私はレゲエ, 中でもダンスホールと呼ばれるジャンルが大好きである. レゲエにはいろいろ他のジャンルと異なった魅力があるが, 中でも「クラッシュ」という文化について好きなことを言おうと思う. この記事はその前提知識編として, レゲエの用語を少しだけまとめておく. 自分なりの理解なので正しさは保証できない.
レゲエはジャマイカの音楽である. ジャマイカの公用語は英語であるが, レゲエの歌詞・用語では英語が大きく訛った「パトワ」が使われる. もともとパトワ (Patois, patwah) はより一般にフランス語圏の地域言語を意味する言葉だったようだが, 近頃はもっぱらジャマイカ・クレオール語を指すようである. 私は言語学についてはまったくの素人であるため詳しいことは分からないが, このパトワは英語をベースに様々なアフリカの言語が混ざってできたと聞いたことがある. 日本語圏ではほかの外国語と同じように「パトワ語」と言う人もいるが, これは間違っており「パトワ」とだけ言うのが正しいのだ, と主張する人も見たことがある. 以下に出てくる用語もパトワのものがほとんどである.
まず, riddim という概念がある. 片仮名で「リディム」と書くよりもこちらの表記をよく見かける. これは英語の「rhythm」が訛ったパトワの単語であり, 要するに歌の入っていない「インスト音源」のことである. ヒップホップで「ビート」と呼ばれるものに当たる. 昔はインスト音源のことを「バージョン」と呼んでいたが, 若い人はあまり言わない (最近使われた例としてはRAYの楽曲「MANIFEST」がある).
レゲエにおけるriddimが他のジャンルでいうインスト音源ともっとも違うところは, 「riddimひとつひとつに名前を付け, 独立した曲として扱う」ところにある. 通常のロック, ポップスなどでは当然ひとつの楽曲にひとつ固有のインスト音源があるものだが, レゲエでは同じriddimに複数のアーティストがまったく違う歌を乗せてそれぞれの楽曲として発表することが当たり前である. したがって, 「今ジャマイカでは何々riddimが流行っていて, たくさん歌が出ている」というようなことが起きる. たとえば, 2002年 (私と同い年である) に発表された「Diwali riddim」はもっとも流行したriddimのひとつであり, 数えきれないほど楽曲がリリースされている. この特徴を生かして, 同じriddimの楽曲ばかりを集めたコンピレーションアルバムが出ることもある. こういうもののことは「ワンウェイ」と呼ばれており, 最近はヒップホップなどでも少しずつ似た取り組みがあるようだ. アーティストが既存のriddimを自分なりにアレンジして使ったりもして, バージョン違いのようになっている (この場合は「誰々の何々riddim」などという). ジャマイカで流行しているriddimにほかの国のアーティストが乗っかることも多いが, もちろん各地で作られているものもある. 日本発でも, 「Step Up riddim」, 「Soundbwoy Killa riddim」など優れたriddimが多くある.
次に, 混同されがちな「MC」「DeeJay」などの言葉である. 最近はヒップホップの台頭が激しいので, レゲエをあまり知らない一般層にはヒップホップ分野での言葉の用法が浸透しているように思う. これが間違っているとは全く思わず, 単にジャンルごとに用語が違うというだけの話であるが, 実際レゲエではまったく異なる言葉遣いをする.
まず, 一般的に「MC」というのは master of ceremony の略語であり, 司会のことを指す. これが発展して, ヒップホップではラップをする人 (ラッパー) を指すようになった. ヒップホップ関係者の中には, この意味でのMCは microphone controller の略なのだ, と言う人もいる. 一方, レゲエにおけるMCは「楽曲を掛けながら喋り, 観客を盛り上げる人」のことを指す. 後述するサウンドのプレイ時間が出番であり, 歌わない人が多数派であるように思う.
もともとの「DJ」は disc jockey の略である. ラジオでレコードを掛ける人, というのから発展して, ヒップホップやその他音楽ジャンルではターンテーブルやDJコントローラ (最近はもっぱらPCを使ったデジタルなスタイルが主流である) を使ってクラブなどで音楽を掛ける人, ならびに歌う人の後ろでインスト音源を流す人のことを指す. 一方, この役割の人たちのことをレゲエにおいては「セレクター」あるいは「カットマン」と呼ぶ. セレクターは文字通り「選ぶ人」であり, 自身が主役になって音楽を次々に掛けてその場を盛り上げる人であり, カットマンとは歌い手の後ろでriddimを流す役割を指す. レゲエの歌い手はよくカットマンやバックバンドに指示を出して演奏をコントロールする. 近年は「真ADRENALINE」など生バンドを使ったMCバトルがあり, そういった場で見たことがある人も多いと思う (Low! とか One drop! とか叫んでいるのがそれである). 中でも強調したい場所で音を抜く動作があり, これがカットと言われている. それをする人, ということでカットマンなのである. 実際はカット (one drop や one track などとも言われる) 以外の操作もあり, 音を下げる low (take it downと言っても通じる) や, 逆に派手な演奏にしてサビを盛り上げる mix というのもある.
逆にレゲエで「DJ」という表記はほとんど使われず, まったく別の意味で「DeeJay」という言葉がある. これは歌う人の一種であり, ダンスホール文化独特の節 (フロー) をつけて歌う. 一方, よりメロディの自由度が高いタイプの, つまり他ジャンルでの通常の歌手に近い歌い手は「Singer」と呼ばれる. これらの中間ぐらいのスタイルを取る「SingJay」という人たちもいる. 日本語での「歌い手」という言葉は singer の直訳であるように思えるが, どうも日本語圏でレゲエの「歌い手」といったときは Deejay, SingJay, Singer すべてを指すようである. ヒップホップのDJやレゲエのセレクターを総称して, ターンテーブルを扱う人全般を俗に「皿回し」と言ったりするが, これと対比する形で「歌うたい」を名乗るDeeJayもよくみられる.
最後に, 「サウンド」という言葉を紹介しておこう. これは通常セレクターとMCを伴ったグループを指すのであるが, サウンドではない通常のレゲエグループ, レゲエクルーというのもある. ではサウンドと他グループの違いは何か, というと, 「サウンドシステムを持っているかどうか」という答えになる (この考えはRed SpiderのJuniorによるが, 他の関係者・客も概ね共有しているようである). サウンドシステムとは (しばしば移動式の) 巨大なスピーカー群であり, それぞれのサウンドは自前のものを所持している. レゲエのイベントにおけるサウンドのプレイ時間は, 各サウンドが誇るスピーカーの爆音を浴びるのが醍醐味である. 日本最古のサウンドはRankin Taxiによる「Taxi Hi-Fi」であると言われており, 2024年に40周年を迎えた由緒正しいサウンドである.
つづきの記事では (たぶん) ダブとクラッシュについて書く.