細胞分裂動態に潜む
力による制御メカニズムの解明

細胞分裂は複製された染色体を2つの娘細胞へ分配する過程である。この過程で染色体は、分裂面への整列(分裂前期~中期)、紡錘体極への移動(分裂後期)に伴う力を受ける。この分裂に関わる力を発生する装置が「紡錘体」と呼ばれる超分子構造である。紡錘体は微小管とさまざまな種類の分子モーターから構成され、微小管の重合・脱重合や、分子モーターが発生する力を直接的・間接的に染色体へ伝えている。本研究テーマでは、細胞分裂動態に潜む力による動作・制御メカニズム、すなわち、紡錘体内でこれらの力がどのように制御されているか、また紡錘体が発生する力が分裂にどのように関わっているかについて、イメージングと紡錘体・細胞の直接顕微操作・力測定技術を組み合わせることで解明することを目指している。

紡錘体の力学応答性と形態制御メカニズム

通常、細胞には細胞膜があり、その細胞内の紡錘体を物理的に顕微操作することは難しい。そこで私達は、アフリカツメガエルの未受精卵から抽出した細胞質溶液中で自己組織化される紡錘体を直接顕微操作し、細胞の中で起こる紡錘体形成や染色体分配の現象を、スライドガラス上で再現して任意に解析できる実験系を用いている。すでに私達は、この in vitro 紡錘体形成系にMEMSカンチレバー()を応用することによって、紡錘体の力学特性の直接操作・計測・解析を実現した(詳細)[1](図1)。その結果、紡錘体は粘弾性的な性質をもつことが明らかとなった。また、変形により紡錘体の内部構造を一時的に破壊(塑性変形)しても、安定な内部構造をもつ紡錘体が自発的に再構成されることも分かった。 最近、この再構成現象の解析により、顕微操作によって外部から紡錘体内の力バランスを変化させることで、細胞質環境と染色体数の変化を伴わずに、紡錘体の大きさを任意に規定できることも明らかとなってきている[2]。このように、力発生装置である紡錘体の構造の柔軟性や力学的性質の安定性が、正確な染色体分配を担保していると推察される。

図1. 中期紡錘体の顕微操作像

紡錘体が発生する力の細胞分裂への作用

分裂期にある細胞の内外で働く力は、細胞骨格を介して、細胞の形態変化や細胞分裂の軸方向の決定などの機能に関わっている。本研究室では、MEMSカンチレバーを用いて、培養細胞を顕微操作することで、細胞分裂の進行を制御することに成功している(詳細)[3](図2 右)。この研究により、細胞を圧縮する方向や大きさを変えることで、細胞膜を介して紡錘体に働く張力を可逆的に増減できること、また、染色体分配の開始を早めたり遅めたりできることが分かった(図2 左)。この結果は、様々な細胞機能が外部から物理的に補完・制御可能であることを示唆する。

図2. 細胞分裂期細胞の顕微操作と外部負荷による染色体分配開始の制御

注)MEMS(Micro Electro Mechanical Systems:微小電気機械)デバイスとは、半導体技術を用いて製作したマイクロ(10-6)メートルオーダーのデバイスである。


参考文献

[1] Itabashi, T. et al., Nat. Methods 6, 167-172 (2009) [article | press release]

[2] Takagi, J. et al., in preparation/Submitted (2012)

[3] Itabashi, T. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA 109, 7320-7325 (2012) [article | press release]