ICIの12ステップの背景

出産のケアの国際的な動向:妊産婦を尊重したケアの推進、妊産婦への虐待やネグレクトの防止

医療者不足、貧困、健康格差、女性が尊重されにくい社会…などの問題は世界共通といえます。しかし近年、母児の生命が安全であれば女性の満足を求めるのはぜいたく、という考え方は、リソースの不足する途上国でさえ、古いものになりつつあります。2010年頃から、「産科的暴力(obstetric violence)」や「ケアの質(quality of care)」の問題について実態調査が進みました。2014年WHO声明「施設分娩中の軽蔑と虐待の予防と撲滅」で、「WHOは今後、女性の権利と、安全でタイムリーで妊産婦を尊重した出産ケアを推進していきます」という宣言がされました。国際社会では、科学的根拠を後押しに、「Survive(サバイブ、生存)からThrive(スライブ、より健康に生きる)」妊産婦を尊重したケア(respectful maternity care)を合言葉に、人権に基づくアプローチへと変革が進んでいます。

2018年には、WHOが「ポジティブな出産体験のための分娩期ケア」というガイドラインを発表しただけでなく、国際産婦人科連合(FIGO)、国際小児科学会(IPA)、国際助産師連盟(ICM)、ホワイトリボン同盟、IMBCO(ICIの前身)が共同で国際出産イニシアティブの12ステップを発表しました。

途上国でも先進国でも、出産現場で妊産婦がどのくらい大切に扱われているかを調査した研究結果(エビデンス)が多く発表されています。以下は代表的な研究論文の一例です。

途上国の状況:WHOによる4カ国比較 (Bohren et al., 2019) より

ガーナ、ギニア、ナイジェリア、ミャンマーで、2,016件の出産現場観察と2,672件の産後アンケート回答を分析

【観察結果より抜粋】

  • 出産中の付き添いなし:93.8%

  • カーテンなどプライバシーへの配慮なし:37.4%

  • 陣痛中の自由な歩行の禁止:56.8%

  • 分娩時の体位の制限:94.4%

【アンケート結果より抜粋】

  • 内診がとても不快だった:28.6%

  • 内診時のプライバシー配慮不足:41.9%

  • 痛み止めをリクエストしたがもらえなかった:28.5%

  • 未払いが理由で赤ちゃんの身柄を拘束された:5.0%

先進国の状況:米国のGiving Voice to Mothers調査(Vedam et al, 2019) より

助産院や自宅出産も含む2,138名のアンケート回答

【全体的に、産婦の17.3%がなんらかのmistreatment(不当な対応)を体験】

  • 医療者に怒鳴られた・叱られた:8.5%

  • 助けを求めているのに無視された・適時対応せず:7.8%

  • プライバシー配慮の不足:5.5%

  • 処置に同意しないと治療をやめると脅された、受けたくない処置を受けさせられた:4.5%

  • 身体的な暴力は1.3%のみ

さらに・・・

☆妊産婦の背景による差:初産婦、若年、マイノリティ、貧困、低学歴などで高率

☆場所による差:自宅出産では5.1%、助産院7.0%、院内助産院24.0%、病院28.1%

☆医療者と考え方が合わない場合、合う場合よりmistreatmentが23倍起こりやすい

世界中で、出産ケアにおける過剰な医療化が心配されています


例えば帝王切開:2021年6月に発表されたWHOの調査研究

Betran AP, Ye J, Moller A, et al. Trends and projections of caesarean section rates: global and regional estimates. BMJ Global Health 2021;6:e005671. https://doi.org/10.1371/journal.pmed.0030442


1990年~2018年の154か国(日本も含む)の帝王切開率は、途上国でも先進国でも増加

2018年の世界平均:21.1% (低率:サハラ以南アフリカ(5%)~高率:南アメリカ(42.8%))

➡2030年までに、世界平均が28.5%に上昇する見込み (低率:サハラ以南アフリカ(7.1%)~高率:東アジア(63.4%)


日本では現在、5人に1人の赤ちゃんが帝王切開で生まれています。コロナ禍もあり、今後も加速的に増えるでしょう。ICIイニシアティブの対象者は経膣分娩の母子だけではありません。帝王切開を受ける女性とその家族へのケアも大切です。

日本以外の国のデータ:OECD (2022), Caesarean sections (indicator). doi.org/10.1787/1a1ac034-en (Accessed on 3 April 2022)

日本のデータ:厚労省統計:平成29年(2017)医療施設(静態・動態)調査・病院報告の概況 より計算


ブラジルでは国全体55.4%(2016)(私立病院で88%、公立病院で43%(2018))

ブラジル保健省.RECOMENDAÇÃO Nº 038, DE 23 DE AGOSTO DE 2019. http://conselho.saude.gov.br/images/Reco038.pdf?fbclid=IwAR3cTQjbEo8NQ7m6rELCJbqeIhtooIuKSRkvgEhg0l1EDtwXB2vOhhgPvSU

国際出産イニシアティブ(ICI)12ステップの経緯

①➡②➡③と、欧米中心だったイニシアティブが、より国際的&正式なイニシアティブに発達しました。


①欧米でロビー・デイビスフロイド氏やデボラ・パスカリボナロ氏が中心「マザー・フレンドリー産院の10カ条」(1996年, CIMS)

②「母親と赤ちゃんへ最適なケアを行うための10か条」(2008年, IMBCO)

③「安全で母子&家族を尊重したケアを実現するための12のステップ」(2018年, ICI)

Baby-Friendly Hospitalイニシアティブとの関係

ICIの12ステップは、WHOとユニセフによる赤ちゃんに優しい病院(Baby-Friendly Hospital)イニシアティブにヒントを得て、「ママに優しい病院(Mother-Friendly Hospital)」と呼ばれます。ICIの12のステップの12番目に「母乳育児がうまくいくための10のステップ」に取り組んでいることが含まれています。

参考文献
  • Betran AP, Ye J, Moller AB, Souza JP, Zhang J. Trends and projections of caesarean section rates: global and regional estimates. BMJ Glob Health. 2021 Jun;6(6):e005671. doi: 10.1136/bmjgh-2021-005671. PMID: 34130991; PMCID: PMC8208001.
  • Bohren, Meghan A et al. How women are treated during facility-based childbirth in four countries: a cross-sectional study with labour observations and community-based surveys. The Lancet, Volume 394, Issue 10210, 1750 - 176
  • Vedam S, Stoll K, Taiwo TK, Rubashkin N, Cheyney M, Strauss N, McLemore M, Cadena M, Nethery E, Rushton E, Schummers L, Declercq E; GVtM-US Steering Council. The Giving Voice to Mothers study: inequity and mistreatment during pregnancy and childbirth in the United States. Reprod Health. 2019 Jun 11;16(1):77. doi: 10.1186/s12978-019-0729-2. PMID: 31182118; PMCID: PMC6558766.
  • WHO/NMH/NHD/17.4. National implementation of the Baby-friendly Hospital Initiative. http://apps.who.int/iris/bitstream/handle/10665/255198/WHO-NMH-NHD-17.4-eng.pdf?sequence=1
  • WHO recommendations: Intrapartum care for a positive childbirth experience. Geneva: World Health Organization; 2018. PMID: 30070803. 日本語要旨:https://apps.who.int/iris/bitstream/handle/10665/272447/WHO-RHR-18.12-jpn.pdf?sequence=42&isAllowed=y 書籍「WHO推奨:ポジティブな出産体験のための分娩期ケア」(医学書院)(邦訳by分娩ケアガイドライン翻訳チーム)
  • 日本ラクテーションコンサルタント協会.資料ダウンロード.WHO/ユニセフ関連.https://jalc-net.jp/dl.html