事の彩度 k o to no said o
一の彩度 ■ Intensity of /çi/
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23
闇
1
時の左手に
影も拐われた
部屋で独り
まだ残されていて
此処にもいらない
何処にもいらない
夜を狭めて
おれを狭めて
抱えた膝よりも伏す瞼よりも
延々と薄らう狭間——
いらないのに
どうしても闇が広い
2
ひかりで見え
ひかりで言いたい
と夢しながら
陰影さえ
見分けられず
言い得ず
常に闇闇と伏す侭を
許されるのだ
ここは
小さい 小さい 瞼の裏
鑑賞会
東から炎上、山際、
グラデーションに明らむ空へ、
散らばったのは煤か鳥か。
ひらひらと四角や五角の辺をなぞって、
市街地へ燃え広がる朝が、
おれの部屋も引火、煤が一羽、
横切る。
目覚めたおれを客にする
六畳の映画館で
「来る、あれは人間マーチだ、
各々みずから皮膚を剥き、
揃いの服にはらわたを積む、
人間。人間。ほら人間。
ソプラノリコオダ指揮棒に、
九九四苦八苦そそかしく、
小さい順に列成し飛び込む、
正門、正門、正なる門。
ネクタイのずれは人生のずれ、
と締め括っている(のは辛くないか)。
信号待ちあくび連鎖をし、
白線ひとつ跨いだら、
子猫だった臓器を綱引き、
する、カラス。カラス。カラス」
の色に暮れていく
やがて窓には夜と
写されたその顔が
おれが——エンドクレジット
観終われば
観たくなかった気持ちだけが残る馬鹿げたフィルムを
馬鹿面で観ている
観つづける
黴
齧れば舌のうえ
緩む肌に
青痣の散り
汗の芳しさ諸共
喰い剥ぐ血肉が
胃に
溶けわたる詩の
ブルーチーズ
膜をひらいて
濡らされるのを
待っていた
日記帳に
流血
流血
流血で書け
滲みつく字の湿度に
黴は膿む、膨れる
その香を舐めとって
笑う詩人
水滴
——・
夜ごと食いさしを溜めた
シンクは創世前
縊られた蛇の口なお滴り
食器皿に子供たち油と浮いている
((・))
堕っことす血に可愛い名をつける
母親とは狂気の沙汰
祝いのさんざめいて
子供たち油と浮いているのに
((( )))
食器皿の縁から伝い漏れ
排水溝に渦巻いていく
最期には海だ
産まれても 産まれなくても
( )
洗い流されたシンクに
再び積もる創生前
二の彩度 ■ Intensity of /ɸu/
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15
砂場
少年は泳いだ
乳白の海を
掻き毟って
掻き毟って
泡粒を舞わせ
泳いだ
爪は削れ
指は傷つき
それでも
乾いた砂場を
深く深く
泳いだ
少年は
少女へと
砂場を
くぐっていく
その穴と
せりあがっていく山山
夕陽なのか
血なのか
染まった砂場に
突っ立つ、少女。
のうぶるしっと
raped looped faced taste maple knowable 脳 bullshit
caked image: female pleats
caked image: erase please
ah you're reason raze female on
are your regions? raise e-male out
醜い腹
泣けばいいのに
言葉ひとつも吐けずに
わたしの肩に
縋っていればいいのに
おかえり
どうせ居なくなる人
なにかを目指して
歩幅を広く出掛けていく
わたしは見送ることの
得難い幸せを守れず
これとは違う世界を夢見ている
人並みの強さと美しさで
生きているあなたが憎い
その膝を杭で留めたら
ここまで這ってきてくれるのかしら
醜い腹にも
胎盤は据え付けられ
漏れるようにできている
あなたをわたしで作り直せば
弱い手足で生まれて
——くれるのかしら。って夢見ている
だから逃げて
もう帰ってこないで
宿命
おんなを宿命されたもの
断崖から身投げする
暗潮七日
その海中へ沈みゆく
裂けるほど
腫れあがる痛みが
遠のいて
まだ
宿命は尽きずに
揺り戻された身で
浜を噛んでは
断崖へと歩み始める
おんなを宿命されたもの
黒錆の月を濯ぎ落とすまで
三の彩度 ■ Intensity of /mi/
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17
線の海
1
ブラインドから
擂り下ろされた林檎みたいに
垂れてくる朝
べたべたの、爽やかな、
スポットライトに
喝采は 音無く舞う埃と
抜け毛の花束
生活は
夢が終わればこそ
始まる
よじれたシーツに
汗が匂うことの充溢に
打たれて落ちる幕と
跳ね上がる瞼
少しも痛まずわたしから抜け落ちて
だらしない'ん'を書いている
そこらじゅうのわたしだったもの
ベッドから降りるたび
余された未来が縺れてひどい寝癖
2
リビングに降りると、まずはコーヒーの香りが。
それから「おはよ」って涼しい二音節が迎えてくれる。
差し込む陽がレースに点在する黴を照らして、
舞う埃も清潔に感じられる朝。
ひとつひとつの気づきが寄り集まった位置にわたしがいて、
キッチンにあなたがいて、
二人の上に振られた固有のルビをまた思い出す。
初めて会うことはできなくなった人。
レギュラーコーヒーが決まった濃さで沸くのも、
二人で繰り返し続けている思い出。
生命が休符に音楽を宿したその日から、終わりは終わらず、
なにもかも線状に繋がり続けている。
「おはよ」雨後のディープリバー。
途切れ途切れにあるはずの点を指先で押し辿ったその後に生まれる、
方向へ。わたしたちは方向へ、沈黙さえ流れとして撚り合わされていく。
「ミルクは」テーブルに置かれた、
「いらない」コーヒーカップ。
例えば
星座を千切って星の名を忘れる
なんだっ け
はらりと抜け落ちた毛
その軽い線分ひとつで
容易く世界は解け落ちて
もうどれが人差し指かも
わからないで あなたどおりを
描き直しても
φ 呼べない顔が縺れる
例えば そういうとき
夜空もひとつの穴だった
「へいき、だいじょうぶ」
横転して流れる闇が、地を舐め尽くすよりも
早く、ネピアの翼を引き抜き真白い羽根を散らした。
コーヒーを吸い取るティッシュは、削ぎ落とされた夜空
みたいにテーブルに張り付いて。
「あーあ」
「ごめんね」
3
網膜に落ちた水滴の
残響が織りあげる世界の広さ
移ろうことを見ている
瞳が打たれて響く後で
揺れた 揺れる刻々の皺
見ているわたしは
網膜を張る額に過ぎなかった
ベランダに落ちている
茶色いまだらの蛾
雲が薄まっていくように
そして空色が深まるように
崩れていく死が網膜に落ちた
崩れてしまうことを
わたしは止められず この世界で
わたしだけが止まっている
自らの絵の内側にはけして入れない額として
こちらを向く目が 目が 目が 目が
鋭利な四隅へ括り付けられてある絵を
見過ごすことの足取り
4
ショートして弾けた電源みたいに
溢してよ
あなたの皮下を痺れ流れているもの
わたしの痛覚を混ぜ合わせるとき
それはどんな火で燃え上がるの
5
聞こえる
眠りを眠っていられるように
そして夢は終わると知らせるように
肋に隠してあった子守唄
聞こえる
donc(dogme)
ひとりで終わるけど
ふたりで始める
もうずっと繰り返してきた囈言
Le ciel sombre pas à la mer.
あなたに斯くしてあったこの日 歌
ずれていく表拍と裏拍が
ふたりの証だった
夜を舞台に
暗闇をスポットライトに
すれば いまいちど
深まって入る
どうしても不安で
開いてしまった目が寄りすがる先の花
どうしても血の色
ただあなたがその色だったから
近付いた
触れるよりも鮮やかに産毛に
掠め合った息の端で
「 ' su qui .」
もう
聞こえないの
ブラインドから
擂り下ろされた林檎みたいに
垂れてくる朝
べたべたの、爽やかな、
スポットライトに
喝采は 音無く舞う埃と
抜け毛の花束
6
幻を書き足した
'わたしとあなた'に'恋愛'とルビを振って
————
————
始まれば終わるまで
ただの一度きりも
触れ合えない線と線なのに
そのあわいを結ぶ名
'平行線'を見つけた日に
割れない窓を挟んで
向こう側
せめて距離だけは呼びたくて
離れるとか
近付くとか
そうやって距離を測る強迫性が
余白を塗り潰していく
Éteindre
幻を切って
わたしとあなた
永遠に隔てられ
隣り合っていく線と線みたいに
関係なかった、そのままで
いいから
四の彩度 ■ Intensity of /jo/
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グレープフルーツ
炸裂したグラスの
散らばった片片を
踏む足裏に
わたしは切り裂かれた
黄色い皮膚を割れ
こぼれた肉の赤
ねえ、
わたしは人?
いいえ、いいえ、
グレープフルーツです
わたしは人
だと
信じさせられ
ずっと
ずっと
信じていられたのに
どうして?
ほんものは果物
グレープフルーツです
桃色
粘膜を這いずる音は桃色
ずず ぶ うるぷぶ
喉から胃に深まる音は
戻り高まり便座を濡らした
嫌、嫌、桃色は嫌
この肌をはぐれば桃色なのが
嫌
けっして
みずから望んでいない
体を続けるための
給食
舌根に指をかけ
引く
誰、何へ
突きつけるべき銃口なのか
ゲロして
流れ去った言葉は
鉄の管を進む
あらゆる汚物に溶けながら
海へ
酒ノート
*
ピッツィカート性感をつまびき
吹奏に溶かした十三度
打て打て脈拍ジャズを鳴れ
ゆだっらだぁゆんぶん
ゆだっらだぁゆんぶん
*
ウイスキーの色香に酔うて
腹の底には金魚一匹
やあらかな尾鰭をわずらわし
悦へ憂鬱へみぎひだり
*
グラスの愛撫に
踊るシャルドネ
凛々しい透明度に隠した
濁りを
舌で受けとってよ
、ね
*
ウイスキー垂らせロックアイス
冷えびえ透き通っていく芳香は
キラキラ死んでもいいよな具合の
死んでもいいよなクルクルぱァ
不在語
*
青色、あお色、あおい炉に朱色、
遥か上の色色みな「空」という、のは、
どうして? 瞬間突然、名。切り裂かれた音色、
において、はるか飛んでった色は空でなく、
わたしの瞳だ。
*
人差し指の、爪
ちょん切って空に飾ったら
三日月
オレンジを剥いて黄ばんだ
指先のさよなら
*
きみ、と言う。
わたしから引き剥がした自己に再会する。
きみ、と言う。
呼びあいの切味するどく、
言う。
きみ、と言う。
わたしから否定され続けるわたしへの、愛称。
*
吐息する煙霧、額の上はもう遥か、
充満した不可視の青へ。
言葉に削ぎのけられた、
心だけが触れうる距離まで。
わたしでなくなったものと、
わたしでいつづけるものと、
やがては空う、混沌の明けき青へ。
五の彩度 ■ Intensity of /itsɯ/
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るるしき
・
・
視一矢
空白は今射られた
その軌跡を弦として
揺らす/
とき、
なみよの えいをしきる るるち
ゆき ふり わのうち
るるかうち あいたつ ひつ
あなた すいへいにゆき
さら ひつぎ うた そめうた
ゆれるいと
溶けあわされ
日なのかも
血なのかも
知らないでいた
ゆれゆられゆれ
波を漂う間に間に
解れて
縺れて
すがたを
結い立たせる
(なに)
おおきなゆれと別たれ
姿をして、きみは
知らないではいられない
ところへ向かうもの
「母から出ていけ
遠くまで
遠くまで」
聞こえるか 否定する
きみ自身からの歌
秋夜
なくなく蝉は死にころげ
そらをあおいで墓となる
さみしさの歌きりきりと
なくは夜な夜なすずろ虫
九月まよなか 月虹に酒
揺りてもどりて心恋うや
名についての断片
*
揺りかごに託した
子の、すやすやと
寝息は
呼び覚まされることを
信じて
安らって
いて
揺られ
*
名を気づき
はじめて
そうだったものへ
立つ
呼ばれるまで
居はしなかったものへ
*
原っぱに立ちあがった
茎は
そのものから摘み去られ
鉢植えに据えられた
栄養剤の土を舐め
葉は生い零れる
葉は生い零れる
*
なぁになぁにと
知りたがりの子の小さい手
なにもかも
触れあえる何かであって
恐れるよりもたわむれて
すくすくと
名を知り始めている
*
ことの葉は
根を暗くして
明るさへ
茎を出す
何を
名に
紅葉して
ひととき美しくとも
散り去って
六の彩度 ▼ Intensity of /mu/
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灼熱
泥を投げつけた様な
ひびわれたぬめった焼死の
からだ
紙片をめくれば
膨れあがるインクの朱が
肉に溜まって
光、まだ湯気の
立つなかには
狂い回っていた臓器の
stop
滑稽に折れ曲がった骨
舞踊から引き抜かれた秒の
灼熱
読み進めろ
皮膚をめくれ
血をねぶれ
焼き払われた命が
オマエ自身が
そこらじゅうに
うに
泥を投げつける様な
子供心の仕草で
火を付けたろ?
焼き払われるんだ
すぷーん
ひだりみぎひだりみぎひだりみぎひだりみギ
ふたつあるならふたつなくせ
やあらかいまぶたのうら
ぎんのすぷーんのうら
せかいときみをへだてるきょくせんをかさねて
ぐりゅ
かわいいお●●がひらいた
めにはかあなをめにはかあなを
めんたますくってはかあなを
ふたつあるならふたつなくせ
おいわいおしまいかげひなたゆるしふりくじつるしくび
なみだにふやけたものがたりじゃなきゃみもしねえんだろ
めをっめをっ
すぷーんにくりぬくよーぐりゅと
曝された目の底
反転しないまま世界が寝そべっている
そのあんぐり空いた目
墓穴ふたつ 馬鹿面ひとつ
あいだから
手の
ひらをひらいて
撫めとる肋の十番目
奥で
あなたがする上下
に、
吐き出される息が
目に触れることの湿度
I see not you on you.
I wanna see…
ふかづめしたての指を突き入れる
臍から spew 飛び跳ねた
空想でのみありえた太ったみみず
弱い粘膜にする危うさの
くすぐったい
腸壁の裏の嘔吐く音も
わたしの あなたのもの
ふさがれ
ほどかれ
血混じりの痰を絡めた息が
未明の浜辺
重なり合っては剥ける線が
蛇の痕 いざりゆく尾に
刷き直されては染まるバージンロード
仕分けられたように能わぬ性の
犬は 重たい砂を蹴り上げ
二足の犬は
骨ばった無毛の脛をずぶ濡れ
駆けた 不具の足取りを
揶揄う陽が昇り始めていた
目に触れる失意の都度
I wanna see who over there.
ひらをひらいて
撫めずる鎖骨の下 皮膚を脂身ごと
臍まで一遍に
腹膜を千切れば 洋洋たるみみず
そのあたたかな尾と結ばれる
わたしは縊り殺されることを夢見て
いたっ
ふかづめを這ったのは
血みたいなへどろ
未読
西へ西へずり落つまま
東へ返らぬ年月よ
何想いとて結ばれぬ
言葉によって
方角に裂かれた空では
一途に明かして
一途に暮れる
その沈黙を仰いでは
文を書く
隔て合う言葉によって
しかし想いを分かち合うため
あとがき(抜粋)
かつて発行した『わたしが見た幽霊』『あかい洞のくらい奥』『肺』『空む頃』『花水溶』は草稿編として、『事の彩度』を諍井寄人の第一詩集に位置付ける。
また「空む頃」にて発表した造語「空む」は「空う」に改め、「四の彩度・不在語」に収録した。その意味するところは「霧らう」「薄らぐ」に近いが、「空(そら)」への限りないグラデーションと散逸を想起されたい。消えながら色づく、そのような心地を言い表したかった。語感が「む」では閉じる印象が強かったので、「う」で余韻を残し、活用時にも「空いで」「空えば」と流れが生まれるように調えた。
推敲・調律。
わたしには、心的なイメージを書き留めたノートの集積があった。それらのうちから興味深い小景を抜き取り、詩的な装いをさせたものが草稿編だった。のち、わたしは自らの作を失敗と言わざるをえなくなった。
六畳間に伏せっての自省と自傷の日々から起き上がり、外へと目を向け始める。ネットワークに接続して肥大化する視野において、もはや個々の人生は塵芥ほどに薄れて見える。出来事にエピソードやメッセージを付与して飾り立てなければ、己の位置も、意義も、大衆が起こす風に消し飛ばされてしまうから、人々は言葉に急き立てられている。早くなにか言わなければ居なかったことにされる ―― そうわたしも焦って、言葉をつくろったに過ぎなかった。
=中略=
草稿編を書き直すにあたって写実を徹底した。事に接するわたしの体に映ぜられる significance・image と rythm・timbre を正確に写し取った文体を組む。推敲で意味と絵を、調律で音楽の設計していく。その際、事自体に先行して言葉を発さないことが必要だった。身体によってのみ事の有り様を照らし出す。「なにか言おう、言えるように分かろう」としない、ともすれば呆けていると見える態度。わたしにとっては、言明を破棄することが真の詩作の出発だった。
『事の彩度』は、自分に粗末にされた自分の回復でもあり、言葉に削ぎ落とされた事の端切れを縫い直す試みでもあります。時としてそれは時代錯誤的で稚拙な文体をしてもいるでしょうが、詩作当時のわたしの体にあった小景をなるべく素直に写しています。闇黒が、等星に数えられない星々の輝きであるように。事の暗部を見つめるとき照り返ってくる彩度、わたしはそれによって情報社会の輝度に眩まず生かされているのです。
=後略=