米館にくらすタマリンやマーモセットのための屋外運動場「おでかけタマリン」が完成。テープカットに参加させていただきました。中に入ると意外に広い。さんさんと降り注ぐ太陽のもと、可愛いタマリンたちがのびのびと遊ぶ姿を思い描いてその場をあとにしましたが、その後のツイッターで樹々の間を元気に走っている映像を見ました。みんなみんな楽しそう。よかったネ。
南米館ではジェフロイクモザルの黒いつぶらな瞳が心に残りました。モンキースカイウェイで見かける彼らは、長い手足と別の生き物みたいに動く尻尾の印象が強烈で、正直あまり可愛いと思ったことがありませんでした。でも、この日は雨で肌寒かったからでしょうか、みな静かに思い思いの時間を過ごしているようでした。中の 1 人と目が合いました。チロ、かな。黒い顔に目の周りがピンク。ひときわ黒い目がこっちを見ています。まあるい優しい目。私の中のジェフロイクモザル好感度が一気にアップしたのは当然です。あなたに会えてよかった。これからも元気でいてください。
ジェフロイクモザル (Ateles geoffroyi)のチロ。( 撮影:寺尾由美子 )
アフリカ館にもいました ! 黒いお顔で黒い瞳の美人、いえ美形サルが。ベルベットモンキーのハツ、ハンテン、ハッピの三姉妹。以前、ツイッターでベルベットモンキーのファンはそんなに多くない、とあったのを思い出しましたが、ベルベットモンキーの魅力が分からないアナタの目は節穴です。あ、ワタシの目か。スミマセン。個性あふれるアフリカ館の住人の中で、ベルベットモンキーは確かに地味な存在でしょう。でも、よく見ると、ふんわり丸い頭とその下にある顔を仕切るみたいに白い頬毛がフサフサ顔周りを包んで、黒い顔をいっそう黒くしかも小顔に見せている。コガオ、ああ、うらやましい。そして 2 つの黒い目がクルクルともの言いたげに動きます。食事の仕方もそれとなく上品だし。ハツちゃんらぶに落ちました。
最後に、飼育員の荒木謙太さんのご配慮で、特等席からアヌビスヒヒたちを見る幸運に恵まれました。ヒヒと同じ目線で、しかも間近なところから。これって、もはやボーナスですよね。ガラス窓を開けると気配を察して若い子たちが集まって来ます。その視線の先には、もちろん荒木さん。そう、みんなおやつを期待しているのです。中には鉄柵に取り付いて最後まで離れなかった子もいましたっけ。そう、イナリちゃん。あなたはまるで従順な子犬のようでした。見上げるように見つめて、でも決して手を出したりはしなかった。アヌビスヒヒっておとなしい ! 毛色が日光のかげんでオリーブ色やもっと複雑な色に見えるのと同様に、鼻筋の通った鉄仮面みたいな風貌も、角度を変えればその小さな眼に友情や信頼が宿っているのが見えてくる。 80 頭近くの群れでくらすヒヒだもの。ヒヒの社会に権力はない、と書いた学者もいます。アヌビスヒヒたちの間に穏やかな草原の風が吹き渡って行くのを見たような気がしました。
雨の日の動物園もいいものです。
おまけ情報
奥村文彦さん作詞作曲の「応猿歌」
竹下 景子 (たけした けいこ)
俳優。愛知県出身。1973年NHK銀河テレビ小説『波の塔』でデビュー。映画「男はつらいよ」ではマドンナ役で3作品に出演。テレビ・映画・舞台への出演のほか、「世界の子どもにワクチンを日本委員会」ワクチン大使、国連WFP協会親善大使など幅広く活動 。新たに2019年3月3日より、公益財団法人日本モンキーセンター親善大使を務める。
雑誌「モンキー」3巻4号に掲載された巻頭言はこちらから