研究内容

多様な光色を感知するフィトクロム様光受容体の光変換機構の解析

  生物は、ビリン色素を結合した光受容タンパク質を持ちます。例えば、光合成集光アンテナとして機能するフィコビリタンパク質(フィコシアニン・フィコエリスリン)や、光色を感知するセンサーとして機能する光受容体(フィトクロムやシアノバクテリオクロム)があげられます。ビリンは4つのピロール環が連なった構造を持ち、タンパク質アミノ酸残基との相互作用によって、紫外から遠赤色光までといった吸収波長の多様性を示します。ビリンの吸収波長の制御には「4つのピロール環の配置(Z/E, syn/anti)や角度」「ピロール窒素のプロトン化状態」「タンパク質との静電的な相互作用」等が大きな役割を果たしていると考えられていますが、これらの複合的な貢献は明らかになっていません。また、タンパク質のアミノ酸配列からの吸収波長の正確な予測も容易ではありません。

  私たちは、緑・赤色光を受容するタイプのシアノバクテリオクロムが、ビリンの光異性化とプロトン移動を組み合わせることで、光変換することを発見しました(Hirose Y. et. al. 2008 PNAS; Hirose Y. et. al. 2013 PNAS)。ビリンの長い研究歴史において、プロトンの重要性はほとんど着目されてこなかったので、目から鱗の発見でした。最近では、シアノバクテリオクロムRcaEの赤色光吸収型(Pr)のX線結晶構造解析やNMR解析に成功し、新しいプロトン移動の分子機構を提唱する事ができました(Nagae T. et. al. 2021 PNAS)。また、光変換においてチオール基が脱着するシアノバクテリオクロムOsil6304_2705においてもプロトン移動が起こっていることも明らかにし、プロトン化状態の変化の普遍性を示すことができました(Sato T. et. al. 2019 J. Biol. Chem.)。また、NMR・ラマン分光法・FT-IR等の分光解析でのシグナル帰属のため、天然の青色色素であるフィコシアノビリンの高温高圧抽出法を確立し、シアノバクテリオクロムの同位体標識へと応用する手法を確立しました(Kamo T. et. al. 2021 Plant Cell Physiol.)。このように、構造情報と分光情報に基づき、ビリン色素の「形」と「吸収波長」の関係の解明を進めています。

ラマン分光解析は佐賀大学の海野研究室、NMRとX線結晶構造解析は東京薬科大の三島研究室、ビリンの化学合成は金沢大学の宇梶研究室との共同で進めています。

,多様な光合成の集光装置(フィコビリソーム)の構造・機能解析

陸上植物は、青色光と赤色光を吸収するクロロフィルを用いて光合成しますが、シアノバクテリアは、これに加えて緑色光や橙色光といったより波長の光も利用して光合成を行います。一部のシアノバクテリアは、光合成の集光アンテナタンパク質複合体であるフィコビリソームの色素タンパク質(フィコエリスリンおよびフィコシアニン)の量比を調節することで、効率よく光合成を行います。この現象は「光色順化」と呼ばれ、光合成機能の調節の代表例として100年以上も前から知られる現象ですが、その分子機構は不明でした。私たちは、シアノバクテリアNostoc punctiforme ATCC 29133株の遺伝子破壊株の解析から、シアノバクテリオクロムCcaSが緑・赤色光を受容し、それが転写因子のリン酸化を介してフィコエリスリンとフィコシアニンの遺伝子発現を制御することを明らかにしてきました(Hirose Y. et al. 2010 PNAS)。

 特定のモデル生物を調べ、それがその生物のグループ全体に共通するのではないかと議論するのが、1990-2000年代のゲノム研究の大きな流れでした。ところが、次世代シークエンサーの普及とゲノム情報の蓄積によって、本当に共通しているのかどうかを検証できるようになると、構築したモデルが当てはまらないケースがたくさん見つかるようになりました。私たちは、Geminocystis属シアノバクテリアの解析によって、CcaSによるフィコエリスリン調節機構に多様性があることを見い出しました(Hirose Y. et al. 2017 DNA Res.)。その研究をシアノバクテリア門全体に拡張したところ、フィコエリスロシアニンと呼ばれる黄緑色を受容する色素タンパク質や、ユニークなロッド状をしたフィコビリソームが制御される新しいタイプの光色順化を発見し、さらにその制御遺伝子の進化過程の解明に成功しました(Hirose Y. et al. 2019 Mol. Plant)。現在は、これらの解析で見いだされた多様なシアノバクテリアにおけるフィコビリソームの単離と分光および構造解析を進めています。その一環として、国立環境研究所(NIES)カルチャーコレクションと協力し、ゲノムサイズの大きなヘテロシスト形成型シアノバクテリアに着目し、約30株のゲノム解析を行いました(Hirose Y. et al. 2021 DNA Res.)。

生物の光シグナル伝達経路の解明

光合成によって生存に必要なエネルギーを獲得する植物は、様々な色の光を感知するための多様な光センサータンパク質を、進化の過程で創り出してきました。これらの光センサータンパク質の研究は、植物学における最も重要な研究トピックの1つであり、例えば、植物の光環境応答の分子機構を解明する基礎研究から、植物の形質や代謝を光照射によって制御する応用研究まで、国内外で研究が盛んに行われています。しかし、これまでに見つかっている光センサータンパク質の種類は、地球上に存在する膨大な種類のタンパク質と比べるとごくわずかであり、光感知を担う発色団分子の種類も限られます。私たちは、定量性に優れた次世代シーケンサーを人の目の代わりとして利用するアイディアに基づき、植物・藻類の持つユニークな光センサータンパク質の探索に挑戦しています。

藻類マットや海洋生物付着の菌叢解析

近年、次世代シークエンサーを用いた菌叢解析法が普及しています。この手法では、環境中からDNAを単離して、16S rRNA遺伝子などの特定の塩基配列をPCRによって増幅し、数千万分子のDNAを並列にシークエンスします。得られた塩基遺伝子配列の違いを調べることで、その環境中に存在する生物の「種類」と「組成」の情報を得ることができます。私たちは、次世代シークエンサーを用いた南極の陸上藻類マットの菌叢解析を日本のグループとしては初めて行い、特定の真核藻類、糸状性のシアノバクテリアや、クマムシが優先することを報告しました(Hirose Y. et al. 2020 Microorganisms)。また、それらの解析の過程で、菌叢解析法において広く使われるDNA識別配列(インデックス)の組み合わせが、菌叢解析の感度を大きく低下させることも見出しましたHirose Y. et al. 2021 DNA Res.)。また、初心者向けの菌叢解析のハンズオン講習会も2泊3日の形式で開催してきました。

,有用物質生産を可能とする多様な藻類の探索

野外環境には様々な藻類が存在し、それらの生理機能の理解は十分ではありません。最近では、北極海から単離されたハプト藻Dicrateria rotunda(ディクラテリア・ロトゥンダ)の解析を進めています。海洋研究開発機構との共同研究で、この生物が、光合成よってガソリン・軽油・重油に相当する石油成分(C10-C38の直鎖アルカン)を細胞内に蓄積することを明らかにしました(Harada N. et al. 2020 Sci. Rep.)。Dicrateria rotundaがつくる石油は、水素化等の改質処理を必要としない点で既存の藻類オイルよりも優れています。現在、Dicrateria rotundaが、なぜ・どのように石油をつくるのかを解明することで、光合成によって空気中の二酸化炭素から石油を合成する技術の開発を目指しています。また、企業との共同研究で、多様な環境に生息する新奇藻類の探索と、それを利用した有用物質を生産する研究にも取り組んでいます。