2012年4月1日から順天堂大学医学部生化学第一講座を担当しております横溝岳彦と申します。
私は医学部卒業後、3年間を産婦人科医として過ごし、患者さんから多くのことを学びました。陣痛促進薬として患者さんに投与していたプロスタグランディンの作用機序に興味を持ち、基礎医学の道に入りました。東京大学医学部生化学教室の清水孝雄先生の薫陶を受け、実験と研究の面白さに魅せられてから、早くも30年以上が経過しています。大学院では酵素学を学び、その後生理活性脂質の受容体を中心に研究を展開してきました。好中球の走化性因子として知られていたロイコトリエンB4の受容体BLT1の発見(Nature 1997)と遺伝子欠損マウスの解析を通じて、ロイコトリエンB4が単なる炎症性メディエータではなく、重要な免疫制御因子であることを明らかにすることができました。2000年に偶然発見したBLT2受容体(J. Exp. Med. 2000)は、当初ロイコトリエンB4の低親和性受容体だと考えていましたが、これまで忘れられていた炭素数17の脂肪酸12-HHTが生体内リガンドであることを発表することができました(Okuno, J. Exp. Med. 2008)。それまで12-HHTの生理活性の報告はありませんでしたが、皮膚損傷時に血小板から産生される12-HHTがケラチノサイトの移動を促進して創傷治癒を促進すること(Liu, J. Exp. Med. 2014)、上皮細胞間の細胞接着を強化して皮膚バリア機能を維持するのに重要であること(Ishii, Faseb J 2016)や急性肺損傷から個体死を防ぐ作用があること(Shigematsu, Sci. Rep. 2016)を見いだすことができました。最近では、質量分析計を用いた脂質定量解析を進め、多数の臨床教室と共同研究を行い、全身麻酔薬プロポフォールがロイコトリエン産生を抑制することで抗炎症作用を発揮している事(Okuno, Faseb J 2017)を見いだしました。また、脂肪酸そのものにも興味を持つようになり、脂肪酸不飽和化酵素(Ri, Commun Biol, 2022)や脂肪酸輸送体の研究も開始しています。少しずつしか進まない研究ではありますが、誰にも否定されることのない確実な研究成果を残してこれたことを嬉しく思います。
研究は地味で辛い作業です。数多くの予備実験を繰り返し、何度も再現性を取らなければなりません。ようやく成果をまとめあげても、今度は論文のレビューワーとの辛い戦いが待っています。それでも研究は楽しいものです。誰も見つけることのできなかった分子を発見し、その機能を誰よりも先に知ることができた時の、あの血液が沸騰するような興奮を一度味わってしまうと、研究から離れて生きていくことはできません。応用研究がもてはやされるこの頃ですが、私は知的興奮をもたらす基礎研究にこだわっていきたいと思っています。そして、発見の興奮と喜びを、一人でも多くの若い研究者の卵に味わって欲しいと切に願います。
私は熊本のカトリックの学校で「Man for others」を人生の目標とする教育を受けました。研究者としてもこの気持ちを忘れないように心がけています。医学部学生に対しては、常に問題意識をもって教科書や実習に望み、科学的な視点を失わない医学生の初期教育をめざしています。基礎医学に興味を持つ学生には早い段階から研究にふれるチャンスを与えたいと思います。大学院生の教育については、正確な再現性のある実験を正確に行える研究者、自らの実験結果から真理を見いだし、それを自ら論文や学会発表で世界に発信出来る研究者の育成を心がけています。基礎研究に興味のある先生方は、ぜひご連絡いただきたいと思います。 基礎医学研究の醍醐味を若い世代に伝え、順天堂大学の発展に少しでも貢献することが出来れば、これに勝る喜びはありません。
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略歴
1988 東京大学医学部医学科卒業、医師免許取得
1988 東大病院と関連病院にて3年間の産婦人科医師研修
1991 東京大学大学院博士課程入学(生化学第二講座、清水孝雄教授)
1995 同 修了 (医学博士)
1995 日本学術振興会特別研究員
1998 東京大学 助手
2000 同 助教授
2006 九州大学大学院医学研究院 医化学分野 教授
2010 九州大学主幹教授
2012 順天堂大学大学院医学研究科 第一生化学講座 主任教授
2010〜2015 科研費 新学術領域「脂質マシナリー」領域代表
2018〜 AMED-CREST、PRIME「組織適応・修復」領域副統括(兼任)
2018〜2021 日本学術振興会学術システム研究センター 研究員(兼任)
2019〜 Steering Committee Member, ICBL
2019〜 Board member, Eicosanoid Research Foundation
2022〜2023 日本生化学会 副会長
2023〜 日本生化学会 会長
受賞歴
平成11年(1999年) 第6回国際エイコサノイド学会Young Investigator Award
平成13年(2001年) 第74回日本生化学会奨励賞
平成16年(2004年) 第1回東京大学医学部ベストティーチャー賞
趣味
登山、スキー、料理