昆虫と植物の関係

産卵刺激物質を染み込ませた濾紙に産卵するアゲハ

植物を利用する昆虫の多くは、アゲハはミカン、モンシロチョウはキャベツといったように利用できる植物が決まっています。その理由として、幼虫が限られた植物しか利用できないことが挙げられます。そのため、母蝶が植物に産卵する際には、きちんと食草を見分ける必要があります。例えば、アゲハチョウでは、雌の前脚には味を感じる感覚毛が生えていて、前脚で葉を触って味見して産卵します。このように、食草には産卵を刺激する物質(産卵刺激物質)が含まれています。一方で、食草ではない植物には産卵阻害物質が含まれています。私は大学院生時代、この産卵刺激物質や阻害物質を植物から単離精製して、構造を決定していました。しかし、昆虫と植物の関係と生理活性物質の構造との対応を調べるだけでは、進化の本質を見出すのは難しいと考えるようになりました

ところが、ある日セミナーをきっかけに京都府立大の大島一正博士がクルミホソガという小さな蛾を用いて大変興味深い現象を発見していることを知りました。クルミホソガの幼虫は葉の中に潜って、葉の中身を食べて成長します。もしかしたら、写真のような“絵が描かれたような葉”を見たことがあるかもしれませんが、このような絵描き虫の昆虫はリーフマイナーと呼ばれています。さて、このクルミホソガはクルミを利用する集団 (クルミレース) とネジキを利用する集団 (ネジキレース) が存在します。もともとは全てクルミレースであり、その一部が進化してネジキを利用するものが現れたと、大島博士により提唱されています。

クルミホソガのクルミからネジキへの寄主転換 (利用する植物の変化) が起こった際には、産卵選好性 (雌がどの植物に卵を産むか) と寄主利用能力 (幼虫が植物を餌として利用できる能力) の両方が変化しています。クルミレース成虫はクルミに選択的に産卵を行い、幼虫は通常クルミを餌とし、ネジキを食べさせると死亡します。また、ネジキレース成虫はネジキに選択的に産卵し、幼虫は通常ネジキを餌としますが、クルミも餌として利用できます。そのため、産卵選好性にはアゲハチョウと同じように産卵刺激物質が重要な役割を果たしていると考えられます。また、クルミレース幼虫がネジキの葉で成長できないのは、ネジキに含まれる二次代謝産物が原因ではないかと考えられています。すなわち、クルミの葉およびネジキの葉に含まれる化学因子がクルミホソガの産卵選好性および寄主利用能力の決定に大きく関わっている可能性があります。

現在、この仕組みに植物に含まれる化学物質がどのように関係しているかを、京都府立大と共同研究で進めています。クルミホソガの寄主転換に関わった化学因子を明らかにすることを目的とし、クルミとネジキの葉に含まれる産卵刺激物質およびネジキの葉に含まれる有毒成分の探索を行っています。

ネジキレースの雌成虫は、ネジキの葉の抽出エキスを塗ったカバーガラスに産卵することが分かりました(写真)。そのため、このエキスには産卵刺激物質が含まれていると考えられます。研究を進めた結果、ネジキの葉から単離されたトリテルペン配糖体が産卵活性を示すことが分かりました。この産卵刺激物質は、クルミの葉には含まれていません。そのため、かつてクルミレースの雌成虫の中にネジキに含まれるトリテルペン配糖体を感知して産卵する個体が生じたのではないかと考えています。大変、興味深いことに、クルミの葉にネジキの産卵刺激物質を塗ると、通常はクルミ葉には産卵しないネジキレースの雌成虫が産卵することが分かりました。ネジキレースの雌成虫はクルミの葉が嫌いになって産卵しなくなったのではなく、ネジキの葉に適応してしまって、ネジキのスパイスがないと反応できなくなってしまったのかもしれません。こうして、真相を突き止めるべく、日々、小さな小さなクルミホソガたちに囲まれながら楽しく研究を進めています 。