一分子顕微解析による
分子機械の動作原理解明
分子機械の動作原理解明
すべての生物機能は、それ固有のタンパク質機能分子が組織化された階層構造によって担われている。本研究テーマでは、階層構造の最下層に位置付けられる、10から100ナノメートル(nm)の大きさのタンパク質一分子、すなわち「分子機械」を研究対象とする。光学顕微鏡システムによるナノレベルの顕微解析・操作技術を駆使し、「見る(imaging)」のみならず「操る(manipulation)」ことにより、分子機械の動作原理を解明する。
化学エネルギーを力学的エネルギーに変換し、生物運動の根本を担う分子機械がミオシンやキネシンといった生体分子モーターである。化学物質を分解する化学的(chemical)な機能と、分子モーター自身が構造変化する機械的(mechanical)な機能がいかにして共役(coupling)するか、その巧妙な仕掛けを探るべく、光ピンセット(レーザー光を絞り込むことで、直径1 μm程度のポリスチレンビーズを捕捉してpNオーダーの力を加え、操作できる装置)を組み込んだ光学顕微鏡システムによって、分子モーターに負荷を加え、分子機能にどのような影響を与えるかを解析する[1, 2]。
本手法を、微小管上を歩行するキネシン [3-5]や、アクチンフィラメント上を歩行するミオシンV、ミオシンVI [6-8]といった分子モーターの機能解析に適用したところ、負荷を与える方向によって酵素活性の基質であるヌクレオチドの結合定数が大きく変化すること(図1)などが判明した。このような化学・力学特性は分子モーターの運動に「方向性」を与える極めて重要な性質である。
図1. キネシン一分子の運動における頭部間内部負荷とADP親和性の関係を示す模式図
一方、こうした結果はリニアモーターの運動原理を示すにとどまらない。細胞分裂の際、両極から微小管を脱重合することにより染色体が両極へと移動する機能を支えるMCAK(微小管脱重合キネシン)を光ピンセットにより捕捉したところ、MCAK分子は1 pN程度の力を発生するが、微小管の脱重合は抑制された[9]。負荷の向きにより酵素機能が変調をうけるという性質は、力学酵素が担う生命現象の本質を突くものと推察される。
微小管やアクチンフィラメントといった線維状重合体は、細胞内に骨格のように張り巡らされた細胞骨格を形成し、細胞の形状を維持するほか細胞変形の柱となる。こうした細胞骨格が伸展、歪曲といった様々な外力に曝されていることは明白である。そして、このような外力が細胞骨格の構造に影響を与えるかを評価するべく、部分的に蛍光ラベルしたアクチンフィラメントに光ピンセットで伸展力を与えたところ、蛍光強度が変化したことから「分子歪み」の存在が明らかとなった[10](図2)。外力に起因する分子歪みが、アクチン結合タンパク質との相互作用に影響を与え、細胞機能を制御する可能性を示唆するものである。
図2:両端に結合したビーズ(球状)を操作することにより生じたアクチンフィラメント(線状)の蛍光強度変化
このように、力学酵素である分子モーターが力を発生し、その結果生じた分子歪みによって分子モーター自体の酵素機能が変調を受けるといった化学・力学フィードバックループ、そして細胞骨格の分子歪みによる細胞機能の制御といった、構造と機能の自己組織的分子メカニズムを、一分子顕微解析法によって解明することを目指している。
参考文献
[1] Nishizaka, T. et al., Nature 377, 251-254 (1995) [article]
[2] Nishizaka, T. et al., Biophys. J. 79, 962-974 (2000) [article]
[3] Kawaguchi, K. & Ishiwata, S., Science 291, 667-669 (2001) [article]
[4] Kawaguchi, K. et al., Biophys. J. 84, 1103-1113 (2003) [article]
[5] Uemura, S. & Ishiwata, S., Nat. Struct Biol. 4, 308-311 (2003) [article]
[6] Uemura, S. et al., Nat. Struct. Mol. Biol. 11, 877-883 (2004) [article]
[7] Oguchi, Y. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA 105, 7714-7719 (2008) [article]
[8] Oguchi, Y. et al., Nat. Chem. Biol. 6, 300-305 (2010) [article]
[9] Oguchi, Y. et al., Nat. Cell Biol. 13, 846-852 (2011) [article]
[10] Shimozawa, T. & Ishiwata, S., Biophys. J. 96, 1036-1044 (2009) [article]