雑誌「モンキー

連載 「今日もOSARU日和」

竹下 景子

(公益財団法人日本モンキーセンター親善大使)

撮影 篠山紀信

公式ホームページ内の親善大使の部屋へはこちらから

竹下景子さんのオフィシャルウェブサイトのスタッフブログにも、日本モンキーセンターが登場しています。

連載 第6回 「今日もOSARU日和」

あなたはだあれ ~ 個体識別

竹下 景子

(公益財団法人日本モンキーセンター親善大使)


この記事は、日本モンキーセンター発行の雑誌「モンキー」5号3巻 (2020) 60‐61頁に掲載した内容を転載したものです。

このところ、ドラマや演劇の現場でも Zoom アプリにお世話になることが多くなりました。でも、問題もある。顔と名前が一致しない。画面だけ、顔だけじゃもうお手上げ。日本モンキーセンターの飼育員さんは何十頭ものおサルをどうやって見分けているのだろう。方法は?何かコツがあるの?あったら教えてほしい。早速、訊いてみることにした。


当たり前だけど、おサルはみな名前を持っています。母親の頭文字を子どもに、がお約束。ハニー(母)、ハニ(娘)、ハル(孫)というように。名前を付けて個体識別をすると、血縁以外にも個の関係を把握するのに役立ち、管理もしやすいということでした。ヤクシマザルの場合。143 頭はモンキーセンター だんトツ。担当する舟橋昂さんのご苦労は、とうかがったら「名前を覚えること」と即、返事が返ってきました。現在も個体カードと本人を見て記憶中だそうです。メスには植物、オスには動物の名をつけてきたけれど、今はそのどちらでもない名前のサルもいるとか。ツイッターに登場する「ウィンキー」とかかな。

個体識別の手順は①家系をしぼる②性別③容姿から年齢を推定④顔、アザやイボ、鼻が切れてる、ハゲてる、などの特徴をつかむ。さらにはヒトへの表情、態度からも判別する、でした。気の遠くなる作業を、連日ほんとにお疲れ様です。


ヤクシマザル (Macaca fuscata yakui) たち。
リカオン:左目横に白いアザ。ボーっとしてる。
チドリ:口元の左側にできもの。図々しい。

( 舟橋昂 )
タガメ:鼻が切れてる。挙動不審。
ヒャポタ:丸顔でおでこのラインが緩やか。よく食べ物を盗む。

アヌビスヒヒの場合。ヒヒの城には 79 頭(アフリカ館には 3 頭)の群れが元気にくらしていますが、残念、私には彼らを見分ける眼力がありません。担当の荒木謙太さんに名指しでおそわった「ナッシュ」「ロミオ」ぐらいです。「他の種に比べて顔に特徴が少ない」彼らを個体識別するのはやはり難しいようで、毎日しっかり見ることで少しずつ個体の特徴を掴んでいったそうです。離れた場所から動き回るヒヒたちを。頭が下がります。

アヌビスヒヒ (Papio anubis) たち。
ナッシュ:全体的に丸く、のっぺり顔。顔の色がうすく、毛の色が明るい。
ヤッタ:下唇の真ん中が裂けている。

( 荒木謙太 )
ロミオ:顔が整っている。おでこが「W」、手の先が暗い。
ロイド:体が大きい、右頬に穴が空いている。

ワオキツネザルの場合。Wao ランドにメス 3 群れとオス 1 群れで計 45 頭。マダガスカル館に 5 頭。Wao ランド mini に 3 頭。合計で 53 頭。ワオッ! いつもみんなで仲良しイメージのワオキツネザルですが、平和に暮らしていくためにも群れの編成は大切です。メスの方が強く繁殖期にはメス同士の闘争が増えるので、群れの調整をするのも飼育員さんの仕事です。担当の市原涼輔さんは、先任者から目の色や額の模様などの引き継ぎがあった上で、尻尾の長さ、突き出ている口の長さで見分けるのだとか。でもそれって、ちょびっと(スミマセン名古屋弁です)の違いでしょう?見慣れてくると体型や毛色の明るさも参考に。歩き方の癖や仕草、目の表情などの特徴を掴んだらシメタもの。市原さんは習得までに 2 ヶ月を要したそうです。私は目下「レンガおじいちゃん」と額がハートの「レミントン」だけ。カミってます、市原さん。

ワオキツネザル (Lemur catta) たち。
レンガ:鼻筋に黒い点。細身で動きがゆっくり。
プタハ:背の毛色が明るい。頭頂部の毛がツノみたいに立っている。

( 市原涼輔 )
レミントン:目の色は黄色。額の模様がハート。
レアル:額の模様が扇形。耳が横を向いている。

ボリビアリスザルの場合。全 24 頭が、ただいま群れの再編成中。よく地面を掘ってる「ミカンおばあちゃん」と、アイドル「ハーゲン」は今のところ分かります。あとは…田中ちぐささんも前任者からの引き継ぎをふまえて、毛並み、顔の黒い部分の形、耳の下がり具合、目の大きさ、頭の形で識別します。半数はイレズミしてるんですって。初めて知りまし た。2 ヶ月通えば、と励ましてもらったけれど、ちっちゃいですよね…。森の中だし…。

飼育員の皆さま。日々お忙しい中、質問への回答ありがとうございました。個体識別にマニュアルもコツもないのですね。ひたすらコツコツと努力を重ねる一方で、個体と群れの心身の健康に気を配り、幸せを目指す姿勢が伝わってました。おサルたちへの深い愛情も!愛するとは与えること。そして、その先には希望が見える。多くのおサルに名前の自覚はないようですが、田中さんが呼ぶと返事をすることがあるって。市原さんが「帰るよー」と言えば一目散にハウスに帰る。伝わってるんですよね、ちゃんと。

ボリビアリスザル (Saimiri boliviensis) たち。
カン:体が細く、動きがゆっくり。
ハロ:頭がとんがっている。

( 田中ちぐさ )
ハオ:左目の上下にイレズミが入っている。
(左下)ハル:頭頂部がたいらで目が大きい。(右上)ハーゲン:群れで一番小さい。親子でも似ていない。

連載 第5回 「今日もOSARU日和」

スローロリス、神様からの贈り物

竹下 景子

(公益財団法人日本モンキーセンター親善大使)


この記事は、日本モンキーセンター発行の雑誌「モンキー」5号2巻 (2020) 32 ‐33頁に掲載した内容を転載したものです。

7 月、いつもどおりの梅雨。でも、いつもと違うのは、このところの「巣ごもり」生活。もう、ほとんどルーティン。おサルや他の生き物たちをツイッターやユーチューブで追いかけるのが日課になりました。飼育員さんの奮闘ぶりを頼もしく思ったり、今の自分と比べてちょっとうらやましく感じたり。

そんな中で見つけました!スローロリス!カ・ワ・イ・イ‼愛らしい動画がいっぱい上がってる。つぶらな瞳。手に乗るくらいの大きさ。モフモフ。物静か(に見える)。両手でゴハンを食べるし、ちゃんとお座りしてるのもいる。あどけない仕草。丸くなったり、止まり木の間に収まって眠る様子も愛おしい。

次々開くと、解説に続いて「値段」「ペット」「飼い方」と出てきた。???ペット!飼い方! 値段!!! ああ、なんてこった。

だって、野生動物でしょう?絶滅危惧種なんでしょう?

スローロリス保全センターのレッサースローロリス(Nycticebus pygmaeus) のロージー。( 撮影:根本 慧 )

日本モンキーセンターには、スローロリス保全センターが設けられています。今は 13 頭のレッサースローロリスが安全に平和にくらしていますが、このうちの、なんと 12 頭が日本に密輸され、税関で保護されました。ふるさとのアジアの森林で捕獲され、袋にギューギュー詰めにされたあげく、途中で死んでしまうことも多いとか。そして、運よく生き残れば高値で買い手がつく。最近のエキゾチックペット流行りで、国際的に禁止された今でも密猟、密輸、違法な飼養は後を絶たず、日本はそれら犯罪の温床だと、ものの本にも書いてあった。

珍しいからといって野生動物をペットにするのはリスクが大きいでしょう。そもそもロリスは夜行性だし。眠いのにずっと起こされていたら、私だって隣りの人に噛みつくかもしれない。そう、スローロリスは霊長類の中で唯一「毒」をもっています。スローモーションの映像みたいに超ゆっくり動くスローロリスの武器は、ショック死することもあるこの毒と、鋭い歯。そのために歯を抜かれてしまうケースもあるらしい。人間の都合で、ヒドすぎる。

インドネシア・ダナムバレイの野生のボルネオスローロリス(N. bancanus) 。( 撮影:林 美里)
アラビアガムをなめるレッサースローロリス 。( 撮影:根本 慧 )

人間の過剰な経済活動が 地球を傷つけ、自然環境を破壊しています。アジアで、アフリカで、アマゾンで森林伐採が止まりません。天然のクーラーとなっている森林が失われれば、地球温暖化に拍車がかかります。近くは南北アメリカやオーストラリア大陸、ツンドラ地帯の大規模な火災。また、ここ数年、日本各地で線状降水帯が引きおこした甚大な豪雨被害も、地球温暖化による気候変動が原因だと言われています。

森は失われ、生き物はすみかをなくしました。スローロリス、チンパンジー、ワタボウシタマリンも絶滅危惧種です。追いやられたのは生き物ばかりではありません。いえ、正しくは生物とも無生物ともいえる新型コロナウイルスもまた、ひそやかな森林での生活を奪われ、またたく間に私たちヒトをターゲットに定めました。ともに生きていくには、まだしばらく時間がかかりそうですが。

スローロリス保全センターの 13 頭のうち 12 頭は、オスメスペアで仲むつまじくくらしています。みなが赤ちゃんの誕生を待ち望んでいます。赤ちゃん、私も見てみたい。妊娠しやすい食べ物とか、ないのかな。スローロリスについてはまだまだ研究中だそうです。大好物は特製の「アラビアガム」という樹液(インクみたいなマズい味、と飼育員さんが言ってました)で、ペロペロおいしそうになめていました。

もろくて繊細。奇跡のバランスで成り立っている生態系。消滅したら二度と取り戻すことはできません。スローロリス。命のきらめきを瞳に映して。神様は私たちに、その運命を託されたようにも思えてくるのです。

連載 第4回 「今日もOSARU日和」

たき火にあたる、ストーブにあたる

竹下 景子

(公益財団法人日本モンキーセンター親善大使)


この記事は、日本モンキーセンター発行の雑誌「モンキー」5号1巻 (2020) 4 ‐ 5頁に掲載した内容を転載したものです。

モンキーセンターの冬の風物詩「たき火にあたるサル」を見学する機会に恵まれました。日曜日とあってかなりのにぎわい。モンキーバレイは文字どおり山々に囲まれた緑の(当時は冬景色でしたが)谷です。継鹿尾山(つがおさん)を借景(しゃっけい)にして、おサルたちののびのびくらす様子が眼下に広がっています。ヒトがサルを見る、サルからも見られていますねぇ。ほらほら、やぐらの上でひとりこちらに向かって手をパチパチしている。「かわいそうに、お腹が空いているのね」と思ったら、さにあらず。ピヨンちゃんは順位トップの女の子だそうで、となると「ちょっとちょっと、あんた、よそ見すんじゃないわよ、あたしでしょ、ア・タ・シ!」鉄火なあねごに見えてきた。エサをもらってもパチパチパチパチ、エンドレス。頬袋が満タンにならないと止めないのかしらん。たくましいです、あねご。

たき火にあたるサルを見られるのはモンキーセンターだけ。1959 年、犬山野猿公苑の職員が伊勢湾台風の際に出た流木や倒木で暖を取っていたら、おサルが寄ってきたのだそうだ。動物なのに火を怖がらない。職員さんはさぞ驚いたことでしょう。お客様も職員もおサルも一緒にたき火をかこむ図、見てみたかったナァ。当時、私は東京の東村山に住んでいて、その日は雲があんまり速く流れるものだから、近くのコンクリートの給水塔が、ゆらゆらと倒れそうに見えたのを覚えています。台風は大きな爪痕を残しましたが、その一方で、ほほえましいヒトとサルとの交流がはじまったのですね。

犬山野猿公苑が閉苑されて、おサルたち は現在のモンキーバレイに引っ越しました が「たき火にあたる」文化的行動は引き継がれ、めでたく 60 周年を迎えました。見 ていると、14 時の「ほかほかおイモタイム」が近づくにつれ、みんなソワソワ。分かってるのね。年長者ほど火を恐れなくなるそうです。

犬山野猿公苑時代のたき火にあたるサル。(JMC アーカイブより )
60 周年目のたき火にあたるサル。左がアルバ。右はウィンキー。( 撮影:舟橋 昴 )

あ、いたいたアルバ。約 150 頭いるヤクシマザルの中でも個性的なヘアスタイルとたき火近くで頑張ってるおかげで、私にも見分けることができました。初めてツイッターで見た時には、モヒカンヘアとツンととんがった両の耳が衝撃で、あのノートルダム寺院の尖塔の端に鎮座している怪物シメールを思い浮かべてしまった。でも、無心に焼き芋を待ちわびてる姿はいじらしいアルバだったっけ。これがアルバに会った最後になりました。20 才のボーダーラインを超えてよく頑張ったね。あなたの鬼ヘアはウインキーがしっかり引きついでくれるそうです。どうぞ安らかに。

熱々のお芋を池で洗ってから食べてる子がいる。中には熱くもないレタスの葉っぱを洗う子もいる。これも文化的行動。あと、インスタグラムに、食事の後に石を両手で持って打ちならしたり、大きな石に何度も打ちつけたりして遊ぶ動画が上がっていた。これも学習の成果らしい。

もうひとつの風物詩、ワオキツネザルのひなたぼっことワオ団子。Wao ランドに行ってみました。運動場に出ていたのは女の子のグループ。数年前に訪れた時は、まだ小さな子どものワオキツネザルが何頭かいた。今、私の目の前に、あの時の子がいるのかしら。もうすっかり大きくなっているんだろうな。人の手に触れそうなところでプチトマトにかぶりついていたと思ったら、パッと散って思い思いの場所で両手両足をパカっと広げて日光浴をしている。女の子なのにオッサンぽい。そして絵になる。ワオキツネザルはいつも連れだってるイメージ。だから絵になる。そして、ついにトレンドになった。3 月 15 日「寒い時はやっぱりワオ団子だね!」のツイッター。なんて絵になるんだ。ありがとう市原さん!

ストーブにあたるワオキツネザルたち。( 撮影:市原涼輔)

竹下 景子 (たけした けいこ)

俳優。愛知県出身。1973年NHK銀河テレビ小説『波の塔』でデビュー。映画「男はつらいよ」ではマドンナ役で3作品に出演。テレビ・映画・舞台への出演のほか、「世界の子どもにワクチンを日本委員会」ワクチン大使、国連WFP協会親善大使など幅広く活動 。新たに2019年3月3日より、公益財団法人日本モンキーセンター親善大使を務める。

公式ホームページ内の親善大使の部屋へはこちらから

竹下景子さんのオフィシャルウェブサイトのスタッフブログにも、日本モンキーセンターが登場しています。

雑誌「モンキー」3巻4号に掲載された巻頭言はこちらから

雑誌「モンキー」の定期購読はこちらから