それぞれのエッセー[01]
ほっと一息 ひだまりカフェ《ひだまりカフェとの日々》
それぞれのエッセー[01]
ほっと一息 ひだまりカフェ《ひだまりカフェとの日々》
リラックス。
一期一会。
話す。
聴く。
思いやり。
そのままでいい。
症状や想いを「そうそう!」と共感し合う“嬉しさ・気楽さ”。
症状の渦中でもがきながら、それでも生き続けることへの“期待”。
健常者や“回復”の先をゆく方への“羨望・あせり・劣等感”。
まずは、動く(ひだまりカフェに出かける)。
とりあえず、試す(ひだまりカフェに参加する)。
本当の自分自身の想いを、話す。放す。
本当の自分自身の想いを、確かめる。認める。
色々な想いを積み重ね、過ごしてきたひだまりカフェとの日々。
育ち方(過去)はもはやどうにもならないこと。父親を始めとする近親のせいにするのは、し尽くして気が済んだ。
明日がこなければいい、もう何もかもどうでもいいと、悲劇のどん底で苦しむこと。もしかするとそれすら他力本願か!?と思った。勝手に苦しみ疲れ果て、倒れ、爆発することでしか“本音”を表せていなかったことを認め、違う方法を模索した。
いつからだったか、気持や行動を、試しにあえて変えてみた。だまされたと思って、ダメモトで(笑)
動き出すことに慣れた頃、体操教室、コーチング、アサーティブネスの講座etc.を試してみた。単純に面白かった^^
食べても消化することに慣れた頃、友人とビュッフェランチ、パンやお菓子作り教室etc.に行ってみた。食事や料理を楽しく感じた^^
今、無理せずできそうなことからやってみた。保育やコミュニティカフェのボランティア。間接的な恩返し^^
気付けば、かつての自分では信じられない想いの中で生活している自分がいた。四半世紀続く過食嘔吐の症状を、“操縦”できていた。
食物は、カロリーの高低・吐きやすいかどうかだけでなく、美味しいモノ・栄養元として目に映るようになった。
原因を探ること(なぜ?どうして?)は、ある意味卒業。医療やカウンセリングにすがりつくのでなく、利用するようになった。
かつての日常的なイライラは消え、不安は開き直りに変わり、でも、やけっぱちやあきらめではなく、まぁいっか、どうにかなるさ!♪ケセラセラ♪Whatever Will Be, Will Be♪今どうにもならないことで悩まずに、困ったらその時考えよう^^
基本、好きなものは好き。苦手なものは苦手。興味本位でOK。そんな風でかまわない。
がんばらない!(これ基本)
なまける!(カッコ良く言うと⇒自分を大切にする)
まぁいっか!(気分転換)
と、いつもいつも言い聞かせていて、きっと丁度いい。
多分それでも「とことんきちんとやりぬく」に近いことをしちゃってるから(笑)。自分にふさわしい自分だけの生き方がしっくりくるころ、体重への関心が減り、食行動も穏やかになる!?のかもしれない?
毎日が“回復”の日々。あせらない。あせらない。たまには過食嘔吐しても大丈夫。医療機関・薬品・自助グループは、一長一短、万能ではない。“回復”を応援してくれる一時のツール。
ひだまりカフェでの過ごし方は人それぞれ。会話しなくても、ずっと居なくても大丈夫。毎回繰りかえし繰りかえし、同じ話をするのも大切。
どうぞあなた独自のひだまりカフェ活用法をみつけて下さい。お気に入りの風味(自分らしさ)を感じられますように。
●profil●201110
座右の銘「この世で一番好きなのは、お料理すること食べること」『ぐりとぐら』より
ちなみにかつての信条は、「忘却は最大の復讐である」←なんか恐すぎ(笑)