昆虫ホルモンの研究

私たち人間にインスリンやエストロゲンなどのホルモンがあるように、昆虫にも体内の様々なはたらきを調節するホルモンが存在します。例えば、ステロイドホルモンのエクダイソンやセスキテルペンの幼若ホルモンは昆虫の発育に必要な昆虫特有ホルモンです。そのうち、エクダイソンが必要な時期に体内に分泌されなくなると、昆虫は脱皮や蛹化を行えずに死亡します。そのため、エクダイソンの生合成や分泌過程を阻害する薬剤を開発すれば、昆虫以外の生物には安全な殺虫剤として活用できることが期待されます。それにはエクダイソンがどのように生合成され、分泌されるか、メカニズムを詳細に解明する必要がありますが、未だ明らかになっていない部分が非常に多いです。

昆虫はエクダイソンを、餌から摂取したコレステロールから生合成することが知られています。この過程ではたらく生合成酵素は網羅的に解明されています。その一方で、エクダイソンの構造決定以降、50年以上が経過するにもかかわらず、生合成経路の全容は未解明のままとなっています。東大・片岡研究室との共同研究を進めて、この謎の解明を進めています。これまで、有機化学的手法をはじめとする様々な手法を組み合わせて、未知生合成中間体の解明を進めてきましたが、かなり難航していました。しかし、最近、カイコの体液に含まれる特殊なステロイドの構造を参考にして、ようやく未知中間体の手掛かりを得ることが出来ました。現在、有機合成した予想中間体が実際にエクダイソンへと変換される証拠を得て、50 年以上にわたる謎をついに明らかにできそうです。

ショウジョウバエは遺伝子のはたらきを操作することが簡単な昆虫で、実験に用いるのに非常に便利です。これまでにも、遺伝子操作によって昆虫ホルモンが必要な時期に分泌できないショウジョウバエが作成され、ホルモンの役割が明らかにされてきました。ショウジョウバエは蛹になるときに、糊タンパク質を分泌して壁に貼りつきます。この糊タンパク質は通常、蛹になる前の3齢幼虫の時期にエクダイソンが分泌されることで作られます。しかし、遺伝子操作などでエクダイソン分泌の時期を人工的に操作すると、本来糊タンパク質が作られる3齢幼虫になる前の、1齢幼虫や2齢幼虫でも作られることが分かりました。このような興味深い現象に着目して、どのようなメカニズムで、適切な時期に昆虫ホルモンが作用するのか、分子レベルで明らかにすることを試みています。