分野を超えて自由に発創、発信する新たな研究プラットフォーム「学術変革研究領域」そこはまさに異分野の研究者たちが協力しあうことでインスピレーションやセレンディピティを放出するインキュベーターとも言える。本日は物理学、化学、生物学からこの分野横断型プロジェクトにサイを投げた3人の研究者に、「革新ラマン」プロジェクトで進められている開発研究に関してお話を伺った。(聞き手:中田 雄一郎)
ひらめきの源流
中田 研究で欠かせない要素の一つがインスピレーション、ひらめきだと思います。そのひらめきを生むために各々どのようなことを日常の中で心がけていますでしょうか?
日本人はどちらかというと広く浅くというよりかは狭く深く一つのことを極める職人気質もあり、その国民性も学術研究にも反映されているのかと感じます。その点、例えばヨーロッパの研究所のようなラウンジでコーヒーを片手に分野を超えて議論や対話をする習慣は、日本では今でも少ないのでしょうか?
神谷 文部科学省の事業の一つである世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)のように、世界最高水準の研究拠点の構築や融合領域の創出を目指した大型の支援もあり、例えば、名古屋大学のトランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM)などでは、異分野の研究者・学生を同じ空間に集めて、研究室の枠も取っ払ってクリエイティブな研究をやっていますね。ただ、一般的な日本の大学だと、学部や研究室ごとの縦割になっているので、欧米や上記の拠点の様に違う分野の研究者が同じ空間にいて、何か新しいものを生み出そうというのは中々難しいですね。
小関 このメンバーですごいありがたいのは、すごく初歩的な質問をできることです。自分は化学は高校で、生物は中学で置いてきているので何もわからないですけども色々自由に聞かせてもらえます。自分なりにも勉強するのですけども、専門の人にはとても歯がたたないので、何でも質問できることは垣根を下げている大きな要因かなと思います。
神谷 本当に初歩的な質問でも気軽に聞ける間柄は大切だと思います。分野外の人にわかりやすく説明することは案外難しいのですが、小関さん、小幡さんはいつもすごくわかりやすく説明してくださって、本当に助かっています。
小関 ありがとうございます。
小幡 最初から異分野の人がいるという前提があるからこそみんな分かりやすく話をしようという意識が生まれるんでしょうね。ここでは最初から異分野の人がいることを意識したかたちで研究の会議が行われるので、互いの研究への理解が深まり、それを応用しようという発想が出てきます。
領域の黎明期 チームメンバー集め
中田 まずは異分野の研究をされている方々が歩み寄って複合領域として新しいものを開発するということで、これまでどんな研究をされていて、どういったことがきっかけでこのプロジェクトが立ち上がっていったのかというところから伺えればと思います。
小関 神谷さんは蛍光分子を操るプロなんです。蛍光分子というのは外から光を当てるとその分子が別の色の光を出してくれるというもので、これに色々な機能を持たせます。例えば、がんの中で光る蛍光分子を作って、がんの手術中、がんのところだけ光らせてみせることができる。そういう研究をされていたのはすごいなと思いました。
神谷 何かを検出する際、それと結合したり反応したりして光る分子を一般的にプローブと言います。わかりやすい例として、細胞内のカルシウムイオンは細胞内の様々な機能を制御していますが、カルシウムイオン自体は無色透明なので顕微鏡で単純に覗いても見ることができません。そこで、例えばカルシウムと反応し結合することで発光してカルシウムイオンを検出する分子、つまりプローブを用いることで細胞内のカルシウムイオンの挙動を捉えることができるようになるわけです。私がこれまで開発してきたのは、生体内の様々な分子を見えるようにする蛍光プローブです。
中田 それは、特定の物質を検出するために使う道具のようなものなんですね。
小関 一方、私は「ラマン効果」を用いて分子を検出することで生体を画像化する技術を研究してきました。分子内は色んな核が電子でつながっていて、外から力を与えるとこれらを振動させることができます。その振動しやすい周波数は、分子の構造によって違うことが知られています。さらに、2色の光を分子に当てると、ある周波数で分子を振動させる力を与えることができます。これがラマン効果です。ラマン効果が生じると光にも変化が生じるので、この光の変化を測ると分子を検出することができます。
神谷 学術変革Bのチームが立ち上がったのは2年半前位ですが、それまで私は、先ほど述べた蛍光プローブを主に開発していました。蛍光イメージングは非常に高感度で細胞を生きたまま観察するための有用な手法で、これまでに様々な生命現象の解明に役立ってきました。しかし、同時に見える分子の数が限定されるという課題があることも感じていました。生体は多種多様な分子が作用して機能しているので、もっとたくさんの色んな分子を同時に見ることができれば新たな生命現象の解明に役立ちそうだと考えていました。このたくさんの種類の分子を同時に見ることを多重イメージングと言います。この手法は、最近、多重イメージング法として注目されています。また、ラマンイメージングそのものも感度が上がり、リアルタイムの観察が可能になってきています。さらにこれまで蛍光では見えなかった分子数、例えば8種類、10種類、最終的には20種類の分子を同時に見ることができるというメリットがあります。
小関 神谷さんと一緒にやっていて圧倒されるのは、ものすごいたくさんの種類のプローブ分子を新しく作っているのですけども、全てがうまくいくわけでは全然ないことですね。つまり、セレンディピティーの裏にはものすごくうまくいってないトライアルがある。我々は光学のシステムを作っています。こうやったら動くんじゃないかと思って色々設計して並べて動かしたり、計算機でシミュレーションしたりという感じです。けれどもやっぱり化学の世界は違う。様々な化合物を合成し、多くの試行錯誤を繰り返すことで分子を作っていきます。そして、そうやって作られた蛍光分子は現在非常に広く使われていて、本当にたくさんの方の研究に役立っているのはすごいなと思います。そのスケール感は我々と全然違う感じがします。
神谷 ラマンプローブは、最初全然知見がなかったのである程度数を作りました。その中で法則性を見出してからは、少し狙って作れるようになってきたかなと思います。
中田 小関さんは全然別の研究畑から参入されたのですよね?
小関 はい。電気系なのでどちらかというと物理系の学科で、顕微鏡とは全然関係ない、光ファイバ通信やパルスレーザーの研究をやっていました。
中田 それは意外ですね。
小関 はい。その後、パルスレーザーの応用としてラマン顕微鏡の研究を始めました。当初のラマン顕微鏡の目的は、蛍光分子を使わなくても、すなわち生体試料に手を加えなくても生体分子を見分けて画像化できることでした。ですが実際に生物学で応用していく上ではなかなかハードルが高いなと思っていたところ、「ラマン標識分子」という技術がでてきたんです。これは、自分の見たいものにちょっと特別な分子をくっつけておくんですね。その特別な分子として、色んな周波数のラマン信号を出せるようなものを複数種類用意しています。それで別々の分子を自分の見たいものにくっつけます。それをラマンで検出すると8個とか10個のものが同時に見られる。この技術が出てきたことにより、ラマンの研究領域が最近すごく盛り上がっています。
ただし、この特別な分子振動をもったラマンの標識分子には、信号がいつでも出っぱなしという大きな課題があります。その特別な分子が、例えばガンのところだけで光るようなことができると複数種類のがんを見分けるとか、いろんな応用が考えられるわけです。しかし分子振動をオンにしたりオフにしたりなんてできないとずっと考えていたんですね。
ところがある日、学会での神谷さんの講演で最近流行っているラマンの標識分子と神谷さんの使っている分子はそっくりだと知り、講演終了後にそのことを彼女に話しました。そこから神谷さんは、ものすごい勢いで学生さんとたくさんのトライアルをして、あっという間にラマン信号がオンオフできるような新しい分子を作ったというわけです。これは周りの環境に応じてオンオフできてすごいという話をしていました。それが領域立ち上げのタイミングでした。今となると実はそんなところに接点があったのかと思いますね。ラマンという技術を使って周囲の環境に応じて光ったり光らなくなったりするという技術を作ったことそのものが大きなブレイクスルーだと思っています。
中田 それはこそまさに偶然が架ける運命的な橋渡しですね。
神谷 その最近流行っているラマンの標識分子というのは、コロンビア大学のラマンイメージングで有名なWei Min先生の論文にあったもので、そこから着想を得て、オンオフできるラマンプローブを作りました。その論文では、幾つかの蛍光色素の骨格にラマン信号を出す部分をくっつけたプローブを使っていて、その骨格は私たちにもなじみがありました。そのプローブを使うことで8-10種類もラマンイメージングで同時に見ることができる。つまり多重イメージングができることを示していました。そこで、これはこれまでの蛍光イメージングの課題を解決できるんじゃないかと感じ、小関さんと共同研究を始めました。
小関 この領域ではまだ具体的な目標数値は定めていませんが、まずは、試料にある4つのものを同時に見ることができています。ここからは、さらにたくさんの種類のものを同時に見られるようにするとともに、それをうまく活用することで生物の中で何が起きているのかを明らかにしたいと思っています。その2つができたら、さらに大きなブレークスルーになるだろうと思っています。
中田 それはまさに世紀の革新的なブレークスルーですね。小幡さんはこれまでも神谷さんと共同研究していますね。
神谷 開発したラマンプローブを用いた多重イメージングを行うにあたり、生物学的に意味があるものを観察したいと考え、かねてから共同研究をさせていただいた小幡さんに声をかけさせていただきました。例えば、私たちのグルーブで開発した生体内の酵素を検出する蛍光プローブの機能を検証するにあたり、培養細胞レベルでの実験は自分たちで進めることができましたが、生体組織での機能を検証するための材料が私たちの手元にはありませんでした。そこで小幡さんに相談したところ「こんな試料がありますよ」とさっと作ってくださって、蛍光プローブの機能を実証することができました。しかも小幡さんは、ラマンプローブという変わったプローブにも興味を示してくださって、実際にお話したところ是非やりましょうということで本領域が発足しました。
小幡 神谷さんはもともと薬学部出身でいらしたので、学部内での共同研究みたいな形で何回かやらせていただいたという経緯があります。うちはコテコテの生物屋さんで、ショウジョウバエを使って遺伝子の機能解析をしています。神谷さんたちが作っている色々なプローブを実際に生きた生物個体に応用できるかという検証をやっていました。そんなわけで、もともと知り合いだったんですけど、神谷さんと小関さんのミラクルタッグによる新しい領域が出来るということで、生物研究者として、ユーザー側の目線に立つものとして参画しました。
中田 ユーザーの視点に立つ研究者の役割とはどういったところでしょうか?
神谷 やはり化学者の視点だけだと、生物学者が本当に必要としているものが何かわからないときがあります。自己満足に終わらず本当に使えるものにするためには、生物学研究にどういったことが求められているか、また実際の生物試料で評価してもらった際のフィードバックを頂くことで真に使えるツールができると思います。酵素プローブも細胞では機能しましたが、生体組織では機能しないということもありました。その後の改良を経て、生体組織のイメージングでも機能するかを評価していただいて、その試薬も市販され、全世界で使ってもらっているものもあります。そういう評価なしにはプローブ分子の原理検証として不充分ですね。
小幡 生物の研究をするときに色んな技術を使ってタンパク質とか代謝とか見えないものを見る必要があるんです。例えば、ある代謝酵素の活性を生体内で見たいというようなことがあるんですけど、自分たちとしてはそれをどうやっていいか全くわからない。そのような見えないものを見るようにするための新しい道具を作って行くのが本領域の目的の一つだと思っています。僕は生物学なんで研究を進める上で、こういうものがあると嬉しいとか、こういう技術があると使いやすいなどと言ったフィードバックが可能です。
ラマンイメージングの応用実装に向けて
中田 この複数の生体イメージを可視化する多重イメージングが、がん細胞を可視化したりというような治療につながっていくんですね。
神谷 がん細胞は正常細胞と比べると酵素活性のパターンが変化しているということが知られているのですが、蛍光プローブ、つまり酵素と反応すると蛍光を発する分子を使ってがんをイメージングする場合には、やはり3-4種類程度の酵素活性しか検出できません。がんはすごくヘテロ性があるので、ラマンイメージングにより多種類の酵素活性を同時に見ることで、より正確ながんの診断技術や性状を理解できるようになると思います。
中田 そのヘテロ性とは色んなタイプの形状があるということですか?
神谷 同じがんでも色んな性質を持っていて、例えばこの患者Aから取ってきた酵素パターンと患者Bから取ってきた酵素パターンとを比べて、このパターンだとこの薬が効くなど治療方針の決定に使えるのではないかなと考えています。そのイメージングの数が増えれば増えるほど検知できる数も増えてがんの治療もより効果的に把握できると思いました。
中田 それが冒頭説明されたオンとオフを切り替える自由度ができたということですね。
小幡 多重イメージングというところで言えば、生物学的な研究ツールとしての有用性も高いと思います。僕らの体は最初は1個の細胞からスタートしますが、身体が出来上がって行く時にはどんどん多様性をまして様々な細胞に分化して行きます。蛍光では3個か4個くらいのマーカー分子を同時に可視化する事は出来ますが、ラマンを応用すれば理論的には10個、20個と可視化出来るようになってくる。すると細胞の数や位置、あるいは細胞の中の状態もより細かく見ることができるようになってきます。そこから「我々の体がどのように形成され、維持されるのか。そしてなぜ老いるのか?」ということなどが理解できようになるでしょう。このラマンイメージングで生物の多様性を見る1つのツールができ、それを使ってすごく面白いことができればいいなというふうに思っています。
中田 なるほど。老化も面白いトピックですね。
小幡 今はすごくホットですね。超高齢化社会に突入し、健康寿命延長が必須命題であるというのもありますが、単純に生物学的にも興味深い現象です。50歳でいろんな病気になってしまう人と80、90歳にもピンピンしてる人でどんなファクターが違うのか。例えば、食べるものとか腸内細菌とかに興味を持って解析しています。この領域の研究から、老化によって起こる組織の複雑さを可視化できるような革新的な研究ツールができると、大きなブレイクスルーとして飛躍的に生物学が進んでいきます。
小関 基礎生物学的にも非常に貢献が大きいだろうということが予想されますね。生物の生物の中身を調べるときに、蛍光だと見えなかったものが見えるのは、すごく大きいです。我々はラマン信号を得るための技術を開発していますので、ラマンが生物学的にどういう応用ができるのかに強い興味があります。
神谷 昨年の領域会議でアドバイザーの先生方からもコメントを頂いたのですが、ラマンイメージングが蛍光イメージングのように、スタンダードな技術として活用されることを目指して、研究を進めていきたいと思います。
研究の醍醐味
中田 皆さんの普段の研究の醍醐味はどのようなことでしょうか?
神谷 ある機能を持つ分子を目指して分子を作り始めて、ようやくその目的とする分子に辿り着いた瞬間は達成感と喜びを感じます。また、ある目的には使えないと思っていた分子が実は別の目的で使えると分かったときも同様です。もちろんそういうことは狙ってできるものではないですし、失敗も沢山あるのですが、そういった失敗から何かインスピレーションが湧くことがあるかと思います。また、学会発表で異分野の先生と議論していたら、全く新たな展開が考えられて共同研究が始まることもあります。今はコロナ禍でオンサイトの学会はないですが、自分の分野と異なる分野の学会でも積極的に発表・発信していくことも重要なのだなと思います。
小関 私は、小さい頃から電子回路を作ったりパソコンのプログラミングをしていたことや、また工学部にいることもあり、レーザーから光が出て装置が動いたみたいなところが根源的な楽しみかもしれないです。それがうまくいっているときは一番楽しいと思ってます。逆に科学的に知られていなかったことを発見するようなことはまだできていなくて、今まで知られていなかった新しいことがわかった瞬間というのはきっとすごく楽しいんだろうなと思っています。そういうものを領域で作れると良いなと思っています。小幡さんのところは薬学部だしサイエンスに近いのでは?
小幡 うちは基礎科学ですね。実験しているとカオスなデータがたくさん出てきて、最初に立てた仮説はほぼ間違っている。もちろん仮説だから、日々生まれてはそれを否定するっていう作業の繰り返しなんですが、でもそれを何年も貯めたデータがあるとき全部つながって、すべて説明できる仮説に気づく瞬間があります。その瞬間はなんとも言えないです。どんなに些細な発見でも、その瞬間は最高に気持ちいいですね。
神谷 点と点がつながった瞬間
小幡 1年の間に何日あるんだろう?
神谷 1日か2日位しかないかもしれないけど地味な実験を毎日繰り返すわけですよね。生物側はそれぞれ大変さがありますよね。
小幡 たくさんやって、やれること全部やったら何か1つぐらい新しいことが分かるかなという感じですね。その際、結局技術があるのが前提で、それを使ってできることを考える。しかし、それだと結構限界があって、やはり技術を作っている人の話をたまに聞くと、全く新しいアイデアが生まれる時があります。
小関 この辺りの文化の違いというのもなかなか面白いですよね。
今後の課題
中田 今後のチームとしての課題と展望はどのような点でしょうか?
神谷 ラマンイメージングでは、蛍光イメージングに比べるとハードウェアである顕微鏡がそこまで普及していません。また、ラマンイメージングプローブもその種類が限られているといった課題がありました。そこで本領域では、化学と光学と生物学の研究者が一堂に会し三位一体となって新しいラマンイメージング技術を開発していくことを目標に研究をしていきます。例えば、これまでに開発した新たな機能性ラマンプローブの種類を拡張していき、それをがんの治療や生物を理解するためのツールに昇華させていきたいというのが大きな展望です。
小幡 蛍光に比べるとラマン自体まだあまり浸透していないですよね。そもそも知ってる/使ってる人があまりいないので、それを使ったらできるなんて発想があまりないですよね。解きたい生物学的なクエスションはあっても、そのアプローチとして出てこない。私の方は、基本的に良い光の使い方をしてこの領域で創り出す道具の性能をフルに生かせるようにしたいなと思っています。それがどういう形になるかについては、いろんな方向性があります。そのすべて上手くいくかわからないですけど、なんとか光をうまく操りプローブの性能をフルに使いこなすことが自分のミッションだと思っています。
小幡 小関さんの装置と神谷さんの試薬があって、いざ生きた動物の中の組織を多重で見ようと試行錯誤をする時に、自分が入ることによって、試行錯誤しやすいように改変した生き物をぱっと提供できるようなところで貢献できないかと考えています。それが迅速にできるというのがショウジョウバエのメリットです。この領域で3者の融合によって新たなブレークスルーが生まれるといいかなと思っています。
インタビュー日:2021年1月25日