論文刊行 日本語解説

スローロリスのオスたちはどのように仲間と関わるのか?

~スローロリスの持つ社会的な欲求と飼育下での社会管理への示唆~

山梨 裕美(京都市動物園・京都大学野生動物研究センター)根本 慧(公益財団法人日本モンキーセンター)ホスエ アレハンドロ(京都大学霊長類研究所)

Yamanashi, Y, Nemoto, K, Alejandro, J. Social relationships among captive male pygmy slow lorises (Nycticebus pygmaeus): Is forming male same‐sex pairs a feasible management strategy? Am J Primatol. 2021;e23233. https://doi.org/10.1002/ajp.23233

はじめに

 スローロリス類は世界自然連合(IUCN)のレッドリストでは現在9種類に分類されています(IUCN, 2019)。その中でも最も体サイズの小さいレッサースローロリス(ピグミースローロリス)は、絶滅危機(Endangered)に分類されています。生息地の破壊などに加えて、個体数減少のひとつの大きな要因が、ペットのための違法取引です。残念なことにこれまでに日本でも多くの密輸個体が摘発されてきており、その一部が公益財団法人モンキーセンターのスローロリス保全センターで暮らしています。スローロリス保全センターでは動物福祉向上のために、設立時から、オス同士、メス同士、オス‐メスペアといった様々な組み合わせで同居の試みをしてきました。

 夜行性のスローロリスたちは古くは単独性であると思われていたこともありましたが、近年の野生での調査から同種他個体と様々なに関わりながら暮らしていることがわかってきています。たとえば、成熟オスと成熟メスのホームレンジが重なっていることや、家族内では親和的な関係性を持っていることが示されています。ただし、同性の成熟個体同士は排他的なホームレンジを築いていることが多く、その社会関係はわかっていません。飼育下ではスローロリスたちが多様な社会交渉を見せることが報告されていますが、定量的な評価はほとんど行われていません。彼らは仲間と関わる欲求があるのでしょうか。また関わることでメリットを得ているのでしょうか?

 今回の研究は、主にオス同士の関係性に焦点をあてて、行動や生理学的なストレスレベルの変化を評価したものです。これらをもとに野生でもほとんどわかっていないピグミースローロリスの社会行動について調べるとともに、スローロリスの同居が動物福祉の観点から適切な社会管理手法と言えるのかどうかを議論しました。

研究手法と成果

 公益財団法人日本モンキーセンターでは空港などで摘発・保護されたレッサースローロリスの飼育環境改善および環境教育・研究拠点とするために、2016年にスローロリス保全センターを職員・研究者の手で設立しました。その中で、16個体(オス10個体、メス6個体)を対象に、同性のペアを作り、社会関係の構築過程について調査を行いました。すべての個体は成熟個体で5歳以上でした。2016年から2018年にかけて8つの組み合わせで試したのちに、5つのオスペアが形成できました。暗闇の中の行動を記録するために赤外線監視カメラを設置しました。2組のオスペアについては同居前2週間と、同居後1か月間の糞を収集して、そこから生理学的なストレスの指標となる糞中グルココルチコイド代謝産物濃度を測定しました。

 オスペアは、初期にはケンカが観察されましたが10日ほどで収束しました。オス‐メスペア・メス同士は初期からケンカはほとんど観察されず、初日から高いレベルでの親和行動が観察されました(図)。初期には性別による違いが顕著でしたが、最終的にはオスペアでもメスペアでも、オス‐メスペアでもグルーミングや遊び、夜間の寝場所の共有といった社会交渉が観察され、攻撃交渉はほとんど観察されなくなりました。

 興味深いことにすべての組み合わせで、スローロリスたちが寝る時間帯には寝場所を共有する様子が観察されました。寝場所の共有は偶然よりも高い確率で観察され、寒さとの関連も見いだせませんでした。さらに、2組のオスペアの糞中グルココルチコイド代謝産物濃度の変化を評価したところ、両ペアとも同居によりストレスが長期的に増加することはありませんでした。1ペアでは、最終的には同居前よりも有意にストレスレベルが減少していました。

 以上の結果から、同性の成熟個体であっても、レッサースローロリスが親和的な社会関係を築くことが示されました。寝場所の共有を積極的に選択していることからも、仲間と関わる欲求を持つことを示唆しています。ただし、オス同士のペアは初期にはケンカも観察されるので、理想的な組み合わせではないかもしれません。しかし、最終的に築く親和的な関係性を考えると、密輸摘発個体の飼育環境改善や動物園での余剰個体の問題などを解消する社会管理手法のひとつとなりうると考えています。

Nagi&Popura 20160902 short.mp4

波及効果、今後の予定

 レッサースローロリスが仲間と関わる欲求を持っていることを示しました。特にオス同士の関わりに焦点をあてた初めての論文です。これらの結果や用いられた手法は動物園やリハビリセンター、サンクチュアリなどのスローロリスの動物福祉向上のために寄与すると考えられます。また、こうしたアプローチは他のスローロリスの種やそれ以外の種においても、応用可能かもしれません。

 動物福祉への配慮を考えるうえで、社会的な環境の影響は大きいものです。ただし、環境や動物種、組合せによって同じ空間で暮らすコストとベネフィットはかわってきますので、今後も調査していく必要があります。また、こうした密輸摘発個体がそもそも発生しないための制度設計などが非常に重要です。